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フェアリーキル  作者: とんかつ定食
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3



「あの・・・・・あの、こ、こ、・・・・・む、むぅ・・・」



見るからに怯えきってこっちが悪い事をしている気分に陥る程にビクビクした女の子はギュムギュムと太ったタヌキを抱いて唇を震わせている。


なんだこいつはもハイドリヒ5世は大きくため息を吐いた。



「むっ!!・・・・・む、むう・・・・・」



その盛大なため息で彼女はまたビクッとなった。



村の外では専属の馬車がいて待たせてある。いつまでもコイツと関わっている暇はないとハイドリヒ5世は紙袋に沢山入ったミンナ村特産の桃を齧った。


この程度の果物なら家路につく前に終わってしまう、その前にミンナ村からサルディナ領に行ったらあそこのリストランテで牛肉のフルコースを食べなくてはやってられない。


頭の中は常に食べ物の事か金儲けのことしかない。

色気より食い気を選んだ結果、彼は随分太い体型になってしまった。

色素の薄い緑の髪は短く切りそろえられ、整髪料でピッチリと七三わけにされている。この髪型はお気に入りだ。

着ているものは全て一級品の絹で織られた特注品で手触りは驚くほどに滑らかだ。

ど派手な目の覚める鮮やかな赤いジャケットが特徴的な彼は一見すれば樽が豪奢な服を着て歩いてるようにも見える。

彼はハイドリヒ領の領主が大事にしている次男坊であった。


17才であるが親の七光りで金の使い方は荒かったりキチンとしていたりまちまちでたまにミンナ村へ視察に来ては果物をわんさか買っていくので村としては貴重なお客様だった。

彼もただ食い歩きしているわけではなく、事細かにサルディナ領、その先にある農畜産業で賑わうクリナーデを行き来して新しく貿易の真似事をして最近は利益も出して来ている。

隠れた商売人だ。


この村は行き来しなれているし、いつも遊びに来ている。だからこの女の子みたいに初めて見る顔の人間には声をかけている所だった。


さっきも村長の村にいた同い年位の軍人に声を掛けたかただこちらを、じっと観察する様な目で見られ不愉快になって出てきた所だった。



「なんなんだよお前!むーしか言えないのか?!」



先程の怒りの余韻が残り、つい声を張り上げると彼女はビクッと肩を揺らし、デブタヌキを抱きしめ涙目になってしまった。


め、めんどくさいやつだな、僕が泣かしたと思われるだろと慌てたハイドリヒ5世の背後から声が掛かった。



「そんなに怒鳴るなよ・・・・」



声変わりは済んだが、まだ少し高い。


その声の持ち主はハイドリヒ5世の横を通り過ぎ、泣きそうになっている銀髪の女の子の前で立ち止まった。



「君・・・・どこからきたの?」



わざとのんびりした声で少し距離を置いて喋る。

ネイビーの軍服に黒い防弾チョッキを着込んで使い込まれたブーツを履いた少年、ハイドリヒ5世が無視された村長の家にいたあの軍人だった。



「あ!お前!!僕の事は無視した分際で!!」



なんたる侮辱と怒るハイドリヒ5世を無視して、少年はぎこちなく微笑んだ。

彼自体微笑むということは苦手なのか、少しだけ唇の端があがっている程度だが。


真っ黒な髪と幼さが残る顔はあと数年すればそれなりに精悍な青年へと変わるだろう。



「自分はシキ。シークの軍人です、何かお困りですか?」



丁寧で物腰柔らかに話すシキさえ彼女は、ビクッと震えると、とうとう泣き出した。


その様子にシキはルディリアの方には微笑みながらハイドリヒ5世の方を向くときにはスッと冷やかな視線になっていた。



「女の子相手に紳士的にも出来ないなんて・・・・・クズめ」



「なっ!!なんだとおおぉ!!!僕に喧嘩売ってるのかぁ!!」



言葉を交わすのはこれが初めてだがなんたる暴言だとハイドリヒ5世は怒鳴り散らした。




「自分でよかったら知っている範囲でお答えします、どうなさいましたか?」



えぐえぐと泣く彼女にシキは根気よく話しかける。

その様子に、彼女がしっかりと抱きしめていたタヌキが作り物の様な真っ赤なビー玉に似た目でジッ・・・・と自分を見ていることに気づいた。




「!!」




途端にブワッと寒気が背中に走り、シキは思わず素早く後ろを振り返った。




「・・・・」



後ろではギャンギャン騒ぐハイドリヒ5世だけ。

村の様子は変わらずのどか。

木々はざわめいている、が、不思議と小鳥の鳴き声は聞こえない不気味な静寂があった。


キュンキュンとタヌキが鼻を鳴らし、泣いている少女の頬に鼻を押し付ける。


すると、彼女は一度だけコクっと頷くと初めてシキの目をみた。



視線が合ってドキッとしたのは彼女の瞳の色だ。


今まで大勢の人間を見てきたし対峙してきたが、こんな瞳の色をした人間がいただろうか?人間離れした雰囲気を感じ、思わず唾を飲み込んだシキに、彼女は小さな声で呟いた。




「ルディリア・・・・・フェル、ソルディック・・・・」



蚊の鳴く様な小さい声だったが、シキはニコッと笑った。



「よろしく、ルディリア」




そんな2人のやり取りを思い切り聞き耳を立てていたハイドリヒ5世は聞き捨てならない名前にギョッとした。

とんでもない事が起こりそうだと舌なめずりをしながら。




人と喋ったりするのはルディリアにとって下に吸い込まれる程高い吊り橋からの轟々と吹く風の中、頼りないゴムでバンジージャンプする位の決死の覚悟がいる。


常に優しい兄と姉、薬や注射をしてくる以外は優しい主治医


彼等はルディリアを怒鳴ったりしない。


そのせいで他人の怒鳴り声も怖くて堪らなかった。

ただ村の名前を知りたかっただけだ。

そうすればこのフェアリーチェストでパッとエルフェーデまで帰って今日怖いことがあったんだと泣きつけば双子の姉がチーズハンバーグタワーと山盛りのニンジンソテーを出してくれる。


そして1日が終わる筈だった。


なのに上が緑の下が赤い怖い子がいきなり声をかけてきて怖くて喋れないうちに怒られ、散々だ。


心が折れてしゃがみ込みそうになる所をカリヤが言った言葉を信じるしかない。


(るび、この軍人は信用出来るかもしれないよ)



この言葉を頼りに。



「あの・・・・・」



ふわふわのカリヤに顔を埋めていたいがそうも言ってられない。

タヌキに顔をまだ半分埋めているせいでこもって聞こえるルディリアの声はやっぱり小さい。


それでもシキと名乗った少年は聞き逃さない様にルディリアの身長に合わせる様に屈んで、ん?と優しく聞き返してくれた。



「あの、ここは・・・・・なんていう名前の・・・・・場所・・・・・なんで・・・すか・・・・?」



指先は冷え、膝もガクガク震えて止まらない。が、早く姉の所に帰りたかった。


シキはニコッと優しく笑うと周りを見渡した。



「ミンナ村だよ、ルディリア」



落ち着いた声色に、ルディリアはホッとようやくタヌキをギュムギュムと抱いていた腕の力を緩めた。

カリヤが言った通りこの人は信用出来る人かもしれない。

ルディリアは慌てて腰の後ろにつけたアヒルのポシェットからフェアリーチェストを取り出した。



「私、夕落ちの森しかしならくて・・・・・あの、地図ではどこらへんです・・・か?」



ルディリアが出したフェアリーチェストは電子音をピピッと鳴らしながら球体を映像を空中に浮かび上がらせた。

高度な化学技術に似た、それがフェアリーチェストの機能だ。

シキは内心その高機能過ぎるフェアリーチェストに驚いていた。


凡人には持つことが出来ない、ソルディック社の英知の結集を目の前にいる女の子は持っている。




「えっとね・・・・・ここらへんかな?」



動揺を見抜かれない様に、シキは平然を装いながら黒い革の手袋がはめられた指が球体に刻まれた地図の1箇所を指差した。


そんな2人のやり取りをみていたハイドリヒ5世がシキを押し退けてルディリアの前に出た。



「やあやあ、まさか君がソルディック社の人間とは知らず失礼したね!」



大声で割って入ってきた彼は整髪剤できっちり固められた髪を芋虫の様に太い指で撫で付ける。その指にはギラギラに光るサファイアやダイヤモンドの大粒の指輪がはめられている。


ハイドリヒの登場にルディリアがまたビクッと肩を揺らし後ずさりをした。




「僕はハイドリヒ5世、いやぁソルディック社の製品はとても便利でね!僕も使っているよ!!」



鼻の穴を大きく膨らませながら始まった自慢話にシキが瞳をスッと細めて不愉快そうに吐き捨てた。



「君・・・・・声が無駄にデカイな・・・うるさいぞ」



「そういう君は本当にいけ好かないなぁ!!!」



喧嘩を始めた男の子達にルディリアはあわあわとフェアリーチェストを握ったまま慌てる。

そんな3人の傍らにいつの間にかソプラが立っていた。


その表情は怒りに歪んでいる。




「アンタ・・・・・ソルディック社のやつなの?!」



いきなり親の仇みたいな剣幕で怒られルディリアがビクッと震える。

その様子に彼女の肩に乗っていたタヌキかギャーッ!!と怒った様に獣の威嚇を始める。



「む・・・・・っむう・・・っ」



フーッと威嚇の鳴き声をあげるタヌキに応えるようにルディリアがソプラから距離を取る。

しかしソプラは動作の遅いルディリアの動き等お見通しだった。




「この!!妖精殺し!!」



そう怒鳴りつけるとルディリアの手からフェアリーチェストをバシッと音がする程乱暴に取り上げた。




「あ!!!やめて!!!」




ルディリアが瞳を見開いて叫ぶがソプラは後ろへ下がるとフェアリーチェストを掲げて見せた。



「私は妖精の巫女よ!妖精達を苦しめるものは許さないんだから!」



ソプラとルディリアのやり取りを見ていたシキが眉を吊り上げて声を荒らげる。




「おい!やめろ!返してやれ!!」



自分が声を掛けた時は無視していたくせにこのどんくさい女の子には味方するというのか。

ソプラの苛立ちは尚更強くなる。



「何よ、これは妖精達の命を奪って使ってる道具よ!!巫女の私が見過ごすわけないでしょ!!」



ソプラの細い手からシキは無理矢理奪おうと腕を伸ばした。

しかしフェアリーチェストはソプラがへし折ってしまう方が早かった。



パキッと軽い音を立ててルディリアのカードの形をしたフェアリーチェストは2つに折られてしまった。

それを見ていたタヌキがルディリアの肩からバッとジャンプしてソプラへと襲いかかった。



「キャアア!!!なにこのブタ!!」



そう言って力一杯タヌキに当てたフェアリーチェストは弾かれて運悪く近くの井戸の中へ落ちていく。

硬く尖った物がバシッと当たり、ソプラへ届く前に地面へ転がったタヌキにルディリアが駆け寄った。




「カリヤ!!!」



慌てて抱きしめ、物を当てられたお腹を確かめる。

どうやらふかふかの毛と分厚いお腹で怪我はしていないようだ。


ホッとしてその場に座り込んだルディリアを横目にシキがソプラの腕を掴んだ。




「この馬鹿女!!なんてことしたんだ!!!」



凄い剣幕で怒鳴るシキにソプラはたじろぎながらも強がってフンと鼻を鳴らした。



「私は妖精の巫女として当然の事をしたまでよ!」



尚反省を見せないソプラにシキは苛立ちながら頭をガシガシと掻いた。










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