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サクサクとお気に入りの革靴で踏み鳴らす草の音は彼女の住む地域ではあまり体験出来ない。
大きな雲が吸い込まれる様に流れていく。終わりのない空の青と草原の緑のコントラストは美しく、彼女はうっとりと瞳を細めた。
屋敷の絨毯を踏んでいるよりも踏みごたえのある一面青々と広がる草原の中をルディリアは相棒のカリヤを肩に乗せて歩いていた。
髪の毛は透き通る様な銀髪。柔らかい髪は肩まで伸ばされていて草原を吹き抜ける風にサラサラと揺れるが、起きたままの頭は櫛を通していないせいで寝癖がついている。
普通の女子であれば身嗜みを整えるものだが彼女はそういったものに疎かった為、容姿はそれなりだが寝癖の頭はもっさりした印象を与えた。
大きな瞳はパールグリーンの中に碧いガラス玉を入れて混ぜた様な不思議な目の色をしていて、初めて見る景色を写している。
ふっくらした頬は似合わない位に少し不健康さえ感じさせる程に白い肌をしている。
年齢は今年で17歳なのだが小さい身長とのんびりした言動のせいでもっと下にみられる事が多い。
大好きな空の色に似ているからと買った青いシャツにピンクのスカーフをネクタイのように巻いてそれを手のひら程の大きさの上等な銀で出来た丸いネクタイ飾りで留めている。
「むー!!カリヤ!あった!!」
嬉々として木陰へと駆け寄ると、ルディリアはひっそりと咲いた白い花の傍へとしゃがんだ。
開発の手が全く入ることのない草原、その真ん中辺りに一本のリンゴの木が立っていた。
普通のリンゴの木とは違い大きいそれは何百年もの年月を経て大樹となったもので、歳月が流れ過ぎ、リンゴの実を付ける事は出来なくなったが今ではリスや小鳥の憩いの場となっていた。
その大樹の傍らで風に揺れる花は小さく手のひらで掬えば根っこごと収まってしまうな大きさだ。
花びらは大きく5枚程で真ん中の黄色い蜜は甘い、らしい。
「新種だよ、むー!!」
この時ばかりは頬を真っ赤にして大喜びするルディリアの肩の上ででっぷりと太ったタヌキがテカテカと濡れた小さい鼻を花びらへと近づけてスンスンと匂いを嗅いだ。
「キューン!」
「そうだねぇ・・・・・でも写真だけにしておこうか」
甲高い声で鳴いたタヌキにうんうん頷いて背中の後ろにくっつけたアヒルの顔をした大きなポシェットからカードを取り出す。
傍から見れば寂しい独り言であるが、ルディリアにはこのタヌキが何を言っているか理解出来た。
ソルディック社が開発したフェアリーチェスト、一見少し厚みのあるカードだが、これ1枚でカメラや身分証明、同じ端末同士で連動して一瞬にして街から街を移動するという超科学的な機能を備えている。
最近では音楽プレイヤーや暗い場所での照明の代わりにもなったりする万能機械はルディリアの手には余る程の物だ。
普通ならばソルディック社でも一部の高等社員しか持てない代物だが彼女は特別だった。
絶対これを肌身離さず持つんだと念を押されてむー!等と元気に返事をした彼女の兄が持たせた物だ。
使いきれないと思っていたが案外役に立つとルディリアのお気に入りのカードだった。
黒いカードにシロクマとアザラシのイラストが印刷されたそれは勿論ルディリア専用。
大好きな双子の姉はムスッとすると眠たい時のアザラシに似ている。そしてこのカードを持たせた兄はガッチリとしたガタイの持ち主で常に白いコートを着ていてシロクマの様に見える為ルディリアは姉をアザラシ、兄をシロクマと呼ぶ時がある。
そんな彼女の熱い要望で特別にこのカードは可愛らしいアザラシとシロクマが印刷されていた。
普通のカードはただの黒一色の銀色で名前が印字されたシンプルなものだ。
そんなわがままが通る程にルディリアは兄と姉に溺愛されている。
上の2人はソルディック社では高等社員と呼ばれる身分にいる。
高等社員は全50階建ての都市でも一番大きく高いビル、ソルディック本社の高層部に出勤している。
それに対してルディリアはというとソルディック社ミラクル対策部という不思議な事を発見、対策し、調べるという社内でも力の弱い部所で働いていた。
そんなミラクル対策部は統括を除けば殆どの所属社員がせいぜい15階までしか通る事を許されていない。
社内といえどソルディック社は各部署で機密を重んじている為実力の差もハッキリしてしまう。
そんな実力社会でルディリアはミラクル対策部を有名にして沢山費用を貰える様にする為、こうしてまだ誰も行ったことのない場所やマイナーな土地を調べて、図鑑に乗るような動植物を発見し少しでも知名度を上げようと日々世界をチョロチョロしていた。
しかしそれも最近の話だが。