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疑惑の転入生(後編)

「……という訳です、申し訳ありません。みすみす犯人を取り逃がしました」

「ふむ……」


それから。俺は雲肖さんに直接会い、事のあらましを報告した。白髪の長髪を後ろに束ね、和服に身を包んだいつもの服装の雲肖さんは顎に手を当て何かを考える。


「夏祈君、腕をよく見せて下さい」

「はい」


雲肖さんに促され、俺は右腕に巻かれた包帯を解く。そこには、まるで焼き印のようなくっきりとした奇妙な形の痣が残っていた。


「……間違いありませんね。それは西洋の竜の一族の間で使われている呪いの刻印です」

「呪い……」

「その刻印を付けられた者は、どこにいようとも術者には居場所が解ってしまう。そういう呪いです。……どうやら、我々の動きは最初から読まれていたようですね」

「どういう事ですか?」

「次の生贄。犯人はそう言ったのでしょう。恐らくは我々を誘き寄せ、その中から生贄を選別するつもりだった。そして、夏祈君がそれに選ばれてしまった」

「……………………」


痣を見る。歪んだ炎を現すような痣。これがある限り、奴はどこにでも現れる。俺を、高等妖魔を呼び出す生贄にする為に。


「刻印を消すには、術者を倒すしかありません。それまで夏祈君には、この支部に逗留して貰わねばなりませんね」

「……一般人に被害が出るのを防ぐ為」

「そういう事です」


溜息が漏れる。自分のせいで周りに迷惑がかかる事になってしまった。そこそこやれる強さになったつもりだったのに、結局俺はまだ未熟なままだ。


「……夏祈君のせいではありませんよ」


俯く俺に、雲肖さんが声をかける。その声色は優しく、暖かい。


「倒れていた退魔師達も、命に別状はありませんでした。そして彼らが負けたのは、夏祈君ではなく彼ら自身の力不足。自分を責めてはいけませんよ」

「でも……」

「いいですね? けして自棄にならずに、時を待ちなさい。君は優秀で、それにまだまだ未来がある。自ら命を捨てる事だけはしないで下さい」

「……解りました」


諭すような雲肖さんの言葉に頷き返すが、勿論内心では納得しちゃいない。俺は他人に守られる為に、退魔師になった訳じゃない。それに……。


(……お前、なのか)


思い出す。月明かりに反射した金髪。スラリと伸びた背丈。何よりも、全身に感じたあの強力な障気。

それらの特徴は総て、あのディーンに酷似していた。


(もし、あれがディーンなら)


尚更俺は、自分の手で決着をつけたい。それが多少なりとも、あいつと関わった人間である俺の責任だ。そう思った。


「……君のご両親、時雨しぐれと春歌の元には、私から連絡しておきましょう。仮眠室ではあまり休めないかもしれませんが、今夜はゆっくり疲れを癒して下さい」

「……はい。失礼します」


雲肖さんに頭を下げ、部屋を退出する。これは帰ったらまたお袋にどやされるなと、思わず苦笑が漏れた。

……死ぬ気はない。だが、このまま自分の知らない所で総てを終わらせる気もないんだ。

そう決意した俺の足は、仮眠室ではなく支部の出口へと向かっていた。



支部から離れた所にある、工事現場の中心で足を止める。深夜の工事現場は静かで、何の物音もしない。


「いるんだろ? 俺の居場所は筒抜けなんだものな」


虚空に向かい、声をかける。……解っている。自分がいかに愚かな事をしているか。

雲肖さんの気遣いを裏切った事だけじゃない。俺が戦いに破れ、生贄とされてしまえばそれだけ他の退魔師の負担が増す。皆に、より大きな迷惑がかかるんだ。

それでも、後悔したくない。理屈で立ち止まれるほど、俺は大人じゃない。

何より……ここで逃げてしまうようなら、あの鬼を倒し、この身を蝕むもっと強力な呪いを解く事など出来やしない!


「……………………」


静かに待つ俺の前に、暗闇から浮かび上がるようにしてローブを着た人影が姿を現した。見た目では特定しようがないが、放たれる障気は確かに先程対峙した人物のそれだ。


「俺が欲しいんだろうが。お望み通り一人になってやったぞ」

「……強い霊力を持つ娘。魔王を現世に降臨させるのに、これ以上の生贄はない。既に六つの贄は捧げられた。お前が、最後の贄」


初めて、ローブの人物が口を開いた。綺麗なイントネーションの日本語を話すそれが男の声色である事は解るが、それがディーンのものと一緒かと言われると自信がない。ディーンであって欲しくない、その意識が冷静な判断の邪魔をしている以上は。


「六つの贄だと? ……そうか、あの時蒔いていたのは他の犠牲者の血か」

「清らかなる娘、その心の臓の血を七つ捧げれば……地獄の門が開く」

「何の為に門を開こうとする! この世界を人に代わって支配でもするつもりか!」

「……人は、光と闇、二つの世界を腐らせる。それを防ぐには……滅ぼす他にない」


男が右手を振りかざす。その手には、先程はなかった鋭い鉤爪が付けられていた。


「……最後にもう一つだけ聞きたい。お前はディーン・グレイスか?」

「……………………」


答えは返ってこない。一瞬の静寂。そして。


「!」


地面を滑るような動きで、男が動き出す。俺もまた、霧衣を抜き、構える。

鉤爪が翻る。それは真っ直ぐに、俺の心臓を狙っていた。俺は右にサイドステップし、その一撃をかわした。


「当たるかよ!」


そのまま軸足を変えて踏み込み、霧衣を袈裟懸けに降り下ろす。しかし男も素早く、鉤爪によってその一撃は受け止められる。


「! ちいっ!」


瞬間、男の左手に火球が産み出されるのを見て俺は急いで距離を取ろうとした。だが霧衣を鉤爪に絡め取られ、思うように距離を離せない。


「くそっ!」


間一髪霧衣が鉤爪から抜け僅かに距離を離せたが、もう避けるのは無理だ。俺は霧衣を体を守るように構え、飛んでくる火球に備える。

しかし、火球は飛んでは来なかった。左手の炎は立ち消え、代わりに鉤爪が下から振り上げられる。……しまった、フェイクか!


「くっ!」


構えを解き、大きく後ろにスウェーして直撃を避ける。服と、僅かな肌を裂いた爪が月明かりに反射し、ローブの下の顔を照らし出した。

そこに見えたのは、鷲鼻にきつい目をした青年の顔。全く見覚えがないその顔を凝視し、そして、笑みが漏れた。……こいつは、ディーンではない!


「はっ……取り越し苦労かよ……!」


命を懸けた戦いの最中に気が抜けた、というのも奇妙な話だ。しかし、相手がディーンでなかった事実が俺の枷を一つ取り去り、心を軽くした。

男が、振り上げた手をそのまま降り下ろそうとする。その前に俺はスウェーの反動を利用して、その顔面目掛けて頭突きを仕掛けた。


「ぐうっ!」


その反撃は、男にとって思いもよらないものだったらしい。額に感じる強い衝撃と共に、男が僅かによろめくのが見えた。


「まだまだぁ!」


続けて俺は丹田に力を籠め、霊力をたっぷり乗せたボディーブローをお見舞いしてやった。完全に入ったそれに男の体が浮き、近くの鉄骨まで吹き飛ぶ。


「おのれ……!」


倒れた体勢のまま、男が手を振り上げる。その周囲に、幾つもの大きな火球が産まれるのが見えた。

俺は即座に霊力の風を練り上げ、霧衣に籠める。ここが正念場だぞ、須藤夏祈!


「喰らえ!」


火球が、躍るような動きでこちらに向かってくる。俺はそれを無理にかわそうとはせず、霧衣に纏わせた風を利用して次々と受け流していく。

だが受け流された火球はそのまま飛んでいかずに軌道を変え、今度はグルグルと俺の周りを取り囲みながら隙を窺うように動き続ける。

一見すれば絶体絶命。距離も段々縮まってきている。

だが俺は焦らない。そして、その時が来るのを待つ。

そして、男が手の角度を変えた瞬間、一斉に火球がこちらに向かってきた。今だ!

俺は、今まで霧衣に纏わせていた風に、溜めておいた氷に変換した霊力を上乗せし、一気に解き放った。瞬間、俺を中心に激しい冷気の渦が巻き起こる。


「何っ!?」


勝利を確信していた、男の顔色が変わる。冷気が火球を打ち消すのと同時に、俺は一直線に男との距離を詰める。


「終わりだ!」


霧衣を逆袈裟に振り上げ、男の腹を裂く。舞い散る血飛沫。掌に、確かな肉の手応えを感じる。


「……ぐ……」


男が裂かれたローブの隙間から血を流しながら、二、三歩後退する。致命傷は負わせていないつもりだが、もう戦えないだけのダメージは与えた筈だ。俺は霧衣に付いた血を振り払い、男を睨み付ける。


「最後の警告だ。罪を認め出頭しろ。六人を殺めたテメェの罪は重いが、弁解の余地だけはくれてやる」


男は答えない。肩で息をしているにも拘わらず、その口元には相変わらずの笑みが浮かんでいる。


「くくく……ははは。私は死なん。そして諦めん!」


やがて高らかな笑い声と共にそう言うと、男が背中に翼を広げた。不味い、飛ばれたら追う手段が……!


「いいえ、貴方はここまでです」


しかし、俺が追い縋るより前に。そんな冷徹な声が、辺りに響いた。


「ぐわぁ!」


直後、男に向かい降り注ぐ雷。それは男の全身を貫き、その翼を焼き切る。

ぶすぶすと、黒い煙を上げて倒れる男。同時に、背後から別の誰かの気配がした。


「誰だ!?」


振り返る。月明かりに照らされ現れた、その人物は……。


「っ、ディーン!?」


そう、今度こそ間違いなく、それはディーン・グレイスその人だった。



男は名をロバートと言い、その正体は竜の血を宿した妖魔、ドラゴニュートの一族だった。ロバートはある時から欧州を中心に活動する過激派に加わり、犯行を重ねていたという。

それを重く見た穏健派のドラゴニュート達は、ロバートが日本に渡った事を知り追っ手を差し向けた。……それが、ディーンだったという訳だ。


「日本の退魔師の皆さんに、素性を隠していた事は謝ります。しかし、ロバートにこちらの存在が知られる事は極力避けたかったのです。……本当は、犠牲を出す前に、本国にロバートがいる間に止めたかった」


ロバートを封印の壺に封じ込めると、そうディーンは言った。その顔には、苦渋の表情が浮かんでいる。


「虫のいい話だとは解っています。ですが、ロバートの処分は我々ドラゴニュートの一族に任せては貰えないでしょうか。勿論、お詫びはさせて頂きます」

「……それを決めるのは俺じゃない。上の人間だ」

「しかし、決着をつけたのは貴女です」

「そいつを捕縛し終わった時点で俺の仕事は終わってんだよ。その後の事は、俺がとやかく言う筋合いじゃない」


そう言うと、ディーンが俺の顔をまじまじと見た。そして、小さく微笑むと優雅に頭を下げる。


「……では、後は貴女の上司に話を通す事にしましょう……ナツキ」

「なっ!?」


不意に名を呼ばれ、軽く動揺する。待て、今俺は女だぞ!? 何で解ったんだ!?


「しっ……知らねーな。誰だナツキって」

「解っていますよ。その特徴的な瞳、そして迷わず私の名を呼んだ事。何より私が貴女を間違える筈がありません」

「どんな自信だよ……」


一旦は誤魔化そうとしてみるが、あまりに迷いなく放たれるその言葉に反論の気も失せる。思わず、盛大な溜息が漏れた。


「さて、それでは貴女の上司へのお目通りを手伝って貰えますか? 妖魔である私が一人で行けば警戒されるかもしれませんし」

「仕方ねーな……本当はあんまり戻りたくねーけどよ……」


戻れば受けるだろう激しい叱責を覚悟しながら、小さく頷く。総て丸く収まったとはいえ、俺のした事は立派な命令違反だ。減俸で済めばいいが……。


「それでは……失礼致します」

「うわっ!」


そんな事を考えていると、突然ディーンが俺を抱き上げてきた。つか、おい、これ、俗に言うお姫様抱っこ……。


「何しやがる!」

「何って、怪我をしてらっしゃるでしょう」

「大した怪我じゃねーよ! おい降ろせ!」

「では、しっかり掴まっていて下さいね」

「聞け!」


喚く俺の声を無視し。翼を広げたディーンは、俺を抱いたまま月夜に飛び立ったのだった。



その後、戻った俺を待ち構えていたのは頭から角が生えんばかりに激怒したお袋の姿だった。ディーンと雲肖さんがとりなしてくれなかったら、俺はお袋に殺されていたかもしれない。恐るべし、女羅刹。

そして、俺への処分は一ヶ月の減俸及び三日間の謹慎に反省文五枚と決まった。お袋は甘いと文句を言っていたが、雲肖さんは本当は生きて返ってきただけでもいいと優しく微笑んでくれた。そんな雲肖さんを見ていると、ホッとするよりも自分の意地で行動してしまった事が申し訳なく思えてくる。

……ただ、謹慎の間はミサと会うのも禁止……即ちその間は男に戻れない事を言い渡された辺り、やはり雲肖さんも怒ってはいたようだ。……反省しよう。

そして、謹慎が明けたその翌日の朝……。



「おはようございます、ナツキ」

「おう……まだ日本にいたのか」


三日ぶりの学校。教室には、いつも通りディーンの姿があった。


「はい、今回の事件では日本の皆さんに迷惑をかけてしまいましたし。ミスター・ウラベとも話をし、当分はこちらで退魔師の方々に協力をする事になりました」

「……ふーん」


て事は、いずれディーンの力を借りる事になるかもしれないって事か。まぁ、力強くはあるな。


「それに、私個人の理由もありまして、是非とも日本に残りたいと希望したのですよ」

「理由?」

「ナツキ」

「……おう」

「私と結婚を前提にお付き合いして下さい」


……は? こいつ、今、何つった?


「男性の時も美しいと思っていましたが、女性の時の貴方はより一層美しい。私、一目惚れしました」


フリーズしている俺を尻目ににこやかにディーンが続ける。うん、何だこのデジャブ。最近はこういうのが流行りなのか?


「出来れば女性として妻になって欲しいのですがナツキは人格はどうやら男性であるようですので、どうしても男性である事を望むならば養子縁組という形で……」


まだディーンが何か言っていたが、俺は聞いちゃいなかった。ただ拳を固く握り締め……。


「……っ、国に帰れこの変態野郎があああああっ!」


そう言って、ディーンの形のいい顎に綺麗なアッパーカットを喰らわせたのだった。

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