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疑惑の転入生(前編)

「ナツキ、お昼休みですよ。食事にしましょう」


午前の授業が終わった昼休み。ディーンが今日も、俺の机にやってきてはそう口にする。


「……あのな、たまには他の奴と……」

「ならナツキも一緒がいいです」


一応そう言ってはみるがディーンは引く様子はない。そんな俺達を遠巻きに見て、留学生を早速手下にしていい気なもんだとかクラスメイトが話してるのが耳に入る。おい聞こえてんぞテメェら。

ディーンを学校に案内した次の日。俺が見たのは、俺のクラスに転入生としてやってきたディーンの姿だった。おいうちの学校男子校の癖に一学年八クラスもあるんだぞ。どんな確率だよ。

ディーンは俺が同じクラスである事に気付くや否や、何か気になる事があれば何でも俺に聞いてくるようになり。不本意ながら学校中に名を轟かす名物不良扱いの俺を差し置く形でディーンと関わろうする者もなく。

かくして転入三日目にして、ディーンは俺と同じくすっかりクラス内で孤立するようになったのだった。俺のせいなのか? これは。


「……ちっ。解ったよ」


結局ディーンの押しに負け、弁当を持って俺は立ち上がる。なおこの弁当は自作だ。高校生なら自分で作れるようになれと、お袋が作ってくれなくなったからな。


「今日はどこで食べますか?」

「女みたいな事聞くよなお前……また屋上でいいだろ」

「解りました。あの景色はとても好きです」


歩き出す俺と、それについてくるディーン。それを遠巻きに見送る視線。

……いつもの日常に、余計なもんが一つ増えただけだってのに。何でこんな、モヤモヤしなくちゃなんねーんだ?

妙な居心地の悪さを感じながら、俺は足早に教室を後にした。



「それはミサちゃんが思うに、恋だね!」

「蹴るぞ」


放課後のファーストフード店。そう得意気に言い放つミサを、実際に足を持ち上げながら思い切り睨み付ける。

勿論ここには遊びで来た訳じゃない。依頼を持ってきたミサにせがまれて、ここに来る事になっただけだ。


「おっ、照れ隠し……あいたぁ! ホントに蹴ったぁ!」

「馬鹿な事ばっか言ってるからだ」


なおも畳み掛けるミサの足を、少しだけ力を入れて蹴り飛ばす。……悩みがあるんじゃないのと指摘され、試しに話してみたらこれだ。ミサに話した俺が馬鹿だった。


「うー、ほんの冗談なのにぃ……」

「気色悪い冗談を言うな。何で女ってのはホモネタが好きなんだ?」

「それはー、ホモが嫌いな女子なんていません、って奴ー?」

「答えになってねえよ……」

「まー冗談はここまでにして真面目にお答えすると。罪悪感って奴じゃないかなとミサちゃんは思う訳」

「罪悪感?」


蹴られた場所を擦りながら言うミサの言葉を反芻する。罪悪感? 誰が誰に?


「自分なんかになついちゃったせいで、ディーン君が他と馴染めないっていうさ。ナッキーいかにもそういうの気にしそうだもん」

「……あれはあいつが勝手に俺に付いて回ってるだけだ」

「けど本心ではそう思ってない」

「……………………」


ミサは時々痛い所を突く。それは、今はそれが必要な時だと判断しているからなのだろう。だからってそれを素直に認められるほど、俺は真っ直ぐな性格をしちゃいない。


「……あいつは監視対象だ。周りと上手くいってないって理由でトラブルでも起こされたら監視してた俺の責任になるだろ」


頬杖を付き、ミサから目を逸らしてそう言葉を返す。我ながら白々しい態度だとは思うが、けして嘘も言ってはいない。

ディーンは強力な妖魔だ。どんなに上手く隠しても、呪いで障気に敏感になったこの体は誤魔化せない。この前戦ったガマのように距離があれば反応する事はないが、直に触れられる事があればすぐに体が熱を持つ。

何が目的で日本に来たのか。本当にただの留学なのか。それはミサを始めとした他の奴が今調べている最中で、俺の役目はその間、学校でディーンが不審な行動をしないか監視する事。


「それもあるんじゃない? 罪悪感」

「どういう意味だよ」

「ナッキー、初めてでしょ。同い年の男の子に好意的な対応されるの」

「……………………」

「でも立場があるからその好意を素直に受けられない。それに、もし相手に本当は悪意があったらと考えるとどうしても距離を置いちゃう」


いつもの調子で、世間話でもするようにミサが言う。……ぐうの音も出ない。こいつはどこまで俺の事を見透かしてるのかと少し怖くなってくる。


「……読心術でも使えんのか、お前は」

「何年ナッキーといると思ってんの。お互い、一番古い仲間でしょ、あたし達」

「……そう、だったな」


ここまで言われてはいい加減素直にならざるを得ない。同時に思い出す。初めてミサと会った時の事を。

辿り着いたやり方は違ったが、それぞれ認められたくて必死だった俺達。それを理解し合った事で、今の関係は生まれた。

互いの深い事情までは聞いた事も、話した事もない。だがそれでいいと思う。赤裸々になるだけが絆じゃない。何も言わずとも互いに信頼がおける、それが俺にとっては一番重要な事だ。


「……とまぁ難しい話はここまでにして。色々乗り越えてディーン君と深い仲になったら是非教えてねー」

「そのネタ止めねーと今度は力入れて蹴んぞ」


……若干訂正。やっぱり日常生活では微妙に信用ならん。俺は盛大に溜息を吐くと、氷が溶けて薄くなったコーラを一気に啜った。



時刻は変わって、深夜の廃工場。俺は廃材の影に隠れて、ジッと周囲の様子を窺っていた。

辺りに満ちた障気で、体は既に女に変わっている。この強い障気は外には出ず、廃工場の内部だけに暗く澱んでいる。

報告によれば、最近この場所で怪しげな儀式が夜な夜な行われているという事だった。昼に行われた調査の結果、禁術とされた高等妖魔の召喚術が行われている可能性が高いという事で実行犯を取り押さえる為俺が派遣されたという訳だ。

そんな大掛かりな捜査だ、勿論今回動くのは俺一人じゃない。外には後詰めの退魔師が数名、同じように隠れて包囲網を張っている。だから俺の役目はその場での確保より、網を張っている場所まで実行犯を追い込む方と言っていい。

こうして張り込み始めて一時間。そろそろ現れてもいい頃の筈だが……。


「!」


月の光に照らされた入口に影が差す。そして逆光の中から、一つのシルエットが現れた。

背は高い。全身をすっぽりと黒いローブで覆っている為、それ以外の外見はよく解らない。手にはボストンバッグを下げ、足音を立てずに中に入ってくる。

この段階で既に怪しいが、出ていくのはまだだ。まだ、決定的な証拠を出していない。

可能な限り気配を殺しながら、人影の動きを注視する。人影は建物の中央まで来ると、ボストンバッグを開き中からどす黒い液体が入った小瓶を取り出した。

それを床に巻くと、液体は地面を滑るように動き魔法陣の形になった。……間違いない、奴だ!


「それ以上動くな!」


俺は物陰から飛び出し、いつでも霧衣を抜けるように手にかける。無論、相手が人間なら深い傷を負わせてしまえばいかに退魔師と言えど傷害罪が適用されるが……人間は体術よりも魔術や法術を使う事が多い為、それらに有効に働く霧衣を最初から使ってしまう方が有利な場面もある。

人影が悠然と振り向く。ローブを目深に被っている為、顔は解らない。けれど唯一覗く口元が、にやりと弧を描いたのが解った。

次の瞬間、振りかざされた掌から大きな火球が産み出され俺の方へ飛ぶ。俺は即座に霧衣を抜き放ち、その火球に斬りかかった。

まだ力を通していない霧衣は、火球の魔力を自らのものにせんと喰らい始める。しかしその間に、人影は既にこちらに向かい動いていた。


「だらぁ!」


火球を吸収し終わり炎を纏った霧衣を返す刀で一閃させ、人影に向けて複数の中型の火球を返す。しかしそのうちの一つが直撃する寸前で、人影は天井にまで届くほどの高さで飛び上がった。


「高い……!」


俺の頭上を飛び越えながら、人影が小さな火球の雨を降らせる。俺は空っぽになった霧衣に風に変換させた霊力を籠めると、一気にその火球の総てを吹き飛ばした。

その風に、ローブがばっと捲れる。見えたのは、流れるような短い金髪。


「え……?」


一瞬の硬直、それを見逃さず金髪の人影はそのまま外へと駆け出した。俺もまた、すぐに我に返ると急いでその背を追う。


「……っ、逃がすか!」


時折霧衣の力で霊力で生んだかまいたちを飛ばして牽制をかけ、俺は人影を包囲網の方へ誘導しようとする。人影はまるでそれを知っているかのような動きで、しかしどんどん俺の望む方へと移動していく。


「何のつもりだ……!」


相手は思い通りに動いている、それなのに感じるこの焦燥感。理由は解っている、向こうの余裕たっぷりの態度だ。

それはまるで、あえてこちらの思惑に付き合っているようなそんな気さえ感じさせる。……焦るな、焦りは危機を招く!

やがて人影は、他の退魔師が網を張っている場所まで逃げ込む。……しかし。


「!?」


そこで俺が見たものは、纏めて地面に倒れ伏す他の退魔師達だった。その中で、人影はいつの間にかローブを被り直しこちらを見ながら嗤っていた。


「テメェ……!」


足を止め、霧衣を構え直す。あの跳躍力、そして今もなお全身に感じる強い障気。こいつは……妖魔だ。それも強力な!

人影が徐に俺を指差す。瞬間、指先から放たれた細い閃光が防ぐ間もなく俺の腕を貫いた。


「ぐっ!?」


痛みはない。だが光を受けた場所が、強い熱に包まれる。

霧衣を握ったまま腕を押さえる俺を見て、人影が唇を動かす。それは、こう言っているように見えた。


――ツギノイケニエハ、オマエダ。


人影が後ろ向きに跳躍する。その背から、蝙蝠のような翼がローブを突き破って現れた。


「待て!」


走って追いかけてみるが、空を飛ぶ相手には敵わない。結局、少しもしないうちに見失ってしまった。


「……クソがっ……!」


一人残された俺は、まだ熱い腕を押さえてただ佇むしか出来なかった。

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