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夢見る少女じゃいられない

今俺は深夜のオフィスビルに来ている。このビルで起きているという奇妙な事件を解決する為だ。

深夜の残業。その為に残っていた社員が、気が付けば眠ってしまいそのまま朝を迎える。

一度ならただの疲労による偶然だろう。しかし今日までに何人もがその状況に陥っているという。中には廊下で眠っていた者もいたそうだ。

そこで俺の出番がやってきた、という訳だ。何も起こらなければ良し、だがもし妖魔の仕業ならば退治して解決する。

正直、仕掛けてくるのを待つのは苦手だ。妖魔のいる所まで乗り込んでさっさと片付ける方が性に合っている。

だが今回はそうはいかない。何故なら……。


「すみません……付き合わせてしまって」


今まさに、その残業をしている女性社員がここにいるからだ。帰るように促してはみたが眠る事以外被害はない上、どうしても明日までに片付けなければならない急ぎの仕事だと言うので渋々残る事を承諾した次第だ。


「……別に。仕事だからな」

「でも驚きました。依頼を受けたのがこんな若い男の子だなんて」


感心したように言うが、向こうもまだ若い。まだ二十代半ばといった所だろう。ひっつめ髪に眼鏡をかけた野暮ったい感じの女だが、多分顔は悪くない。


「いつからこのお仕事を?」

「……中学から」

「凄い! 私なんてそのぐらいの時は遊んでばっかりでしたよー」


この女、人柄は悪くないようだがやたらとよく喋る。その度に仕事の手が止まっていて、だから残業する羽目になるんじゃないかと思う。それでも事件が起こってからは初の残業らしいが。

それを適当に受け流しながら、ちらりと時計に視線を向ける。現在夜の十一時。俺がここにいるのは十二時までの約束だから、あと一時間。


「……よし! 何とかなりました!」


やがて女性社員が振り返り、ガッツポーズを取ってみせる。どうやら作業が一段落したらしい。……やれやれ。やっと一人になれる。

パソコンの電源が落ち、帰り支度が始まる。こいつが帰ってくれれば後はビル内を捜索するだけと、俺が一息吐いた時だ。

じわり、体が熱を帯びた。


「!?」


ハッと辺りを見回す。部屋内には俺と女性社員、二人の姿しかない。

だがこの感覚。呪いのせいで障気に敏感になった体が教えてくれる。妖魔が……近くにいる!


「……? どうしたんですか?」


様子の変わった俺を訝しんで、女性社員が振り返る。変わっていく肉体を感じながら、俺は咄嗟に声を張り上げた。


「来るな! ……部屋の隅に下がれ!」

「え?」


それを最後に変化に耐え切れず膝を着く。女性社員はおろおろとするばかりでその場から動こうとしない。クソッ、早く逃がさねえと……!

その思いも虚しく。体が女に変わったと同時、閉じられていた部屋の扉が開いた。


「おやおや、まだ仕事中ですか?」


そこには警備員の格好をした男がいた。背は低く、ずんぐりとした体型をしている。だが俺には解る。この障気の量。こいつは……。


「あ、警備員さん! あの子、具合悪そうなんです! 手を貸して下さい!」


しかしそんな事を知りもしない女性社員は、安心したように警備員に駆け寄っていってしまう。……ああ、もう、めんどくせぇ!


「駄目だ、そいつから離れろ!」

「何を言って……て、あら? 髪が……?」


そこでつい、焦ってそう怒鳴ってしまったのが不味かった。女性社員がその場でこちらに振り向き、完全に無防備になってしまう。その肩を、警備員が掴んだ。


「? 警備員さ……」

「少し、眠っていて貰いますよ」


向き直った女性社員と警備員の目が合う。次の瞬間、女性社員の体がぐらりと傾ぐとその場に崩れ落ちた。


「……催眠術か」

「フーッシュッシュッシュ。その通りシュ、退魔師のお嬢ちゃん」


楽になった体を立ち上げ、視線を合わさないよう警備員を睨み付ける。警備員は口調を不気味なものに変え、ゆっくりとこちらに体の向きを変えた。


「全く、ここはいい食事場っシュ。こうして残業してる人間を襲えば、少ないリスクで腹を満たせるんシュから」

「食事……催眠……そうか、テメェばくか!」

「ご名答。もっともボクの喰うのは夢じゃなくて記憶っシュけど」


体を揺らして笑いながら、楽しそうに警備員――貘が言う。その笑顔は実に不快で、さっさと殴り飛ばしてしまいたくなる。


「なら、ここでテメェをのせば一件落着って訳だな!」


感じた苛立ちを隠そうともせず、俺は両の拳に霊力を籠めると床を蹴り駆け出した。俺と貘の距離がみるみる縮み、拳の射程圏内に入る。


「おおっと!」


しかし俺が殴りかかるよりも、貘が倒れている女性社員を盾にするように抱き起こす方が早かった。突き出しかけた拳が、寸前でピタッと止まる。


「テメェ……!」

「殴りたいなら殴ればいいっシュよ。……この子を巻き添えにしてね」


勝ち誇ったように、貘がニヤリと笑う。頭に血が昇った俺は、その顔を反射的に睨み付けてしまう。


「……ボクの目を見たっシュね」

「!?」


その言葉に慌てて視線を逸らすが、遅かった。脳みそが揺れ、体から力が抜けていく。


「しまっ……」

「フシュシュシュ……今日はついてるっしゅ。可愛い女の子が二人も……記憶を食べる前に、色々させて貰う事にするっしゅかね」


膝から崩れ落ち、その場に倒れる。重い瞼の向こうで、貘が太く短い指をこちらに伸ばすのが見えた。

駄目だ。眠ってしまったらこいつの思うツボだ。だがどうにかしようにも体に力が入らない。

貘の手が俺のシャツを掴み、上へと引き上げようとする。そこで俺は覚悟を決めた。


「っ!!」


最後に残った力で、口の肉を思い切り噛み切る。ビリッとした痛み。失われかけていた意識が少しだけ戻るのを感じる。


「調子こいてんじゃねえぞ……このエロ貘が!」


怠い体を奮い立たせ、服を捲っていた腕を掴む。そして勢いをつけ、強烈な頭突きを見舞った。


「っシュ!?」


頭突きは貘の顎に当たり、ダメージを喰らった貘がよろめき後ずさる。それを追うように身を起こし、今度は腹にボディーブローを叩き込む。


「ごふっ!!」

「トドメだあっ!!」


更に追い討ちをかけるべく、掴んでいた腕を引っ張りその場に引き倒す。簡単に床に転がった、痛みに悶える貘の喉を引っ掴み持ち上げるとその後頭部を思い切り床に叩き付けた。


「がっ!!」


貘が口を目一杯開き、唾を飛ばす。そしてぐったりと大の字になって動かなくなった。


「はぁ……何とかなったか」


まだグラグラする頭を何とか保ちながら、両手で解呪の印を結ぶ。すると重かった思考が、徐々に鮮明になっていった。


「……これでこの体も元に戻りゃいいのに」


すっかり眠気が抜けた所で思わず呟く。簡単な術ならばこうして自分で解けるが、術や呪いが強すぎると俺の力ではどうにもならない。我ながらまだまだ未熟だ。


「あー……口痛ぇ……」


やむを得ないとはいえ自分で傷付けてしまった口を外側から押さえながら、この傷はいつ治るだろうかとそんな事をぼんやり思った。

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