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女体化退魔師初出動

それから数日は仕事もなく、いつもと変わらない日常が流れた。売られた喧嘩を買い、学校の奴らには遠巻きにされる。

お袋には結局、呪いの事がバレた。流石かつての女羅刹、俺の気の流れの僅かな違いを読み取ってずばり言い当ててきやがった。その後鉄拳制裁を喰らったのは言うまでもない。

そして正式な処分の方は、件の鬼を俺が討ち取るまで執行猶予という形になった。最近妖魔による事件が増えているとかで、今は少しでも人手が欲しいらしい。奴の行方は、現在退魔師協会によって調査中だ。

喧嘩を売られる以外は馬鹿みたいに平和な日々。だが内心は気が気じゃなかった。例え仕事がなくても、妖魔との不測のエンカウントで女体化……なんて可能性だってないとは言えなかったからだ。

そんな俺の気を知ってか知らずか。遂に協会による、呪いを受けて以来初の指令は下ったのだった。



「切り裂き魔?」


連絡係のミサにせがまれ、ファーストフード店のテーブルで寛ぎながら俺はそう問い返した。


「うん。しかも女の子ばっかり狙う、ね」

「それただの変態じゃねーか」


目の前でポテトをもりもり食べるミサに、ついそうツッコミを入れる。本当はポテトばっかり三つも頼んでいるミサ自身にもツッコミを入れたいがそこは堪えておく。今の所俺を元に戻せるのはこいつだけだから、下手に機嫌は損ねたくない。


「うんまぁ、今の所死人は出てないみたいだけど……切り口がね、明らかに普通の刃物じゃないって」

「ふむ……」


腕組みし、俺は考え込む。被害者が生きている以上、明らかに人間じゃなかったり妙な刃物を持っているならその辺りも報告にないとおかしい。という事は人化の類か、元から人間と同じ姿か……。


「とにかく、そいつをぶちのめせばいいんだな」

「そゆ事ー」


いつの間にか殆ど空になったポテトの箱を指で探りながらミサが答える。おい食うの早すぎだろ。


「解った。今度は上手くやる」

「あたしも行きたいなー。ビデオ持って女の子ナッキーの勇姿を記録すんの」

「それは絶対に止めろ!」


ついでにさらりととんでもない事を言い出すミサに、俺は全力で拒否を示したのだった。



その一時間後。俺は夕陽に照らされた、駅前アーケードの路地裏を歩いていた。

辺りにはいつものように人払いの結界。ターゲットが女ばかりで俺が男とはいえ、やはり一般人が襲われるリスクを背負う訳にはいかない。

一旦立ち止まり、神経を研ぎ澄ませて障気を探る。それほど強くない障気が、確かに俺の行く先から感じ取れた。


「……こっちで間違いなさそうだな」


心なしか体が熱い気もする。微かな障気を受けて、呪いが暴れ出し始めているのだろうか。俺はざわつく心を鎮めるように深呼吸し、また歩き出した。

歩を進めるにつれ、体の熱は徐々に高まっていく。いつかも感じた体が作り替えられる感覚。吐き出す息も、どんどん熱く荒くなっていく。

身に感じる障気が濃くなった頃、遂に体は変化に耐え切れなくなった。片膝を着き、暴れ回る熱を抑えようと触れた胸が少しずつ膨らんでいくのが解る。

そして、少しの間の後。胸の柔らかな感触と頬に触れた長い髪に、俺はまた自分が女になったのだと悟った。


「……この程度の障気でこれかよ……」


思わず溜息が漏れる。あまり強くない障気でこれなら、まず間違いなく戦う頃にはいつも女だ。

とは言え、戦いの最中に女体化しようもんなら敵に多大な隙を晒してしまう事になるのは今ので解った。だからこれでいいのかもしれない。嫌だが。


「ちっ……こうなりゃさっさと片付けるか」


また女になった苛立ちを妖魔相手にぶつけるべく、俺は立ち上がる。そこに、目の前の十字路の右側から人影が現れた。

そいつは見るからに怪しい風体をしていた。よれよれのシャツとスラックスに黒のニット帽を目深に被った男で、何かを物色するようにキョロキョロと辺りを見回していた。

やがてその目が、俺の視線と重なる。するとそいつは俺の方にがに股で歩み寄ってきた。


「よぉ、姉ちゃん。美人さんがこんな所で一人でどうしたんだい」

「……そういうあんたは?」


馴れ馴れしく話しかける男に、冷静に問い返す。結界の中を普通に歩いている事、辺りの障気の量。間違いない、こいつは……。


「俺はなぁ……あんたみたいな無防備な女を切り刻みに来たのさ!」


男が腕を振り上げる。その手が鎌のように変形していくのを俺は見た。


「そうかよ!」


俺は腕の軌道を読み、斜め後ろに小さく飛ぶ。空気の裂ける音がし、なびいた髪の数本が鎌に切られて風に舞う。


「何!?」

「変態野郎が……今ここで退治させて貰うぜ!」

「テメェ、退魔師かっ!」


俺の口上に男の顔色が変わる。俺は構えを取ると相手の体勢が整う前に大きく踏み込み、野郎の顔面に右ストレートを見舞ってやった。


「ぐはっ!?」


十分な手応えをもって、拳が男の頬にめり込む。男は衝撃に耐え切れず、後ろに吹っ飛び尻餅を着いた。


「クソッ……動きづれぇ……!」


男を見下ろし、殴り付けた手を軽く鳴らしながら俺は毒づく。やはり腕力が落ちているのだろう、殴った際の反動がいつもより軽いのもそうだが、何より動くに当たっての重心が違う。この胸、想像していた以上に邪魔だ。重い上に揺れるし。


「こ、このアマぁ……!」


殴られた頬を押さえながら、男がよろよろと立ち上がる。その目は怒りと屈辱で、ギラギラと暗く輝いている。


「大人しく罪を認めな。協会に出頭するってんならこれ以上荒っぽい事はしねーよ」

「……んの……舐めるなよ、小娘風情がぁ!」


一応穏便な解決策を振ってはみるものの、やはり聞く気はないらしい。男は俺を真っ直ぐに睨み付けると、一気に障気を膨れ上がらせた。

男の体がみるみるうちに変形し、着ていた服を破いていく。そしてあっという間に、俺より一回り大きい蟷螂の姿に変わった。


「クヒヒ……この姿に戻ると暫くは人間になれねぇ。だからテメェを思う存分切り刻ませて貰うぜ!」

「やれるもんなら!」


俺は先手必勝と、先に動き出し正面に踏み込むと蟷螂の胸にハイキックを放つ。しかしそれは、大きく膨れ上がった右腕の鎌によって阻まれた。


「チィッ!」

「軽い、軽いねぇ!」


そのまま横に振り払われた鎌に体勢を崩す。そこに、もう一方の鎌が斜め上から降り下ろされた。


「クソ!」


咄嗟に上体を後ろに反らし、それをかわそうと試みる。だが一つ誤算があった。膨らんだ胸の分を計算に入れていなかったのだ。

それに気付いた時には痛みと共に胸の部分が切り裂かれ、血と肌を露出させていた。


「そぉらそぉら!」


続けて右の鎌が横薙ぎに振るわれる。今度こそ当たるまいと痛みを堪えて後ろに下がろうとするが……また距離感が掴めていなかった。

直撃こそ避けたものの鎌は胸の下部分の服を切り裂き、下半分の胸が露出してしまう形になったのだ。


「クヒヒヒヒ! だんだんいい眺めになってきたなぁ!」


下司な笑い声を上げながら、蟷螂が三度俺を切り刻もうと鎌を振り上げる。ふざけんな。これ以上ストリップ紛いの目に遭ってたまるか。

俺は鎌が降り下ろされるタイミングを狙って、一気に相手の懐に飛び込んだ。目の前に、無防備な胴体が映る。


「逝っとけド変態!」


そこにたっぷりの霊力を籠めた、ボディブローをお見舞いしてやる。これには相手も堪らなかったらしく、苦悶の声が上から響く。


「ぐえっ!」

「まだまだぁ!」


続けてもう一発、胸と腹の付け根に左フックを叩き込む。確かな手応えが手に伝わり、蟷螂がフラフラとよろめきだす。


「これで……とどめ!」


更に俺は蟷螂の両腕を掴んで地面に引き寄せる。その勢いのまま、顎に強烈な膝蹴りを喰らわせた。


「ごがっっ!!」


脳にダメージがいったのだろう、その一撃に蟷螂はぐらりと体を傾け、その場に倒れ込んだ。そのまま立ち上がる様子のないのを見て、俺は漸く構えを解く。


「はぁ……とりあえず犯人確保、だな」


肩をゴキゴキと鳴らしながら、一息吐く。霧衣を抜かずに済んだのは僥倖だった。あんまりこれを抜くと師匠に何を言われるか……おっと。この話はまたの機会に。

退魔師は魔を退けるのが仕事だが、それは何も殺すという意味ではない。この前の鬼のような凶悪な相手ならそれも辞さないが、大半は説得するか叩きのめして改心させるのが常だ。

つまり、俺の仕事はここまで。後は回収班の仕事だ。


「しかし……どうすっかな、これ……」


スマホを取り出し連絡を取ろうとして、蟷螂野郎に切り裂かれ、大事な部分は隠れているもののすっかり胸が見えてしまっている自分の姿に気付き、俺はミサと回収班どちらを先に呼ぶべきか暫し悩んだのだった。

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