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異変

午後八時。すっかり辺りに夜の帳が降りた頃。

俺はお袋から受け継いだ退魔刀『霧衣きりごろも』を腰に携え、報告のあった河川敷に向かっていた。

霧衣は退魔刀の中でも特殊な刀で、持ち主の霊力や魔力といった力をその身に受けるとその性質をそのまま受け継ぐ作りになっている。炎なら炎の性質、氷なら氷の性質という風に。他以上に持ち手の実力に左右される刀、と言ってもいいかもしれない。

前の持ち主のお袋はこれを振るい数々の妖魔を退け、その筋では『女羅刹おんならせつ』の名で恐れられたとか。もっとも結婚と同時に引退したらしく、今じゃすっかりただのおばさんだが。

周辺には、既に人払いの結界が敷かれている。思い切り銃刀法違反の俺が見咎められないのもその為だ。

やがて暗がりに、河川敷がその姿を現した。俺は階段を探すと、そこから下へと降りる。


「……退魔師か」


階段を降りきった所で、不意に声が響く。俺が身構えるとすぐに、空気を切り裂く音が聞こえた。


「ちいっ!」


俺は微かに感じる風を何とか読み、咄嗟に身を屈めた。瞬間、頭上を何かが通り過ぎ風圧で髪がふわりとなびく。


「くく……今の一撃をかわすとは。やりおる」

「姿隠しの術か。小細工は通用しねえぞ!」


面白がるような声に苛立ちながら俺は両手で印を結び、念じる。すると何もない空間から、こめかみに一対の角を生やした僧侶姿の巨漢の姿が滲み出るように現れた。

生やした角、そして今の術。間違いない。こいつは鬼の中でも上位に位置する奴だ。


「……ほう。今時の若造にしてはなかなかやるな」

「鬼の一族が人里に何のようだ! 人の世とは関わらぬという古き盟約を破る気か!」

「盟約? 笑わせる。先に我らが領域を侵し、住処を奪ったのは貴様ら人間ではないか」

「だから人も襲うと?」

「左様。失われつつある神通力、取り戻すにはやはり人の肉が一番よ。古き力を取り戻し、我らは人の世を新たなる領域とさせて貰う」

「……引く気はなさそうだな……!」


身を起こした俺と鬼の視線が交錯する。空気の流れが止まったような、そんな錯覚がした。


「なら……力ずくでお引き取り願わせて貰うぜ!」


俺は再び身を低くし、両手に霊力を籠めると一気に懐に入り込んだ。そしてその土手っ腹に思い切り掌打を叩き込む。


「くっ……浅い!」

「いい動きだ、若造!」


しかし掌に感じる手応えは弱く、俺は鬼が直撃前に身を引き衝撃を和らげた事を知る。そこに鬼が、肩目掛けて手刀を放ってきた。


「ふんっ!」

「当たるかよ!」


即座に俺は後ろに飛んだが、長い爪が掠って服に穴を開ける。くそ、安いのだからいいけど戦闘服なんて支給されねえから普段着なんだぞ、こっちは。


「オラッ!」


体勢を整え、今度は腕を狙い回し蹴りを繰り出す。しかしその足は、易々と鬼に掴まれてしまった。


「そうらっ!」


そのまま鬼が遠心力をつけ、俺を川の方へと投げ飛ばす。流石の俺もこれには為す術なく、浅い川に大きな水飛沫を全身への衝撃と共に上げる事になってしまった。


「がっ……げほっ、げほっ!」

「何故刀を使わぬ? ただのこけおどしか、それとも我を侮っているのか?」


悠然とこちらに歩を進めながら、鬼がこちらに問い掛ける。俺は鼻から入り込んだ水に咳き込みつつも、何とか痛みを堪えて立ち上がる。


「はっ……切り札は最後の最後まで取っておくもんだろうが」

「言ってくれる。だが……貴様が我にその刀を抜く事はない」

「何だと?」


訝しく思いながら、鬼を見返す。……よく見ると、左手が何かの印を結んでいる。

それに気付いた俺は慌てて防御の印を結ぶ。しかしその直後、まるで全身の血管が沸騰したみたいに体が熱くなった。


「……テメェ……!」

「すぐに刀を抜かなかったのは失敗だったな、若造。……その身のこなし、人間にしておくには惜しい。我らが眷属となり共に人の世を攻めるとしようぞ」


迂闊だった。上位の鬼である事には気付いていた筈なのに。

まさか、妖化の呪いが使えるレベルの鬼がこんな所に……!


「誰、が……!」

「抗っても無駄よ。既に呪いは貴様の全身を多い尽くしておるわ」


鬼の言う通り、体が徐々に作り替えられていくのが自分でも解る。だが、だからって諦める事は出来ない。

飛びそうな意識を保ちながら、俺は必死に呪いがこれ以上体を蝕まないよう防御の印を結び続ける。頭がぐらぐらする。眠ってしまいたくなる。けれど、そうすれば俺はもうおしまいだ。


「負け……るか……クソッ!」


意識が混濁する。全身の感覚が失われていく。そうして、どれだけの時間が経っただろうか。

――急に、俺は、体が楽になっている事に気が付いた。


「……?」


手を動かしてみる。気怠さはあったが、手は問題なく俺の目の前まで動いた。

映るのはいつもと変わらない右手。慌てて額に触れる。角らしき物は、どこにもない。


「……防いだ?」


信じられない思いで呟く。けどその自分の声に、何か違和感を感じた。自分の声なのにそうじゃないような……。


「……どうなっておる?」


その声に顔を上げる。すると、鬼が何やら間抜けな顔で俺を見ていた。

もう一度、改めて自分の体を見る。そこにあったのは、たわわに実る豊かな双丘……。


「って何じゃこりゃああああああああっ!?」


気付いた。気付いてしまった。俺に……でかい胸が生えてる!?

恐る恐る股間にも触れてみる。……ない。産まれた時から付いてたものが、ない。

胸を押さえる。柔らかい感触と、掌の熱が同時に脳に伝わる。つまりこれは紛れもなく俺の……。


「うむ……その……ええと」


パニックに陥る俺を前に、鬼は唸りながら困ったように腕を組んでいる。ふざけんな。テメェがやったんだろうが。


「おいコラふざけんな……元に戻せコラアアアアア!」


焦りと怒りが頂点に達した俺は鬼に向かって絶叫した。マジふざけんな。これもう鬼になってた方がマシじゃねーかよ。


「……ええと……もとにもどりたくばわがぐんもんにくだるがよいー」

「棒読みなってんじゃねえかああああああああっ!」


もう駄目だ。もう耐え切れん。さっさとこいつぶった斬って元に戻ろう。

俺のそんな怒りを察したのだろうか。俺が霧衣の柄を握ったのを見ると、途端に鬼は慌て出した。


「……さらばっ」

「待てえええええ逃げんなああああああああっ!!」


そして霧衣を抜き放ち追い掛ける俺から、鬼は一目散に逃げ出したのだった。

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