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夢想書斎  作者: 奈々月 郁
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間章 悪夢の終わる場所

 ここが闇だと仮定してみよう。

 視界が奪われた瞬間、なぜか音まで奪われたような気がしないか?

 実際は暗闇の中では視界がない分、音は通常よりも豊富で、あるいは恐怖から、あるいは警戒から、自然と耳をそばだてていて、音がしないことなどほとんどないというのに。

 しかし闇は、私たちの中から音を、気配を、感じ取らせまいとする。あくまで「心に在る闇という名の存在」についてのみ、これは言えることなのだけれど。

 なぁ、そうやって光も闇も塗り潰してきたのか?

 こう問いかけたならば、君の答えはもう分かっているよ。

 「光も闇も、同じ場所にある」と。

 それでも否定したならばどうする?

 抗い続けはするのだろうな、けれど決定的に勝ち得る言葉は出てくるまい。

 どちらも肯定するくせに、暗がりから意地でも出ようとしない君が求めているのは、ほら、これだ。




 夜も更けかけた、しかしまだ暗い部屋。

 カルナは息荒く、心臓の鼓動は激しく、目に涙を滲ませて硬直していた。

 目覚める寸前、夢の中に現れた男の言い様が……いや、何よりもその意味が、全身に絡み付いて離れない。

 湧き上がるものを抑え込もうと別の何かに傾注したくとも、寝物語に読んでいた本は近くをどんなに探しても見つからなかった。

 焦りで忘れているが、昨晩カルナは散々本の内容を馬鹿にしたうえで、男性に突っ返していたのだった。

 数秒でカルナの精神の決壊はあっさりと崩壊し、赤い記憶が鮮やかに蘇る。

 耐え切れず、カルナは床に昨夜の夕飯を全て戻した。血臭さえ再現する記憶は、胃の中の何もかもを吐き出させるまで止まらなかった。

 しばらくカルナはうずくまった状態で指先ひとつ動かさず、男性が訪れないかと待った。

 だが、声を欠片も漏らさなかったためか、男性が駆け寄ってきそうな気配はない。どこかにはいて、カルナを一人にしないようにしているはずなのだが、当のカルナには男性がどこにいるのか見当もつかない。


「苦い」


 小さく呟き、渋い顔で身を起こす。

 胃の中のものを戻したせいで『あの日』の記憶から急速に現実に引き戻され、フラッシュバックは頭の隅に追いやって安定させることができたが、戻してしまった物はどうしようもない。朝になるまでこのままかと思うと、ひどく憂鬱だ。

 遠くはない朝。けれど、今、来てほしいのにと、無茶を承知でカルナは思う。思うだけならいつだって自由だ。

 口を漱ごうと水を含んだが、今度はその水の捨て場に困った。

 ちょうどいいコップもなければ、この部屋には流し場もない。風呂や洗面所は、ここから少し離れた専用の部屋があり、そこでのみ用を足すのだ。

 仕方なく、元の水差しに吐き捨てた。これも朝になれば男性が新しい水を持ってくるので、それまでの辛抱だ。

 自殺防止のためとはいえ、念の入れ過ぎは問題だとカルナは思う。誰にも気付いてもらえない夜に、自分一人で動くことすら許されないなんて。

 もちろん、カルナは分かっていたのだが。自殺防止という観念よりも、より重要な別の見解においてこれは実施されていると。

 それでも普通の――そう、普通の女の子として、これは許され難いことだった。

 本当は綺麗好きなのに、シャワーを浴びるのは二日に一回だけ。

 外に出て、買い物することもできない。

 決められた数人の知り合いとしか会えない。

 何より我慢ならないのが、それら多くの細かく、しかし大きな不満を抑えつけるのに使われているのが、男性のナイトメア能力だということだ。

 彼は家族なのだ。身寄りのないカルナにとって、血縁など関係がない。共に暮らし、庇護してくれる存在。時が来れば、守りたいとすら思う。それだけで家族と言えるのだった。

 家族が家族を縛り付けるなんて。そんなことをさせるなんて。

 見えない誰かを恨む気持ちが、多かれ少なかれカルナにはある。

 『あの日』以降続けられてきたこの生活について、今まで何かしらの説明が為されたことはない。

 だが、幼い子供ではないのだ。いい加減大人であるカルナが考えれば、自分が間接的に誰かの管理下にあること、それが男性にとって本望ではないことくらい分かる。

 運良く無事だった厚手のタオルケットを掴み、カルナは本棚の狭間に移動した。胃液の臭いで鼻がおかしくなりそうだったのだ。

 タオルケットを体にぐるぐる巻きつけ、本棚にもたれかかる。

 眠れそうにはないが、意識と感覚を強引に閉じる。


 早く来て。

 早く来て、B。


 心の中だけで繰り返す。

 男性は悪夢を作る。

 その悪夢を幾度となく見ているカルナは、知っている。

 悪夢を終わらせるのもまた、男性であると。

 今はただ、祈る。


 朝が来て、この悪夢が終わりますように……。


ねむねむ……奈々月です。


10日ぶりの更新……!

すっかり新年明けましたね、更新の遅い奈々月でございます……。

そんなこんなですが、今年もよろしくお願いいたします。


今回は短めの、間章の更新です。

カルナが一人で過ごす、夜の様子。前回とちょっと似てますね。

次回からは新キャラも登場ですよ! 少しだけ賑やかになりますので、更新をのんびりお待ちいただければ嬉しいです。


それでは、おやすみなさいませ……。



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