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夢想書斎  作者: 奈々月 郁
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第一話 ~殺人は小説でもできる part2

 突然ぶつぶつと呟き始めて一人ごちる姿を訝しく思ったリベリアは、次の瞬間、眼前に銃口を突きつけられることとなる。

 家の中には幾度となく銃弾をぶち込まれているが、まともに狙いをつけて銃口を向けられたことはさすがにない。リベリアの笑顔が僅かに強張った。


「何をするつもり?」


 こんな状況で、カルナが満面に笑みを浮かべているのが怖い。本気と悟ったリベリアは、こちらも本気で逃げる算段を立て始めた。

 カルナに銃の扱いを教えたのはリベリアだ。だがそれは、ただ単に自分に視覚があり、触ったことがあったから、という程度に過ぎない。盲目である分カルナの感覚は常人より鋭く、彼女は目的を持って腕を磨いていたため、今ではまったく太刀打ちできない。

 女性的な身体にコンプレックスを感じて幼い頃から習い続けていた、徒手空拳での体術は使えるが、それだけで逃げるのは難しい。

 かといって、怪我を負わせてしまうわけにはいかない。自分が多少傷を負ってでも、大切な彼女に傷ひとつつける気はない。

 気持ちだけなら何とでも言える。問題は、実際どうするのか。

 身体を鍛えるという目的を超えて体術を使ったことはない。実戦経験がないのに、拳銃相手に一体何ができるだろうか?


「つまらないのよ、何もかも。だから試しにリベリアを壊してみるの。何か変わるかもしれないでしょ?

大丈夫、もし駄目だったらリベリアの研究を引き継いで、反魂の術で呼び戻してあげる」


 そういう彼女の瞳には、快楽殺人者にありがちな喜悦の色が見え隠れしていた。嫌な汗がリベリアの背を伝い落ちる。

 突然の、この異常な状況を把握するためにせめて時間が欲しいと願い、リベリアは口を開く。


「だったら壊すのは、Bでもいいんじゃないか? どうして僕を?」

「Bはね~……そういうのには向かないの。弱っちいから。簡単に殺られちゃったら、リアルな時間が短いもの。またすぐつまらなくなっちゃう」


 笑いながらカルナはなぜか銃口をほんの一秒足らずの間だけ上に向け、銃弾を放つ。

 眼前にあったとはいえ、銃口が上に逸れた瞬間にその場を飛びのいて、どうにか避けることができたリベリアは、警戒していた次弾が来ず、空薬莢を落とすのみに動作を止めたカルナに恐怖した。

 彼をいたぶり殺す気なのだ。カルナの言う、「リアルな時間」が長引くように。


「次は二発撃つね。その次は三発。一発ずつ増やしていって、リベリアはどこまで耐えられるかしら?」


 言うなり二発、油断ない速度で発射する。それぞれ試験管と書類の束に命中し、紙とガラスが空中に舞い上がった。カルナの姿が一瞬、視界から消える。

 カルナの纏う威圧感から僅かに逃れることができたリベリアは、すぐ足元の床に強く体重をかけて踏み抜いた。風切りの音を頼りに、飛んできた拳銃を掴む。

 だが、引き金に指はかけず、グリップを硬く握りしめるだけに留める。どうせ、撃てはしない。殴ることはできても撃つことはできないような持ち方で、狭い空間の中、カルナから半歩距離を取る。

 同時に銃声が響いた。カルナが撃ったのだ。


「三発撃ったよ」


 浮き浮きとした軽い声音がよく響く。銃声は一発撃ったような音しかしていなかったのだが……脅威のクイックショットにリベリアは内心舌を巻いていたが、体はきちんと撃たれたその瞬間に反応し、ほとんど脊髄反射で銃弾を避けていた。

 上手く避けた、と油断した。カァン、と右方から金属音がしたと思ったときには、弾が腿を掠めていた。何かに跳弾させたらしい。

 ……どうやって? 考えるより先に、生存本能がカルナの行動への違和感を訴えかける。

 血が裂けた布に染み、一筋はふくらはぎを伝って靴に赤い点を作った。深い傷ではないが、それを見るカルナの舐めるような視線がリベリアの動きを止めさせる。

 ふと、リベリアの頭にはっきりと疑問が浮かび上がる。

 ネズミをいたぶるような残忍な行動を取っているくせに、苦しむ顔よりも血が見たいのか……?

 見たい? そうか、おかしいわけだ。相手はカルナなのだ。なまじ普段気にしていないから分からなかったが、彼女が視覚的なものを気にかけるなんておかしいのだ。

 無機物を使ってリベリアを狙った眺弾も、見えていないのにできるはずがない。ここは何しろ物の配置がしょっちゅう変わる家なのだから。

 カルナの感覚が異常に鋭敏だとしても、眺弾を狙えるほど無機物の配置を理解しているなんて、さすがに医者としての観点から見ても奇妙だ。爪の先ほどの位置のずれがあれば、眺弾ではなくその物体を撃ち抜いてしまうのだから、呼吸も体温もない気配の分からない無機物は、到底見もしないで眺弾を狙うことなどできない。

 というか、見えていても普通はできない技術なのだ。そう、何もかもがカルナの都合のいいように動きすぎている。

 思考を巡らせる間を稼ぐため、牽制としてカルナの肩を狙って撃つが、当然避けられる。


「次は四発……ね」


 カルナにはこの部屋が見えている。視力のあるカルナ、有り得ないことだ。だが、有り得ないことを可能にする力を、リベリアは知っている。そうだ、あれしかない。

 小悪魔染みた笑みを浮かべたカルナへ、続けて弾丸を見舞っていく。ダン、ダン、ダン、と速攻での連撃はせず、コンマ数秒の奇妙な間を置きながら、カルナに絶対に当たらない位置を狙って。

 その場からぴくりとも動かず、のんびりと空薬莢を落としていたカルナの手が徐々に震え始め、リベリアが十一発を放ったところで拳銃を取り落とした。

 その表情は、苦しげに歪んでいる。


「何……をしたの……? リベリア!」


 傷を抉るような真似をして、申し訳ないという思いはある。しかし、それもすぐに覚めるだろう。カルナも気付くはずだ。こんな自分はおかしいと。


「何って……大したことじゃないよ。でもね、カルナ。僕が呪術に詳しいって知ってるよね? 簡単な催眠くらいなら、呪術師の業や道具を用いなくとも使えるんだ。もうひとつ、今僕に使えるのは……これだよ」


 言って、リベリアはどこか違う次元の隙間から取り出したとしか思えない状況で、空中から出現させた、鮮血染みた色の紅い水の玉を両手に抱えた。

 それを見たカルナの顔色が見る見るうちに青ざめる。手の震えは、すでに全身へ行き渡っていた。


「カルナ、目を覚ませ」

「ひっ……いやぁぁぁぁぁ!!!」








   ******




『彼女の肌を伝うその玉は

  ひどく生臭く、例えようもないほど赤く

    べったりと命を奪い取って流れ落ちる。』




「………………え?」


 完全な自失から醒めると目の前には、どことなく楽しそうなBという愛称を持つ男性と、なぜか渋い顔のリベリアがいる。

 どういう状況なのか、テーブルを囲んで三人で座っている状態だ。

 腕に水が流れ落ちる感覚を覚え、はっとなって真っ青な顔のまま、恐怖に目を見開いて自分の腕に触れるが、血のような粘性を持った液体ではなく、実のところは、びっしょりとかいている汗の雫が一筋落ちてきただけだった。

 あれだけ派手に浴びたはずの、リベリアが浴びせかけた赤い液体は痕跡すら残っていないのだった。

 それでも肌を流れる汗の感触が不気味で不快で仕方なく、手の届く範囲全てを掌で拭った。

 そんなカルナに何を言うでもなく、二人はカルナが無事に目覚めたことを確認して軽く微笑んで見せただけで、また談笑に戻ってしまった。


「僕まで巻き込まないでくれよ。おかげで冷や汗ものだ」

「すみませんねぇ。うちの姫様がリアリティをお求めになったので、貴方を参加させるしかなかったんですねぇ。私はナイトメア能力の中に入れませんから……大目に見てくださいよ」

「ナイトメア能力!? B、また……!」


 起きた事象にようやく合点がいったカルナはいきり立ち、椅子を派手に蹴り倒した。

 怒り心頭といった様子のカルナにも、男性はまったく反省の色を見せない。


「ええ、でも私が勝手にやったことですよ? カルナさんに直接頼まれたわけじゃないですから、構わないかと思ったんですけどねぇ」

「そういう問題じゃない! 嫌いだって言ったでしょう!」

「大丈夫ですよ。夢は夢、夢のカルナさんは今ここにいるカルナさんそのものじゃありませんからねぇ」


 激情に任せて言い募ろうとも、しらを切り続ける彼に、カルナは嫌々ながら矛を収めた。

 このまま言い合いを続けても、勝てないことは経験上分かっている。良くて平行線だ。なにより、精神的にひどく消耗していて、このまま言い合いをする気分にはなれなかった。


「いかに最高の本であっても、性格は最悪ね」

「最高でも最低でも、他を差し置いて『最も』だなんて、すごいことですよねぇ。お褒め頂いて……」

「褒めてない」


 唇を引き結び、頬を吊り上げてカルナは黙った。男性の解釈の広さには全く呆れるしかない。

 カルナが振り撒く怒りの沈黙を破ったのは、もう一人の被害者であるリベリアだった。


「しかし……今回の展開はかなり無茶だったと思う。カルナのリアリティを叶えるというのなら、もう少し動機付けだとか、伏線だとかがあってもよかったんじゃないか?

というか、巻き込まれる側の身にもなってくれよ。あのギリギリで気付かなかったら、警察沙汰になっていたかもしれない」

「まぁ……確かにそうですねぇ。カルナさんが狂気に至った理由がなかったですねぇ。本としては落第ですが、カルナさんの退屈潰しにはなったようですから、私としては及第点としていますよ。

警察は……覚める前に貴方が何とかすると思っていましたからねぇ。気にもしませんでしたよ」


 カルナに接するのと同じ、どこか白々しいくらい相手を信頼した答えに、リベリアは思わず苦笑いしてしまった。

 皮肉は通じない、というより、男性にとって意味を為さないらしい。

 ならばと、自身に見せられた悪夢の内容についてリベリアは批評を続ける。

 男性の言う通り、ナイトメア能力に取り込まれたとしてもそれは強制的に見せられる白昼夢でしかない。この不可思議な現象に、人を傷付ける力はないのだから。


「僕が呪術を利用する件は、もう少し面白みが欲しかったな。ナイトメア能力なら何でもありのはずなのに、単純な幻術になってしまっただろう? ほら、カルナが試験管割ったじゃないか。あの辺りで何か起きるとか。

というか、どうにかしてくれていたら楽だったのに」

「貴方が楽かどうかはともかく、話としては悪くないですねぇ……」


 話題がナイトメア能力、その物語への評価へ移ってしまったため、カルナはしばし憮然としていたが、相手にしていても仕様がないと、一人でリベリアの家を出た。

 夢とはいえ、血を浴びた恐怖に心は凍り付いていて、とてもじゃないが普段のように彼らに交じって話すなどできそうになかった。

 肌を何度も払っても、血の色が、臭いが、感触が、纏わり付いているような気がする。


「Bのバカ……」


 涙が出てきた。本当に怖かったのだ。狂気に染まった自分が。

 男性の生み出す悪夢の中にいると、現実の自分が本当にそう思っているように感じられて、リアルすぎるのだ。夢が夢で終わらなくなる。


「カルナさん! 置いていかないでくださいよ」


 カルナがリベリア宅を辞していたことにようやく気付いた男性が、後ろから声を張り上げて追ってきたが、一度恐怖から気が逸れると無性に事の元凶である男性に対してムカついて、カルナは男性に追いつかれまいと家まで全力で走った。

 家までの距離くらいなら車通りも少ないから、カルナの鋭敏な感覚なら、走れないこともない。


「カルナさん! ……待って! ……っ……!」


 どんどん声が遠くなった。それでも、カルナは足を止めなかった。



   ******



『少女が最期に見せたのは、力ない笑みだった。

  満ち足りたような笑み。

   これは、彼女の望みだったのかもしれない。

    自分の手にかかることで果たされる願い。

     救われないのに、なぜ微笑む……。』




「Bなんか嫌い」

「すみませんねぇ」

「あれは作家の文章のリアリティについて愚痴ってただけで、カルナが実際に体験したいわけじゃなかったんだから」

「……反省していますよ」

「ナイトメア能力、カルナは嫌いなの」

「今夜はいい夢見せますから……許してくださいねぇ」

「……だったら許す。絶対だよ」







 遥かな昔、呪術が最高の繁栄を迎えていた頃。

 物語を現実のものとして体感できてしまう、驚異の本が生まれた。

 その本は人間の形を取り、自分で物語を紡ぐ。

 その能力は、良きことには行使されなかった。

 人は恐れ、それを悪夢の力、『ナイトメア能力』と呼んだ。


 遥かな未来、彼は鳥籠の中の少女に夢を見せる。

 自らも鳥籠に閉じ込められていると知りながら。

 退屈を、不安を、紛らわせるものとして。


 『彼』はこの国で、cauchemar de blanc(白き悪夢)と名乗っている。

ねむねむ……奈々月です。


昨日ここに何書いたっけ……? とふと見たら、初評価をいただいていたことに気付きました。

どなたとは分かりませんが、ありがとうございます!

評価や感想をいただけなくとも、読んでいただいている方がいるというのは励みになるものですが、実際に評価していただけるとより励みになりますね。ありがたい限りです。

同じテンションで、同じ小説をずっと書くのが苦手なので、あっちこっち書いてはおりますが、こちらはすでに一度完結したことのある作品なので、ちょこちょこ加筆やら修正やらしつつ、更新していこうと思います。

とりあえず、第一話はこれでおしまいです。


それでは、おやすみなさいませ……。



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