木村は心が晴れない
「あれ、波瀬じゃね?」
「なんだよあいつ、彼女が出来たから最近付きあい悪かったのかよ。つれねぇ奴だな」
数日前、課題を終わらせるために図書館に集まった木村と彼のいるグループの面々はミーティングルームから出てくる波瀬らを見かけた。
彼らも複数あるうちの一部屋を使おうと思ってここまで来たのだが思わぬ場面に出くわしたものだと木村は目を細めた。
波瀬とは夏休み途中まで行動を共にしていたわけだがそう言った浮ついた話がなかったわけではない。だが彼は確か付き合っている人はいなかったはずだ。まあ、それも夏休みまでの話だが。
波瀬と仲良くなろうとした女子も確かいたが彼は彼女らを相手にせず、自然と距離を保った接し方をしていたように思う。
それがどうだ、夏休みがあけてみれば波瀬が付き合っている。
俺に黙って抜け駆けしてだいぶ面白くない話ではあるが、それ以上に波瀬が付き合っているという状況が木村にとっての思わぬ出来事であった。
そして木村は今、その彼と昼食を共にしていた。
「最近どう?」
「どうって?別に普通だけど」
後期に入ってからの彼と変わらない簡素な受け答えだ。あたりさわりのない物言いで会話相手を不快にさせる挙動を含めない。しかしその返しが木村にとっては逆に壁を感じてしまう。
そこで木村は先日のことを話すことにした。
「この前図書館でお前を見たんだけどさ、彼女できたんならそう言ってくれたらよかったのに」
彼の箸が止まった。
こちらをじっと目定めるように見ている。なんだか気持ち悪いなと思い始めたところで彼は手元のきつねうどんに視線を落とした。
「彼女とはそんな関係ではないよ。学科が同じで専門科目の分からない部分を教えていただけさ」
それだけを言うと再びうどんを啜りはじめた波瀬をみて、木村は前の波瀬と変わらないことに何故か安堵した。
「そうなのか?お前と居た女の子、えっとなんて言ったかな、……田島だっけ?学科の中でもかわいいって噂らしいぞ。まあ奴の言うことだからほんとか知らないけど」
奴というのは波瀬と学科が同じで夏休みの課題の嘘をつこうと言い出した奴のことだ。波瀬にもそこは伝わっていると思うが。
「そうなんだね。彼女すごくいい人だよ。勉強熱心だし」
「波瀬はそういうとこヘンにまじめだよな。なんか思うところないの?
女の子が一人で勉強教えてって言ってきたんだぞ?二人だけで勉強会してさ、あるだろ?
期待とか、するよな?」
「うーん、どうだろうか。彼女はそのつもりはないかもしれないよ。そういうアプローチはなかったと思うし」
そこは男の波瀬が、と思ったが元来そういうことをする男ではないのだ。そういう木村自身も大学入学したてのころは波瀬とどっこいどっこいの硬派のつもりだったのでこの数ヶ月で随分と軟派になってしまったと苦笑いでごまかした。
食事を終えてバッグから携帯を取り出すと、発光する文字盤にそろそろ頃合いの時間だと気付く。
「まあなんだ、最近合わなくて元気か心配だったんだよ。元気そうでよかった」
「そうだな。久しぶりに木村と話せて楽しかったよ」
「俺は先に行くから」
「おう、またな」
そう言って席を立った。波瀬はこの次の時間に授業は入ってないらしい。
次の三限がある教室に向かいながら木村は食堂での波瀬を思い返していた。
変わったところはなかった、と思う。一つ考えとして思いついたのが、彼にとっては軟派に傾いていたあのグループは居心地が悪かったのかもしれないということだ。
それに波瀬に彼女が出来たのならば、友達面して彼女との時間をこちらに割いてもらうのは申し訳ない。
こちらのグループに戻って来るのはずっと後になるかもしれないし、もしかしたらもう彼はこちらに戻って来ることはないことも考えられる。
今日の食事中の彼との会話で彼がグループから去った理由は納得がいった。
それでもそれで俺との仲も疎遠になってしまうのには納得できない。
結局のところ木村は波瀬との仲を案じていただけでそれは彼も重々分かっていた。
木村の心はまだ晴れないが時たまに食事する今の状態から前みたいによくつるんでいるくらいまで戻れたらいいなと口元を緩めた。
ビールがおいしいと思えるようになりました。どうでもいいですね。
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