田島智子は振り返る
「それでは、また明日です」
図書館からでてすぐの自転車置き場で彼女は波瀬に手振った。
「ああ、また明日」
波瀬もまた顔の横で手を振ると自転車の鍵を外し始めた。
田島の家は図書館から大学とは反対方向に徒歩数分のところにあり、大学の裏手に下宿している波瀬とは帰りの方向が真反対であったから必然的に図書館で別れることになる。
少し名残惜しいもののまた明日、と言ってくれているのだから明日もまた会えるのだ、そう割り切って彼女は道路に面する門のところまで歩いて行った。
今年は夏がふてぶてしくもいつまでも留まり、残暑の辛い時期が続いていたが最近になってようやく去って行ったのか熱の抜けた乾いた風が頬をなでる。
今年は秋の出番が少なかったと残念に思うが前まで明るかった夕方がより一層朱く萌え、すぐに薄暗くなる今の時期も嫌いじゃないと空を見上げながら季節の移ろいを心地よく感じた。
「田島、送ろうか」
後ろから自転車の近づく音ともに波瀬君の声が聞こえる。
波瀬君は私の答えを待っているようで私の横に並ぶと自転車を押して歩き始めた。
確かに最近薄暗くなってきているが、夏休みはいつも夜まで図書館にいて閉館ぎりぎりに帰っていたのだ。今更送り迎えについてきてもらう必要はない。
「いいよ、うちすぐそこだから」
「そう?じゃあな」
図書館の門まで来たところで彼は自転車にまたがるともう一度手を振って私の進行方向とは逆の道を帰って行った。
しかしまあせっかくの機会だったのに、と心が勝手に溜息をつく。
そんなことは百も承知であったが今までの流れからしてそれを頼むのは不自然ではないかと、無理やり肯定する。しかしそれでもなんでこんなに面倒な女になってしまったのかと自然とため息が出た。
今日は特別何かしたわけではなく個別にブースで課題に取り組んだ。
時たまに視線を彼に向けると彼は分厚い資料とにらめっこしていて、こちらの視線に気が付いたのか顔をこちらに向けては何か用?と首を傾げる彼に、その度に何でもないよ、と大げさに首を振る自分がおかしくて、周りの視線を気にしながらも時間を空けて再び彼に視線を向けていた。
暗くなった歩道をゆっくりと歩きながら田島は彼の事を想った。
彼は私の話をしっかり聞いてくれて、状況を的確に判断した答えを出してくれる。彼からの話は授業の事が多いが他にも日常的な会話も繰り返していて表面的であっても彼の事なら知っているつもりだ。
それに波瀬君と話すようになって教室でも他の人から話しかけてくるようになった。そのすべてが波瀬君関連の事だったがそれを通じて日常的に話す人も出来た。
全てが波瀬君のおかげだと言っても過言ではないような最近の身の周りの環境の変容に彼を想う気持ちもより強いものに変容している。こればかりは田島自身も自覚していて教室で何度も聞かれた“波瀬との仲”は彼女自身が一番知りたいことであった。
そんな彼女にも一つ不可解な点があった。彼の行動は彼自身の行動規範内で行われることが多く、逆に言えば彼を良く知っている者であれば次の行動が大方予想できてしまう。しかし最近の波瀬君はその行動規範から少しずれているように感じるのだ。何か別の事に対して注意を払いながら行動しているようで、それは私に対してではないと直感的に分かっていた。
毎回ではないのだがそれでも妙に勘付いてしまうあたり嫌な女だと思うし、そういう時他に気にしている女の子とかいるのかな、とか考えてしまう。
だが彼の視線の先を確認してもそういった類のものは無くてその事実が一層彼女を自己嫌悪に陥れた。
波瀬の気持ちはどこにあるのか、その所在を掴めない彼女は彼との距離を測りかねている。
しかし彼女の方から距離を詰めたいと思い始めるのも時間の問題だと田島自身気が付いていた。
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