第三話
「とりあえず、お前引っ込んでろ」
荒れ狂う拓斗を良明が右手で制止する。部長なのに、さっきから引っ込んでろ引っ込んでろ言われ過ぎている気もする。
「いや、それはねぇだろ、俺は浮気なんて断固許さない……、って、うわ!?」
気付くと、拓斗は後ろ襟をつかまれていた。
「拓斗……、ちょっと落ち着こうね?」
「……和泉、笑顔なのにコワイ。なんでそんなにコワイの?」
「なんでだろうね? 自分の胸に聞いてみなよ?」
和泉の顔は笑っているのに笑っていなかった。いわゆる冷笑ってやつかな。いやほんとコワイコワイ。
「……すいません、じゃあ話してください」
良明が場を整える。どちらにしても話を聞かないことには始まらない。拓斗もようやく落ち着いて、椅子に座る。
「えっと、……私、二年五組の瀬田つぐみっていいます。今まで男の人と付き合ったことなんてなかったんですけど、去年のクラスの最後の時に告白されて、四組の西谷くんと付き合うことになったんです」
二年四組、西谷。よし、記憶完了。後は、ぶん殴る準備を……、じゃないよね。だから、そんなコワイ目で見ないでください、和泉さん。
「それで、付き合ってもうすぐ三ヶ月になるんですけど、私との約束は絶対に守ってくれました。控えめな人なんで、なんでも私に合わせてくれて……。本当にいい人なんです、それだけは間違いないです」
「優しい人なんですね」
和泉の言葉に、瀬田は小さく笑った。しかし、その笑顔もすぐに憂いを帯びたものへと変化してしまう。
それにしても、控えめ×控えめカップルか……。この場合、どっちがデートをリードするのだろう。デートなんかしたら、お互いに「君の好きな所でいいよ」とか言いだして、結局何も決まらずに時間が潰れていくだけになってしまうだろう。優しすぎるってのも罪なもんだ。
「そんないい彼氏さんなのに、どうして浮気の疑惑が?」
良明が話を振る。ここからが本題だ。
「……さっき言った通り、徹也は約束を破るようなことはしない人です。それが、この前私とのデートの約束を急用ができたって言って、断ったんです」
さらっと、名前呼び。拓斗は心の痛みを感じた。ぶろーくんはーと、っていうやつか。
「でも、本当に急用なら仕方ないんじゃないんですか? それだけで浮気だなんて……」
「ええ、私も急用なら仕方ないって、そう思っていたんです。……でも、その数日後に、友達に聞いてしまったんです」
思わず「何を?」と聞きたくなってしまうような語り口。拓斗たちは息を呑んで瀬田の次の言葉を待った。
「徹也が、他の女の子と一緒に繁華街を歩いているのを」
「……そんな」
和泉の言葉が全てを物語っていた。
何もない日に、西谷が女子と二人で学校を歩いていても、優しい瀬田なら特に咎めることはなかっただろう。しかし、今回は状況が悪すぎる。瀬田とのデートの約束を放って、さらに繁華街というデートにはうってつけの場所で、女子と二人きり。さらに、今の話からすると、今まで西谷は瀬田のことを第一に考えてきたらしい。だったら、瀬田が傷つくようなマネをするとしたら、……もう、瀬田に興味がなくなったとしかいいようがないのかもしれない。
「……私、徹也に嫌われちゃったのかな……? 何がいけなかったのかな……? どうして、どうして……?」
「瀬田さん……」
落ち込んで俯く瀬田を優しく慰める和泉。本当に、色々なところで気の回るやつだ。
「さて、拓斗。お前は、どう思う?」
良明が小声で拓斗に話しかける。拓斗は、女子二人には聞こえない程度の声量で返した。
「そうだな。西谷が浮気をしていたと仮定すると、全てが納得いくんだ。だけど、それは状況証拠でしかない。まだ証拠能力は認められないはずだ」
「……ええと、少々分かり辛かったんだけど」
「つまりだ、証拠としては確実性に欠けるっていうわけだ。貴重な証拠がたった一人の証言だけだと、その人が嘘を言ってる場合もあるだろ?」
「その可能性もあるけど、……それはそれで可哀想だよな」
それは確かにそうだ。証拠が間違いだと仮定すると、その友達が嘘を言っていることになるからだ。どうして? と今度は違う意味で悩んでしまうことだろう。
「瀬田さん、落ち着きましたか?」
拓斗は、和泉のおかげで落ち着いた様子の瀬田に問いかける。
「……はい、ごめんなさい、取り乱したりして」
「いえ、いいんですけど……、その友達、瀬田さんが約束を破られたことを知っていたんですか?」
「いや、私は基本的に徹也とのことは人に喋らないから……、知らなかったはずです」
そうか。そうだとすると、その友達が嘘を言っている可能性は低くなった。約束を破られたことを知らなかったのに、西谷が他の女子と街を歩いていたなどというデマを流すことができるはずがない。矛盾が生じる。
だとすると、やはり浮気か……。
「えーと、瀬田さんとしては、俺たちに何をしてほしいんですか?」
「私は、……本当に、徹也が浮気しているか確かめてほしいです。私には、徹也に直接聞くなんてできません。私が弱気なせいで、無理なことを言っているっていうのは分かっています。徹也の浮気が分かったからといって、どうこうしようという訳ではないんです。だけど、……どうしても、知っておきたいんです。本当のことを」
和泉と良明は、二人して拓斗を見る。決定は拓斗に委ねるということだろう。
和泉の眼はとても悲しそうだった。真実を突きとめるということがこんなにも悲しいことだなんて、拓斗は思いもしていなかった。
「……分かりました」
それでも、真実を知ろうとしてしまうのは探偵の性ってもんなのだろうか。