第二話
「で、なんだよ。このチラシは」
拓斗の目の前に突き出されるのは、昨晩彼が作成した部のチラシ。突き出しているのは、拓斗の幼馴染にして親友、植山良明である。
そのチラシには「こちら長川探偵事務所。あなたの身の回りの謎、解明します。 局長 神先拓斗」と、でっかく書かれている。むしろ、文字しかない。
「何って、チラシじゃん。俺が、昨日作ってきた」
そう言って、拓斗は得意げな表情を見せる。そんな拓斗を見て、良明はただただ呆れた様子で口を開いた。
「いや、だからさ。ここは探偵事務所じゃなくて、社会科学部なんだよ。……何度も言ったんだけどな。確かに、お前は部長だけどさすがに改名はよくないぞ、改名は」
「お、解明と改名で掛けてくるなんて良明ちょっとうまいこと言ったな! あんまりおもしろくないけど!」
「いや、だから違うって! どうしてそっちの方向に持ってくんだよ! ていうかおもしろくないは余計だ!」
まあ、良明が本当に解明と改名を掛けていたのかは置いといて……、拓斗は改めてチラシに目を通す。確かに、ここが本当は社会科学部だということを考慮すると、このチラシはいささか問題があるのかもしれない。
「そうだな……、右下とかに『※このチラシはイメージです』とでも書いとけばいいんじゃね?」
「それはイメージとかじゃなくて詐欺だから!」
ダメか。じゃあ、やっぱりやりたいことはやれないわけか、と拓斗は肩を落とす。
ここは、長川探偵事務所。……拓斗の脳内の中では。すいません、先ほど嘘つきました。
実際は、社会科学部。大学の学部の名前じゃないよ? そんなに深い意味などない。「社会」を「科学」する部活なのだ。すなわち何でもアリだ。
その社会科学の一環として探偵業を取り入れたつもりだったんだけど……、どういうわけかその類の業務に関しては許されていないらしい。というより、そんなに身の回りに解明してほしい謎なんて転がっていないのだ。せいぜい、問1:どうしてあの先生はいつも授業でチョークを五本は折るのだろう。問2:どうしてうちの部活の先輩はこんなにも態度がデカいんだ。問3:どうして勉強なんてしないといけないのか。などといったところだろう。……なんか最後の方、謎じゃなくて愚痴になってるし。
これらに関しては、最適解を拓斗はすでに見つけている。答1:筆圧が半端ないから。答2:お前も先輩になったら分かる。答3:解なし。……三つ目は、学生なら誰もが疑問に思うことであり、そして答えの出ない問いでもある、……いや、答えを出さない方がいい謎ってのもあるのさ。したがって、ここでは「解なし」という最適解を導いておこう。
話が脱線した。つまり、拓斗はこれほどまでに謎を解き明かす力を持っているにも関わらず、いかんせん世の中が拓斗の推理能力についていけないのだ。そのため、拓斗が入学当初に申請した「探偵部」は、「活動内容が不明。発表の場なども少なく、学校への貢献度も低い」とあえなく却下されたのだった。
それでは、どうして拓斗がこの社会科学部に入ることになったのか。その経緯はおそらくこの流れで語っていればすぐに判明する。
良明はチラシを前にうーん、と唸っていた。
「部員募集とかじゃなくて、相談者の募集だからな……。もっと具体的にどういうことをやっているのかを書いた方がいいだろうな」
「じゃあ、探偵業やってますってさりげなく書いておこうぜ!」
「そんなの書いたら人来ねえぞ、ドン引きだし」
ドン引きって何それひどい。
拓斗が社会科学部に入った理由の一つが、探偵部を創設できなかった拓斗にとってこの部活に入るのが、自らの野望である探偵事務所開設における次善の策といえたからである。先ほども述べた通り、この社会科学部では基本的に何をしていても問題はない。
もちろん、部の活動は逐一報告しなければならないので、拓斗のように探偵事務所をやるわけにはいかないのだが。だが、それでも他人の悩みや問題を解決することで、社会的な充足がどれだけ得られるのかについての検証というこじつけた目的で、悩み相談を行っているのだ。それが、探偵業に近いようでちょっと遠いくらいの位置にある仕事なので、それに惹かれて拓斗はこの部活に入部したのだ。
経緯といえばそれだけかもしれないが、この部活に入ることを決めたのは拓斗一人でのことではない。
「みんな、おはよー!」
そう言って部室に入ってくるのは、拓斗と良明の幼馴染にして、拓斗と社会科学部に入部させた張本人、島本和泉である。肩まで伸びる黒髪は高校になって伸ばし始めたものだ。顔にはどこかあどけなさを感じさせるが、髪と同じように少しずつ伸びていく身長が最近大人っぽくなったよね、とテンプレ発言を誘発させる。ザ・清楚系女子まっしぐらだ。しかし、胸の成長はもうあと少しといったところ。今は、普通と貧乳の間くらい。
拓斗と良明は、いつものように挨拶をする和泉にうぃーす、などと返す。
「てか、もう昼だぞ。お前は業界人か」
「でも、こんにちは、はちょっと堅苦しいよね。かと言って、拓斗たちみたいにうぃーす、なんてのは女の子としてどうかと思うし……」
「そうか、昼の挨拶で崩れた形が存在しないというのは新たな謎だな……。調べてみる必要があるかもしれない」
「拓斗、やる気だねー。それでこそ、探偵の鑑だ!」
「いやー、それほどでもないんだけどなー。ハハハ。探偵たるもの、いつでも謎を解き明かす姿勢を忘れてはいけないんだよ、和泉くん」
「はい! 尊敬します! 師匠!」
「はっはっは、苦しゅうないぞ」
「はい、ストップ」
拓斗が調子に乗り出したところで良明が間に入ってストップをかける。これからが楽しいのにー、とブーたれる拓斗を無視して、和泉に向かって言った。
「和泉、あんまし拓斗を調子に乗らせるなよ……、こっちの身にもなってくれよ……」
「ご、ごめん。良明……。でも、拓斗のノリってこっちもノってみると結構楽しいんだよ? それに、私が相手しないと、拓斗は誰にも相手されないでしょ? それはちょっと可哀想……」
そう言って和泉は良明の顔を覗き込む。良明は、あからさまに動揺して、「ま、まあいいけど……」などと言っていた。完全に和泉から目線を逸らしている。前々から思ってたけど、こいつ絶対和泉に惚れてるよな。良明もイケメンの部類に入るんだから、さっさと告ればいいのに、と拓斗は思っている。
「……っていうか、反応遅れたけど俺、そんな同情されつつノってもらってたの!? なんだか、超恥ずかしい!」
まあ、知ってたけどね……、と思いつつ拓斗は小さく笑う和泉を見つめる。
和泉と拓斗は、良明と知り合うよりもずっと前から知り合っている。物心ついたときには、隣に和泉がいたような気さえするのだ。昔から、探偵マニアでその手の推理小説や漫画などは読破していた拓斗の話を、和泉は嫌な顔一つせずに聞いてくれていたのだ。思えば、あの頃から和泉は拓斗の扱い方を心得ていたのかもしれない。
一番長い付き合いだから、一番分かり合える。だが、それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。分かり過ぎてて辛いこともあるのだ。それが、拓斗と和泉の関係性だったのだ。