第十二話
「ええと、わたくし長川高校社会科学部部長・神先拓斗と申します。わたくしお邪魔なら帰りますけど……」
ものすごくふてぶてしい態度で挨拶をしてやった。さっき聞いてないのが悪いんだろ。
「あ、さっき言ってたね。ゴメンゴメン、そんな怒らないでよー」
「鳴海、ちょっと落ち着きなよ。……ごめんなさい、神先くん。とりあえず、前見たっていう人の特徴言ってみてもらえますか?」
特徴ねぇ……。実際に見たわけじゃないから自信はないんだけど。
「ええと、とりあえず身長が高いってのが一番のポイントだと思います。西谷さんとあまり変わらないということは一六八から一七〇センチくらいあってもおかしくないです。あと、髪がショートヘア。長さのイメージとしてはこのくらいでしょうかね?」
そう言って拓斗は紙を取り出し、髪を描く。すいません、おもしろくないですよね。
かなりショート気味なその絵の人物を見て、阿部はうーん、と唸る。
「こんだけショートで、背が高いって言ったら、バレー部? あと、バスケの可能性もあるのか。だけど、そんな子、うちの学年にいたかなぁ……? 他学年だったら、さすがに知らないだろうしね」
「確かに、同学年とは限りません。ですが、他校の生徒と絡みがあるとしたら、中学の同級生とか、何かしら昔の繋がりとかがないとおかしいんです。特に、西谷さんみたいな人なら」
西谷は、まったく知りもしない他校の人間、しかも女子と仲良くなり、一緒に繁華街にまで出るようなタイプではないように思えた。それに、瀬田がいるならなおさらだ。
「あれあれ、意外とてっくんのこと分かってるじゃん。そうねぇ、あいつが彼女ができたとしたら、浮気なんて絶対しないと思うんだけどね。昔の交友関係とか、もしかしたら近所の年下の友達とかかもしれないし、ちょっとその辺はあたしが探ってみるよ」
「よろしくお願いします」
一緒に会っている人物を特定するには、昔の交友関係を洗うしかない。そのためには、小学校からの付き合いだという阿部の存在は非常に頼もしかった。
「任せときなさい。それじゃ、そっちの件はもういいよね? ……でさー、瀬田さん。ぶっちゃけ、てっくんと付き合っててどうなのー?」
「え、そ、それは……」
……本当に頼りにしていいんだよね?
謎の作戦会議、と呼べるかどうかも怪しい会が終わり、拓斗はやっと家路につくことができた。ちなみに、和泉からの連絡で、本日の調査は不発に終わったことを知らされた。
「とりあえず、西谷さんが会ってたっていう人が誰なのかを調べねえとな……。俺の経験上、こういうのは案外遠いようで近い人なんだよな」
もちろん、経験というのはドラマや小説、または漫画の中での話である。まあ、フィクションだと登場人物が限られてるんだから、近い人が犯人なんて当たり前なんだけど。二時間サスペンスで、犯人が最後の最後に登場したらそれこそブーイングものである。あと、役者で犯人が分かるというのも残念ながらある。有名な役者をチョイ役で起用するわけがない、と言っていつも母親は犯人を当ててしまう。やめてほしい、マジで。
神先家は、どこにでもある普通の核家族である。父親は、中小企業に勤めるサラリーマン、母親は専業主婦。そこに、拓斗と中学二年生になる妹・春香の二人の子どもがいるのだ。素晴らしい模範的な一家。拓斗も、家庭の何の不満も抱いていなかった、ただ一つだけのことを除いて。
「たっだいまー」
そう言って拓斗が帰宅すると、何やら台所の方が慌ただしい。どうしたのかと思って拓斗はリビングを覗いた。
「どうした?」
リビングとつながっている台所には、母親と春香の姿があった。
「あら、拓斗おかえり。遅かったわね。……生憎だけど晩御飯がないわ」
「なぬっ!?」
おいおい、もう一八時だぞ。晩飯ないってどうなってるんだよ。
「なんだかねー、お母さん、寝てたら晩御飯の買い物することすっかり忘れちゃってたらしいんだよ」
呆れ顔の春香が言う。部活帰りなのか、服装が体操服のままだった。
これが、神先家の悲しい問題。母親がとんでもなく、うっかりやなのである。何年、主婦やってるんだよ。
腹が立ってもしょうがないので妹の紹介でもしよう。中学二年になったばかりの妹は、まだまだ幼い。だが、一四歳という女子にとっては一番微妙な時期を迎えてるともあって、少しずつ大人っぽさも随所に表れてくるのだ。例えば、胸とか。……いや、こいつの場合まだまだだな、っていうか妹の胸まで論議するつもりはないぞ、さすがに。
胸のことはともかく、まあ、色々と思春期なんでしょうね。拓斗には具体的にどうかと問われても答えようがなかったが大人の女性の顔みたいなものも時々見え隠れする。いつまでも小学校の時とは違うってわけか。ただ、基本的には童顔だし、いつまでも可愛い妹だな。やだ、シスコンじゃないよ。
ただ、拓斗にも分かる意識的な変化がある。髪だ。テニス部に入っている春香は、スポーツの邪魔だからと言って、定期的に髪を切っていた。それが、最近まったく切っていない。伸び始めた黒髪を、一つにまとめてくくっている。くくられた髪の毛が尻尾みたいにちょこっとだけ頭の後ろから顔を覗かせていた。
おそらくだが……、髪を伸ばし始めたのは和泉の影響だろう。春香はテニス部だった和泉の後輩にあたる。もちろん、家同士の付き合いがあったので、春香と和泉も昔から仲がよかったのだが、中学で先輩後輩の関係になってから、春香は和泉を先輩として見るようになり、尊敬していたように思える。だから、髪も和泉に合わせて伸ばしているのかもしれない。
この前なんか、「お兄ちゃん、和泉先輩に家でお兄ちゃんの暴走を止める任務を受けたよ! ってことで、私がんばるね!」と言っていた。なんだよそれ。つまり、学校では和泉、家では春香が自分の暴走を止めるというのだ。そんなに暴走してないって。というか、なんだよその包囲網。妹・幼馴染包囲網とでも命名しておくか。