第十一話
待っていると、明らかにうちの高校の制服ではない真っ黒のブレザーに緑のリボンの制服の女の子が現れた。背丈は平均よりは高いかもしれないが、良明が言うほどではない。何より、良明がショートだと言っていた髪型がロングヘアーだったのだ。確認するまでもなく、良明たちが見たという女の子とは別人だろう。ちなみに、胸は……、か、壁だと!?
拓斗の胸フェチっぷりが遺憾なく発揮されている間も、その女の子は拓斗の目線に構うことなく稲田と言葉を交わす。
「今日は、ありがとうね。来てくれて」
「いいよ、全然。……それで、この人が?」
そう言って、女の子は瀬田の方を見る。瀬田は少し緊張気味に立ち上がり、頭を下げた。
「ど、どうもこんにちは! あの、私、瀬田つぐみって言います!」
「そんな固くならなくていいよー。あたし、阿部鳴海。ももちゃんとは中学の同級生で、てっくん、……ええと、西谷は小学校の頃から。まあ幼馴染っていうよりかは腐れ縁かな? それよりそれより! あなたがてっくんの彼女さん? わー、あんな奴に彼女できるなんてびっくりだよ!」
「え、あと、そ、その……、はい」
おいおいお嬢さんよ。一方的に喋り過ぎよ。というか、存在が無視されている男の子が約一名いるんですが、それは。それにしても、快活に笑っている阿部の姿は、妙にオドオドしている瀬田とまさに対照的である。ちょうど、凹凸のあたりも対照的である、……ん? メール? 誰からかな?
『こっちは変化ないよ。ちゃんと話聞いてあげてね。あと、変な目で初めて会った女の子を見ないように!』
和泉さん、ちょっと遅かった。ギリギリ、アウトっすわ。
「というわけで、俺は長川高校社会科学部部長・神先拓斗です」
拓斗が自己紹介をするのにこぎつけるまでなんと五分ほどかかった。女ってのは、本当に喋り好きだ……。存在を無視され続けたこの五分、寂しくて死にそうでした。ウサギかよ。ちなみにウサギは寂しいだけじゃ死にません。これ、豆知識ね。
「えーと、神先くんね。りょーかい。……それでさ、瀬田さん! 普段、てっくんとはどんなこと話してるの? というかどっちから告白したの? 付き合ってるのいつからだっけ? バレンタインは、チョコとか渡したんじゃない? うわー、面白いわー。あのてっくんがそんなことになってるなんてー」
面白いのはあなたの方ですよ、たぶん。そんなマシンガントークしたところでどーする。瀬田は完全に話についていけず、目が回っていた。
「ほら、鳴海。つぐみ困ってるじゃない。そんな一気に質問しないの。一つずつ順番に質問しなさい。というか、今日は質問しに来たんじゃないでしょ」
そう言う稲田と、「はーい」と言って悪戯っぽく笑う阿部。なんとなく、この人たちの中学時代が見て取れるな。
「ちなみに、普段西谷くんとつぐみは学校の話とかしかしません。超健全カップルだからね。で、告白したのはつぐみから。付き合ってあとちょっとで三ヶ月。もちろんバレンタインは渡したわよ。わざわざ屋上に呼び出してね」
「ちょ、ちょっと、桃子! 何言ってるの!」
慌てて顔を真っ赤にさせる瀬田。可愛い。てか、一つずつ質問しろとか言いつつ、全部質問覚えちゃってる稲田さん、まじぱねぇ。
「へー、なるほどねー。やっぱ、面白そう。……あーあ、あたしもそっちの学校行ければ良かったのになー」
「何言ってるの。それ、嫌味にしか聞こえないよ?」
阿部の制服から見て分かることだが、阿部の通っている学校は有名私立高校だ。毎年某有名大学に数多くの生徒を送り込んでいる。
「そうかもね。……でも、楽しそうだし仕方ないよ」
阿部は寂しそうに言った。もう、高校に入って一年とちょっと経つというのに、まだ中学の友達の方に未練があるのか。
拓斗にはその気持ちが分からない。確かに、今は和泉や良明といった連中とつるんでいるが、それはたまたま同じ高校に通うようになったからであって、別に拓斗に未練があったからというわけではない。そもそも、拓斗は昔の付き合いとか未練とかしがらみとかそういったものに執着しないタイプだ。もちろん、中学時代の同級生に会ったら、話もするだろうが、自分から会いに行こうとは思わない。
拓斗には分からなかった。だが、そういう気持ちを持つ人もいるということはさすがに理解できる。
瀬田と稲田は先ほどとは打って変わって沈んだ様子の阿部にどのように声をかけようか迷っているようだった。阿部は、コーヒーを一口飲み、それを皿に戻す。カチャ、という皿の音が静寂の中に響き渡った。
そして、阿部はニヤッ、と不敵な笑みを浮かべた。
「……ま、あたしも今は今で楽しいからいいんだけどね? たまにはこういうのもいいなって思っただけ! さ、もういいでしょ。……えと、今日はなんでここに来たんだっけ? ていうか、あなた誰?」
そう言って、拓斗の方を見る。いや、さっき自己紹介したじゃん。もう、人のことモブ子とかいってる場合じゃねえ。