第九話
翌日、拓斗と和泉、そして良明の三人が部室に集合していた。末次は尾行調査。廣瀬は部活である。末次には昨日のこともあったので、何かあってもちょっかいを出さないように念押ししておいた、主に良明が。
末次からの連絡がない限りは、部室にいる三人は基本的にいつもとやることは変わらない。ただ、拓斗には違う任務があったのだ。
「悪い、ちょっと出てくる」
「うん、いってらっしゃい」「頼んだぞ」
そう言う二人に見送られて、拓斗は部室を出る。
今日は、瀬田に「桃子が話したいことがあるって言ってたので、放課後に屋上に来てください」と言われていた。桃子って誰だっけ、と本気で三秒ほど考えてしまった。そうだ、稲田桃子。モブ子じゃないよ。瀬田の友達で浮気現場の目撃者だったよね、確か。
やべえ、屋上に呼び出しくらうとかどこぞのドラマかよ。ていうか、うち屋上開いてるの? 以前の拓斗の調べでは、屋上は開放されていないはずだった。大体、青春ドラマに屋上の存在はつきものなのだが、普通開放なんてされていない。
だが、稲田は屋上を指定してきた。なんだ、これは自分への挑戦か? 開いていないはずの屋上の扉を開け、私の所までたどり着けますか? 的な。いや、ねえ、モブ子のとこにたどり着いてもって感じなんだよね……、あ、いかん、桃子だった。
そんなことを考えていると屋上へと続く階段を一番上まで登り切ってしまった。そこには、瀬田が拓斗のことを待っていた。
「あれ? 瀬田さん?」
拓斗が声をかけると、瀬田はクスッ、と笑ってこんにちは、と言った。
こ、これぞ天使の微笑み。ハッ、まさか屋上に呼び出したのはモブ子と見せかけて瀬田さんなのか? いやいや、彼氏持ちだぞ、しかもまさにその彼氏の浮気について相談に乗っているわけで……。でも、色々あって彼氏からは心が離れちゃって、自分にターゲットが移ったとか? なら、ワンチャンあるよね!?
そこまで拓斗は考えて、それはない、と自分で自分を納得させた。とりあえず、ここで瀬田が自分を待っていたのには訳があるはずだ。
その時、拓斗は何かを感じた。何か、といっても具体的なものではない。これはなんだろうか? なんというか、ものすごく嫌な感じだった。もちろん、目の前の瀬田から発せられているものではない。何か、悪意に満ちた目が拓斗たちを見たような気がする。
……目?
あわてて拓斗は周囲を見渡す。しかし、当然のことながら周りには誰もいない。気のせいか。考え過ぎか。
「どうかした?」
瀬田に言われて我に返る。拓斗は、「何でもないです……」と言って、改めて挨拶をした。
「神先くん、来てくれてありがとう。屋上、ここから入ると思いますよね? でも、ここは鍵がかかっているんです。だから、ついて来てください」
拓斗は、キョトンとして先導する瀬田についていく。屋上への別ルートがあるだと? この学校に拓斗の知らない抜け道などないはず。というか一か月でそこまで自信があるほど調べつくした自分が恐ろしい。
しかし、瀬田が入って行ったところを見て、拓斗は納得する。
「そりゃ、俺には入れんわ……」
瀬田が入って行ったのは女子トイレだった。中に誰もいないことを確認して、瀬田は拓斗を招き入れる。女子トイレの窓の先はベランダのようになっていた。
窓から外に出て、ベランダへと降り立つ。横の男子トイレを見ると、ベランダに踏み入ることはできなさそうだった。これは、男子にはちょっと難しい。
瀬田は、手慣れた様子で、壁になぜかかかっている梯子を登っていく。そして、屋上へと侵入した。
拓斗もそれに続く。そして、一番上までたどり着くと、学校の一番上に来たんだ、という感覚でちょっとした感動を覚えた。
「あれ? 稲田さんは?」
拓斗はてっきり稲田が待っているものだと思っていた。しかし、稲田はまだ来ていないようだった。瀬田もうーん、と首をひねる。
「桃子、ここは何度も来たことあるから迷うはずはないはずなんですけど……」
「ここ、有名なんですか?」
「ええ、女子の間では、けっこう」
そうなんだ……、拓斗はまだまだ知らないことがあるもんだ、と思って感心した。
その時、梯子の登る音が聞こえる。どうやら、待ち人が来たようだ。
「お待たせしました」
拓斗たちの目の前に現れたのはもちろん稲田桃子だった。
「桃子、遅いよー」
「ごめんごめん、つぐみ。あと、神先くん、ですよね? わざわざ来てもらってごめんなさい」
「え、ええ、構わないですけど、どうして?」
拓斗のどうしてには、どうしてこんな場所に、という意味とどうして拓斗一人を、という意味が込められていた。
「とりあえず、ここに来てもらった理由、話します。私、この前社会科学部の人たちが見たっていう人に心当たりがあるんです」