第八話
二人が戻ってきた後、既に下校していた瀬田も含めて学校の最寄駅の駅前にある喫茶店に入った。そこで、二人は状況を説明した。
「俺たちが西谷さんを下校途中に追っていたらどうにも自分の家の駅で降りなかったんです。ついていってみたら、繁華街の方へと出ました。そこまでなら、用事なのかもしれないと思っていたんです。だけど、俺たちは確かに西谷さんが、女の人といるのを見ました。写真を撮ろうとしたんですが……」
そこで良明は、末次の顔をジトッ、と見る。末次はバツが悪そうにしながら、「な、なんだよ……」とか言っている。先ほど、部室で一部始終を聞いていた拓斗たちは、苦笑いをするしかなかった。
ちなみに、その時何があったのか。拓斗たちが部室で聞いた話は以下の通りだ。
「だ、だからあれは仕方なかったんだって! 俺の本能っていうか、あんなの見たらいても経ってもいられなくてさ……」
西谷が女子と会っているような様子を見かけた末次は、直接会って話をつけると言いだしたのだった。探偵としては最悪の行動。というかすべてが本末転倒じゃねえか。
まあ確かに末次らしいっちゃ末次らしい。そんな型破りな探偵もアリなんじゃねえかな? 俺は一緒に働きたくねえけどな、絶対。
そんなこんなで末次を止めるために良明は悪戦苦闘することとなり、喧嘩かと思って周りがざわつき始めて、いたたまれなくなった二人はその場をそそくさと退散することとなった。もちろんその間に二人は消えていた、ということらしい。
しかし、そんないざこざを瀬田に説明するわけにもいかないので、この場では黙っておくことにする。
「……とりあえず、写真は撮れませんでした。すいません。でも、女の人といたことは間違いないです。確かに、他校の制服でした。パッと見ではどこの制服かは分からなかったんですが……」
「……そうですか」
瀬田の顔は切なさを含んでいた。他校の生徒。それも、一週おいただけで会っているということになると、おそらく同じ人だろう。一旦は消えかけていた浮気の可能性が一気に大きな可能性となって再燃してしまった。今、瀬田はどういう気持ちだろうか。やり切れないだろうか。
そして、拓斗は自分自身に対してもやり切れない思いを抱えていることを感じた。拓斗は、直感で西谷は浮気をしないと決めつけてしまっていた。どうしてか、拓斗は直感だとかそういった類のものを信じ切ってしまう癖がある。これは、探偵にとっては命取りである。
そして、和泉はというと、先ほどから自分が裏切られたわけでもないのに、とても辛そうな表情をしていた。いつもは、あどけない顔に似合わないしっかりとした意志を感じさせていたのに、今は捨てられた子犬のようにショボンと消沈していた。
「で、良明。その女の人の特徴、どこまで思い出せる?」
拓斗は、思考を中断して、探偵としてやるべきことをやろうと考えた。自分がボケッとしている場合ではない。
「えっと、髪はショートだったな。遠い所からだったから顔はよく分からなかったけど、背がけっこう高かったのは印象的だ。西谷さんより少し低いくらいだと思う」
西谷の身長はおそらく一七二センチといったところなので、かなり高い部類に入ると思う。そんな印象深い女子なら、瀬田が知っているんじゃないかと思い瀬田を見るものの、首を振って否定する。
「ううん、分かりません。思えば、徹也の交友関係ってあんまり知らなかったかも……。特に、女子に関しては……。そうだよね、私、なんにも知らなかった……」
うなだれる瀬田に対して声をかけられる者はいなかった。
拓斗は、この調査が何をもたらすのかが分からなくなってきた。浮気していることが真実なら、そんな真実、クソくらえだ。
拓斗と和泉は二人で帰宅の途についていた。良明は買い物をして帰るとか言っていた。
二人とも、黙ったまま口を開かない。結局、和泉はあれからほとんど会話をすることはなかった。
「ねえ……」
ふと、和泉が呟く。拓斗は突然話しかけられたことに驚くも、やっと和泉が何かを話せるようになったのか、と少し安心する。
「どうした?」
「拓斗は、今回の件、浮気だと思う?」
拓斗は和泉から目を逸らす。正直に言ってしまうと、和泉を傷つけるのではないか、そんな思いが脳裏をよぎる。
だけど、和泉には嘘をついても無駄だ。それは拓斗が一番よく知っていた。
だから、正直な言葉をもって和泉に向かい合う。
「俺は、……今回の件は証言の信ぴょう性の高さからいって浮気の線が高いと思う。だけど、可能性としてはまだ友達の相談に乗っているだけという可能性もある。何か分からないけどとても大切な相談。……ここまでが、探偵・神先拓斗の見解だ」
「探偵?」
「そう。……で、こっからが普通の高校生・神先拓斗の思いだ。俺は、西谷さんが浮気をしているとは思えない。これは、俺の直感だ」
「探偵が直感に頼るなんてね」
「ハハハ、まったくだ。……でも、実は俺、瀬田さんと一緒にいるときの西谷さんも尾行していたんだ。あの二人の普段の様子を見るために。その時の西谷さんの様子を見て、ちょっと安心した。この人は浮気なんてしない。そう思った」
西谷には、裏表がなかった。変に依存することもなく、お互いのことをしっかり気遣ってやっているように見えた。あのタイプに浮気する人間はいない。
拓斗は、先ほど決めつけはよくないと思ったにも関わらず、その信念を捨てきれずにいた。
「そっか。拓斗も、そう思ってたんだ。……なんか、ちょっと元気出た」
そう言って、和泉は軽くスキップをする。
そうだ、それがお前らしいよ、と思いながら拓斗は穏やかな目で和泉の姿を見ていたのだった。
拓斗もそんな和泉の姿に何度も元気付けられたのだから。……今だって。