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未完成な物語

作者: そら

多くの本が積み重なり、本の迷路と化した室内を少女は鼻歌を交えながら本の間を通り抜ける。

何度かいくつかの本の山に興味を抱いたような目を向けてはいるが、少女の足が止まることはなかった。

いくつかの山の間をすり抜けた少女は、少女の背丈より遥かに高い山の前に立ち止まった。


少女は本の山の麓にあった一冊の本を見下ろす。

本はうっすらと埃が被ってはいるが、一人の女性が描かれた表紙の装飾は繊細で目を引くものだった。

少女はその本が気に入ったのか笑みを浮かべ、埃を払いながらその本を手に取った。


「今日はこの子にしましょう!」


そんな楽しげな声とともに本を開く。本を開くと、丸い光の塊が飛び出した。

少女はそれに驚くことなく光の塊を見つめる。光はしばらくその場で淡く発光した後、ゆっくりと形を変え始めた。段々とある形が形成されていき、ある程度形が分かるようになったそれに少女はゆるりと笑った。


「貴女の物語を聞かせてちょうだい?」


少女の言葉に答えるかのように形成されたそれ ――― 一人の女性はゆっくりと首肯した。



********



女性は澄んだ声で物語を紡いでいく。

女性―――リリィが主人公の物語は多くの困難を乗り越え、唯一の人と恋に落ちて終わるハッピーエンドな王道な物語だった。

世間一般にありふれていそうな物語だったが、少女はリリィから紡がれる物語を一言一句漏らすまいと真剣に、どこか憧れを持った目で聞いていた。

リリィが物語を言い終えると同時に小さな拍手がおこる。


「わあ! 素敵な物語ね!」

“ありがとう。私の話をそんな風に言ってくれた子は初めてだわ”


リリィは少女の素直な賞賛に照れくさそうな笑みを零す。少女はリリィの言葉に驚いたように目を瞬いた。


「あら、どうしてそんなことを言うの? 貴女の物語はこんなにも素敵なのに」


だってね、と少女は後ろにそびえる本の山々を指差す。


「あそこの子はとっても乱暴ものだし、あっちの子はとっても嘘つき! 貴女みたいなとっても優しい物語はあまり聞いたことがないわ。貴女はもっと自分の物語に自身を持つべきよ」


力説する少女にリリィは小さく笑いながら“ありがとう”と言った。


“貴女はたくさんの物語を読んできたのね”

「ええ。たくさん読んできたわ。でも、このお部屋の本はたくさんありすぎて読んでも読んでも全然減ってない気がするの」

“それは仕方ないわ”


ここは物語のための物語でできた部屋。

常に世界中から物語が集められている、この部屋の本を読みきることは到底無理なことだ。


“・・・・ねえ、どうして貴女は私達のお話を聞くの?”


世界中の物語でできているこの部屋は、物語の登場人物しか存在することができない。

この少女も物語の登場人物だと想像できるが、基本的にこの部屋にいる物語達は自分の世界を一番とし滅多に外に出ない。少女のように外に現れ、自分以外の数々の物語を読むことは、本当に稀なことだ。

本が開かれてから常々疑問に思っていたことを口にすると、少女からはなんの答えも返ってこなかった。

リリィは訝しげに少女を見て、別の質問を口にする。


“貴女の物語はどんなお話?”


これもまた無言だった。

ますます少女への不審さを募らせたリリィは少女に畳み掛けるように質問した。



“貴女のお名前は?”


“貴女の他にどんな子がいるの?”


“貴女の『親』はどんな方?”



どんな質問をしても少女は無言を貫くだけだった。

ここまでの全ての質問に答えない少女の様子を見て、リリィは一つの推測に思い当たった。


“まさか、貴女は未完成なの?”

「・・・・・・うよ」


少女が初めて反応し、呟いた言葉はあまりに小さく、聞き返そうとしたその時。少女は今まで下げていた頭をゆっくりと上げた。少女の顔は今まで豊かだった表情が嘘のようにごっそりと抜け落ち、無表情だった。

リリィが聞き返そうと口を開く前に、淡々とだが挟む隙がないほどに口早に話し始めた。


「そうよ。私は確かに未完成な物語だわ。名前だってないわ。だからって憐れられるのも馬鹿にされるのも真っ平ごめんよ」

“私は憐れんでも馬鹿にしてるつもりはないわ”

「嘘よ。きっと貴女もそう思っているはずだわ。皆そうだったもの。・・・・皆、同情するくらいなら物語の中に私を入れてくれてもいいのに」

“・・・・・無理だわ”

「皆そう言ってたわ。どうしてかしら。別に物語を乗っ取ろうとしてるわけじゃないのに。・・・・皆ケチンボね」

“それは違うわ”


不貞腐れた少女の言葉をリリィは、きっぱりと否定した。


“皆ケチだから貴女を物語の中にいれないんじゃないの。皆、自分の物語が好きなだけなのよ”

「・・・・よく意味が分からないわ」


眉を寄せてリリィを見上げる少女と目線を合わせるようにリリィは腰を折った。


“――――貴女の物語が完成すれば、きっと分かるわ”

「・・・・無理よ」

“どうしてそう言い切れるの?”

「お父様は私を捨てたのよ? 捨てた物語をわざわざ拾う人なんているかしら」

“あら、そう?”


鈴の転がるような声で笑ったリリィは、悪戯好きが浮かべるような笑みを口元に描いた。そして、光だけの自分よりも体がはっきりしている少女を指差した。


“貴女がまだ消えてないということは、まだ『親』が貴女を諦めていない証拠なのよ? それに、そこまで体がはっきりしているのは『親』がそれだけ貴女を大切にしている証だわ”


何かしらの物語に登場してさえいれば、主役から端役まで、この部屋に存在することができる。だが、存在する時の姿には大なり小なり違いがある。

この部屋では、『親』の思い入れが強い登場人物・物語ほど、この世界ではっきりと、そして長くいることができる。だから、主役より脇役の方が存在が強いことや、メジャーな物語よりマイナーな物語の方が存在が強いことなど、頻繁に起こることだ。

少女の言葉から、少女はかなりの期間この世界にいることが伺える。そして、その間ずっと同じ姿を保てているのだとしたら、それだけ『親』が少女を大事にしていることが分かった。

“羨ましいわ”ところころと笑うリリィを少女は元々大きかった目をますます大きく見開いて見た。


「それ本当なの・・・?」

“ええ。知らなかったの?”

「初めて知ったわ。・・・・皆何も教えてくれなかったもの」


嫌われてるのかな、と肩を落とす少女の姿を見て、何かを察したリリィは呆れたような目を後ろにある本の山々に向けた。


“皆、言葉足らずねえ。きっと、貴女に嫉妬したのよ”

「嫉妬?」

“貴女ほどの実体具合は完成された物語でも早々お目に掛かれるものじゃないわ。未完成な物語なら尚更よ”


きっと、少女が今まで読んできた物語達は自分よりもはっきりとした姿を持っているのに未完成な少女に嫉妬してわざと教えなかったのだろう。嫉妬の念を抱く気持ちは分かるが、少女にとっては物語の先輩である彼らを情けないと思わずにいられない。

再び少女に目を向け、僅かにだが、いまだ不安げに揺れる少女の瞳を覗き込む。


“だから、貴女はもっと自分に自身を持つべきよ”


リリィの言葉に少女は目を丸くした後、吹き出した。


“ど、どうかしたの?”

「っ、ごめんなさい。ただ―――戻ってきちゃったなあと思って」

“戻って?・・・・ああ、そういうことね”


初めての少女と交わした会話を思い出したリリィは、少女に釣られるように小さく笑った。


“返しちゃったわ”

「うん、返されたちゃったね」


リリィと少女は顔を見合わせ、さらに笑った。

暫く室内に笑い声が響いていたが、最初に異変に気付いたのは少女だった。


「貴女の体・・・・」


リリィの体は最初に見た時の綺麗な淡い輝きが幾分か薄まり、半透明な姿となっていた。

リリィは少女の言葉でそれに気付き、自分の体を見下ろした後、残念そうに肩を竦めた。


“あら、そろそろ時間ね”

「残念。もう少し貴女とお話をしたかったわ」

“私もよ”

「・・・・また、会える?」

“もちろん! でもその時は、完成した物語として会いましょう。その時には貴女のお名前も教えてね?”


微笑みながら言うリリィに少女は不満そうに唇を尖らした。


「貴女、当分私と会わないつもりなのね」

“あら、そんなつもりはないわ。もしかしたら今すぐに貴女は完成するかもしれないでしょう?”

「・・・・言うわね。いいわ。次会う時は私が『私』になった時ね。その時は・・・」



私の物語を貴女に聞かせてあげる!



少女が最後の言葉を告げると同時にリリィの姿は拡散した。

光の粒となったリリィは暫くその場で漂っていたが、次第に本の中に吸い込まれていく。それを最後まで見届けた少女はゆっくりと本を閉じた。

最後の言葉が届いたか分からないが、本の表紙に描かれている女性の顔は最初に見た時より笑っているように見えた。

少女はくすりと笑い、本を元あった場所に戻した。そして再び鼻歌交じりで、だけど最初より遥かに軽い足取りで本の山の中を駆けていった。


今回は『物語』に恋焦がれる物語のお話をテーマに書いてみました。


【少女】未完成故に、幼く不安定。暴走しやすい。幼いけど、外に出ていた時間が長く、多くの物語と触れ合ってきたため大人な部分がある。饒舌に、大人びた言葉で話すのはそのため。だけどやっぱり体も精神も幼い。物語が進むにつれ年齢設定間違えた気がしてならない。

【リリィ】最初は現実にあるメジャーなお話の登場人物をだそうかなーと思ったけど、ピンとくるのがなくて、温厚かつお姉さんなオリキャラにしました。名前は響きが綺麗でどの国でもありそうな名前にしたいと思った結果、“リリィ”となりました。最後に“ィ”をつけたのは完全なる私の好み。


実は同じ作者のお話達(=姉妹)な話―――を入れようと思ったけど短編には詰め込みすぎだと判断。・・・くそう(;へ:)

そして最初は、最後に少女が未完成なお話だとリリィが気付くor自身が未完成だと気付かない少女を自覚させるお話のはずが・・・・あっれえ?

・・・・まあ、思い通りにならないのはいつものこと!(開き直り)


補足)少女を物語に入れなかった理由 → 皆少女が完成する未完成だと分かっていたから。登場人物にとって、物語は唯一無二で、完成すればとすぐに出ていくと分かっていたから



もし、こうしたらいいよ!っていうのがありましたら、教えてください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] きっと少女も知りたかったはず。 少女は未完成なうえ、気づかない。 知っていたのなら、きっと楽しくてずっといたかも知れない。 少女だけ知らないのは、やっぱりいい気分ではないゎ。
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