傘と少女と亡霊
とある雨の日だった。私が彼女に出会ったのは。
彼女は美しい姿をしていた。見た目的に十七歳くらいだろうか。栗色の長髪をポニーテールにして、真っ白なワンピースを着ていた。そして何よりもその子の持つ傘が非常に目立った。ピンク色で真中が盛り上がった形をしている変わった形の傘だ。伝わるかはわからないけど、本当にこう言う以外に形容できない。
「あら? あなたは?」
彼女は私に気付いて話しかけてきた。すごく緊張したけど、私はそれを悟られないように平静を装い別にとだけ答えた。
「ここで人に会ったのは初めてよ」
確かにそうだ。私自身もそうだった。ここは町にある山を少し登ったところで道を大きく外れた先にあるのだ。少し開けており、非常にいい風景が見える。私は何か不安や悩みがあると必ずここに来る。
「ふふ、ここは私だけの秘密の場所だと思ってたのだけれど、やっぱりこういう素敵で不思議な場所というのは誰かしらに見つかるのね」
彼女は上品に笑った。その笑顔が非常に素敵で、儚かった。
「私はね。不安や悩みがあると必ずここへ来ていたの」
つまり今の彼女には不安や悩みがないということだろうか。
「ええ。今はないわ。今回ここへ来た理由はお別れをしなければならないから来たの」
お別れ? 引っ越すのだろうか。
「そう。遠い、遠いところへ引っ越すわ。そう簡単にここへは戻ってこれないの」
雨がしんしんと降り注ぐ。なぜだか知らないけど、この雨が彼女の涙に見えた。
「この雨が私の涙? ふふ、面白いことを言うのね」
彼女は笑顔ではあったが、とても辛そうな笑顔だった。
「辛いわ。だって、この場所とお別れをしないといけないんですもの」
そんなにこの場所が大切なのだろうか。私にとってもここは大切なのだけど、ここに来れなくなったとしてもそんなに辛いと思わないと思う。
「強いのね。あなたは。私はダメ。この場所にはいっぱい助けられた。でも、恩返しも何もできない。そしてこれからも助けてほしいという思いがある」
恩返し? 場所に?
「ええ、恩返し。この場所に私は何もしてあげられない。私は非力な存在だから」
今度は確実に涙を流していた。そんな姿もとても絵になっていた。
「う、く、ごめんなさいね。みっともないところ見せてしまって」
そんなことはない。だって私は女神のように見えたもの。
「め、女神? それはなんというか、恥ずかしいわね。でも、ありがとう」
顔を仄かに紅潮させる彼女は、これまた絵になった。少し嫉妬を覚える……と思ったが、あまりの美しさに嫉妬すら湧かなかった。
「ありがとう。素直に嬉しいわ。さて、私の昔話を少ししましょう」
昔話?
「そう、昔話。私がまだ十一歳だったころのお話よ」
彼女の話してくれた過去の話。それは、父の大切にしていた本を黙って持ち出してしまい汚してしまったらしい。そして怒られると思った彼女はこの場所に本を隠したという。父に本を知らないかと言われると内心びくびくしていたが、なぜか本のことを何も問い詰められなかったそうだ。なぜだろうとも思ったがホッとしたことの方が大きかったようだ。
明くる日、彼女はこの場所に来て本の様子を見に来た。もしかしたら父に見つかってるかもしれないという恐れがあったのだ。しかし探せど探せどどこにもない。これは父に見つかったんだと思い急いで家に帰った。幸いまだ父は仕事から帰ってきていなかった。父の書斎に忍び込んで本のあった場所を見て驚愕した。なんとそこには昨日汚してしまい隠したはずの本があったのだという。なぜここにあるのだろう。考えたが一向にわからなかった。
でも、答えはあの場所にあるはずだと思い、急いで向かった。そしたら、そこにとある女性がいた。その女性は晴れ渡っているというのに傘を差していたそうだ。そう、ちょうど彼女が差している傘を。彼女は笑顔を湛えながらこちらへ歩み寄ってきた。普通なら知らない人が近づいてきたら警戒するものだが、なぜかこの人は大丈夫だという直感があった。
女性が彼女の手前まで来たとき、耳元で言った。「お父様に謝りなさい」と。彼女はびっくりした。同時に涙が流れた。罪悪感が一気にのしかかってきたのだ。「大丈夫、勇気をこの傘に込めました。差し上げますわ」と言い、女性は彼女に傘を手渡してきた。彼女は傘を受け取り、お礼を言おうと向き直ったら、もうそこには女性はいなかった。
彼女はなんだかこの傘を持っているだけで本当に勇気が湧いたようになり、その夜のうちに父に謝ったそうだ。だが肝心の本はあるし、父には何のことだかわからないが、素直に謝るのはいいことだと、褒められてまた泣いた。それからというもの、彼女は何かあるとここに来た。その女性に会うことは一切なかったが、来るだけで勇気や希望と言ったものが湧いた。
「そして、私は今日という日までこの場所にお世話になったわ」
その女性は何者だったんだろう?
「ふふ、あなたにもすぐにわかるわ。さあ、あなたもこの傘を受け取りなさい」
私は彼女から傘を受け取った。気付けば雨が止んでいた。私は彼女の方を見やった。しかし、彼女は幻だったかのように消えていた。
わかっていたことだ。今度は『私の番』ということだ。
傘に何か小さく刻印されてることに気付いた。
1804年 ミサキ 11歳 1904年 サナエ 11歳
私は傘を二本持ち、帰路へと向かった。大事な大事な母へ謝罪するために。
そして刻まれる新しい刻印。
2004年 カナエ 11歳
また、新しい世代に継がれることを祈って。
<了>
短いのをたくさん投稿したいですね。