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少女Aと少女Bのある放課後

作者: 長月十萌


 ―注文したオレンジジュースをストローで啜った少女は、目の前でストイックな銀のハーフフレーム眼鏡を天井から吊るされた灯りで僅かに光らせ黙々と読書をし此方を忘れている存在に、「そういえばさァ」と少しだるそうに、語尾を延ばして言葉を投げた。それを受け取ってくれるかは、五分五分の可能性ではあったけれどまあいいやと割かし適当に思いながら。―眼鏡の少女は手元の本から視線を僅かに上げて頬杖しからん、とオレンジジュースの氷をかき混ぜて音を鳴らした彼女に、面倒臭そうに―だが割かしその声色は読書を邪魔されたという怒りなどなく、言葉を返した。反応してきたそれに少女は退屈から解放されたとばかりに目を細めれば、艶やかな薄いオレンジのリップを塗っている唇をぷるんと震わせ言葉を紡ぐ。彼女からは柑橘系の匂いがよく漂ってくる。化粧品でも入浴剤でも、喉が痛いといっては舐める飴も。レモンやオレンジの柑橘を彼女はよく愛用している。時々アップルなどのクリームを使ったりしているから、用は果物などが好きなのだろうけどどうでもいいことだ。


「2組の斉藤君、エリと付き合って一ヶ月じゃん」

「そうだったかしら」

「そーだよ。で、昨日ユミと高戸が軽くお祝いでもするかーって話したんだよね」

「そう。したらいいじゃない」

「うんそうなんだけど、ちょっと話聞いてくれるならちゃんと聞いてよ」

「はいはい。で、斉藤君と田中さんのそれがどうだって?」

「そうそう。ユミと高戸がお祝いするって話になって、そんであたしがさぁ二人にメールしたんだよ。一ヶ月だから軽くお祝いしないー?て。まあ一ヶ月記念だし二人で祝うならそれはそれでよかったんだけど」

「そうね、大抵二人で祝うでしょうし」

「そう?まあどうでもいいんだけど。そしたら二人とも三日前に別れたからいらないって」

「別れたなら仕方がないじゃない」

「そう仕方ないんだよ。でもあたしら知らなくてさ、ユミと高戸に『別れたって』って言ったら「なんで確認してないの」ってユミが軽くぶつくさいって。そしたら高戸も記念日近いのに別れたかなんていえるか?って怒っちゃって」

「…まさか?その二人も別れたの?」

「ううん。逆。ぎゃあぎゃあいってたらなんか変な方向に転がって告白しあって付き合いだした」

「……何、そのくだらない話」

「くだらないよね。あたしだけ置いてけぼりなの」


酷いでしょ、とオレンジのリップを鞄の化粧ポーチから取り出した少女は、手鏡を片手に軽く唇に当ててすっと横へ線を引くようにし塗って行く。眼鏡の少女はそれを横目で眺めれば、そんな話かと興味をなくしたように再び本へと視線を落とした。だが今度は少女もそれには構わないらしく、リップをポーチにいれて片付ければメニュー表へ手を伸ばしデザート部分に指を滑らせた。爪はなにもされていない。少し伸ばしっぱなしになっていて、何かの拍子で割れたら痛そうではある。怒りで拳を握れば中々痛いかもしれない位の、長さ。


「別れる人あれば付き合う人あるのよねぇ」

「貴方だって居たじゃない」

「もう二ヶ月も前の話だよ」

「まだ二ヶ月前の話の間違いでしょう?」

「あたしの感覚じゃ違うの!…はあ、ユミが高戸好きとか、…聞いてないってばぁ…」

「―――…何、貴方」


もしかして。銀のハーフフレームのレンズ越しに視線をやれば、少しだけ目元が潤んだ少女はオレンジのリップを塗ったばかりの唇で、「まあね」と小さく震えた声で、答えた。メニュー表で少しはなれた席で雑談するカップルから見えないよう壁をつくり、馬鹿でしょ―と。少女は笑った。


「…さあ…分からないわ」

「ひどい、なぁ。失恋したんだよー、なんかないの?」

「ないわよ。貴方本当に好きな人には、何も言えないのよね。普段は友達がライバルでもアタックしてお互いすっきりしてけじめつけたい、とかいってるのに。ほんとは知ってたんでしょう?高戸君、前島さんのこと、」

「わかってても、さぁ。チャンスはあるって、おもっちゃうじゃん…?」

「…そうね。でも、貴方は馬鹿よ。どうせお幸せに、とか、ひゅーひゅーなんて古典的に祝ってあげて、一ヶ月記念も三ヶ月記念も、半年や一年の記念日、祝うつもりなんでしょう?」

「…………うん」

「まあ、三ヶ月記念日辺りには貴方にもいい人ができて、今度は…幸せになれるんじゃないかしら」

「…そ、かなぁ」


―からん。オレンジジュースの氷が音を立てる。眼鏡の少女はすっかり冷めてしまったブラックコーヒーに手を伸ばすと小さく音を立てぬよう啜り、カップを受け皿に戻した。


「そうよ。…多分そろそろ動くでしょうし」

「え?」

「なんでもないわ。ああ、そうだ。この漫画面白かったわ」

「あ、読んだ?じゃあ博次に返しておくわ。感想多分聞かれるから適当に考えておいてくれる?」

「ええ。…そうだ、トモが貴方の見たがってた映画のDVD、昨日借りてたから明日声かけて一緒に見させてもらえば?」

「え!ほんと?わ、やった。ああじゃあメールしておくわ」

「ええ」

「あ、ね、」

「何?」

「…そっちにも多分三ヶ月後にはお幸せなお相手が居ると思うよ?」

「…だといいわね」


残りのコーヒーを飲み干し、眼鏡の少女は鞄を手に立ち上がる。漫画を仕舞い込んだオレンジの少女もジュースを飲み終えると立ち上がり、鞄を肩にかけて財布を取り出した。明日は一人でやってくるだろうとめぼしをつけた眼鏡の少女は、さりげなく手を貸した友人の恋路がうまくいくようおごりの少女の後姿を眺める。支払いをする少女は、信じていないだろう眼鏡の少女に思いを寄せている存在を脳裏に描くと、お互いに幸せになれてたら、このだらだらとした集まりもなくなるのだろうかと、少し寂しげに思った。―否、多分なくならない。タイプの違う者同士ではあるが、なんたって相手は、十年以上の幼馴染なのだから。

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