そんな日常、とりたてて好きでもない。けれど非現実は嫌だ。
これは余談。関係ないですが。
自分自身、話の通じない電波的な方は嫌いです。
ええ、全く関係ありませんよ。
村上さんやベッキーのことを言ってるのではありませんから。
……作者がウザがる時点で、ヤツらは嫌われ者決定ですね!
では、よければ四話をごらんください。
七月三日・天気・曇りのち晴れ
緑色のジャージ姿、僕が命名したベッキーはベッキーとなづけた瞬間から手の平を返したかのように、態度が冷たくなってしまった。まず、え、ベッキーなんてバタ臭い名前はいや、と。
とりあえず、今はとなりにいるわけで。
「ベッキーは、もうご飯を食べたのかな」
「いえ、まだ、そもそも昼食はとらない、主義」
途切れ途切れの言葉。
僕とベッキーは廊下を歩いていた。ひる休みも後半、そろそろ空腹も感じていたのだけれど、まさか昼食をとらない主義な人がいるとは思わなかった。
下校時間までに仲良くならないと、村上さんと一緒に帰ることはできないだろう。
つまり、どんな手を使おうとも、ベッキーと仲良くならないといけない。手段のひとつとして食事をともにしようともくろんでいたから、手詰まりになってしまう。
そもそも人と仲良くなるという行為自体が、僕にとって登山はおろかアイドルになることよりも困難なわけで。
なにも言葉が見つからずに沈黙が続いてしまう。
「赤坂くんがいてくれたらなぁ」
つぶやくも、ふわふわと宙にうくだけ。返事はない。
ベッキーは不思議なかんじの子だった。
空から落ちてきただけでも充分に不可思議だけど、問題はその身形
みなり
。
一五○センチもないだろう背丈に、細いジャージ姿。男女どちらともとれる顔立ちは清潔そうで、一本一本が細い髪の毛といい、とても清潔感がただよっていた。
ここまでは好意。
そして、ここからは、悪口になる。
目にカラーコンタクトでも入れているのか、瞳の色が緑に光っていた。髪色も薄緑色で、脱色剤でも使っているよう。我が校では染髪など言語道断。ベッキーは校則違反者だ。
校則違反者と歩いていれば生活指導の先生から僕まで叱られてしまう。できるだけ不良っぽい人とは関わらないようにしていた僕にとっては、この上ない迷惑だった。
人が嫌いとか社会不適じゃない、僕は嫌いな人が通常より少し多いだけの、弱虫。
ようするに、人から嫌われるのが嫌だから人嫌いと言えないだけだった。
「あの、ウシオくん、どこまで行くの」
「行くところなんてないよ。散歩してるんだよ」
ベッキーは、ぇえ、と声をもらす。
「ご飯食べないから、なにかコミュニケーションをとれるもの探してる」
「なら、はなし、したい」
「わかった。好きな食べ物はなに」
思考している。それから指を数本たてて、
「ねりがらし、すみそ、こねぎ、クエン酸」
言いながら指を折っていく。
それにしても薬味とか調味料とか、最後にいたっては成分を言われてしまっては反応に困るよ。
「ねりがらしは、松坂牛より好き」
ねりがらし単品と松坂牛を並べられて、ねりがらしを選ぶ根性は純粋にすごいと思った。
ある種の尊敬。
僕は松坂牛より好きかと問われれば、好物などないにひとしくなる。高いものを食べたいのが人だ。
「ウシオくんは、なにが、好き」
「おでんの昆布とか好きだよ」
「あ……なんか、ぽいね」
おでんの昆布っぽいってなんだろう。
そうは思っても、これ以上この話題が盛り上がるはずがないから適当にあいづちをうった。
ベッキーは僕にたいして少しなれてきたのか、ひんぱんに笑顔を見せるようになった。
そこで、どうしても聞きたかったことをたずねてみる。
「どうして、空から落ちてきたの」
口ごもってしまう。
それからしばらく、無言が続いた。
「そら、とびたかったから」
口火を切ったのは、ベッキーのほうだった。
それも、だいぶ心配になる発言。
人間には羽がないよ、エンジンもない。空は飛べないんだ。右翼も左翼もない状態でテイクオフすることを、人は自殺と呼ぶ。つまりは、自殺がしたかったのだろうか。
「昨日、見たの、そら飛んでる人を、それで、うらやましくて」
飛び降り自殺の現場を見たと。
「自殺じゃない、ふわふわ、浮いてた、長い時間ゆっくりと」
僕は地球外生命体を信じたことなどいちどもない。
あ、僕はこの子が苦手かもしれない。いや、すごく苦手かも。
「思春期はこの世にあり得ないものを欲しがる。でも、人類の歴史が可哀想だよ。せっかく定義というものを作ってきたのに、ベッキーみたいな人がくつがえしちゃ気の毒だと思うよ」
「ベッキーじゃない。吉野ウィルソン」
なんてタイミングで名乗ってくるんだ。
しかもベッキーがあながち間違っていないという、まさかの横文字な名前だった。
「それじゃあ、ベッキー改め吉野さん。よろしく」
「ウィルソン、でいい」
めんどくさい。
呼び名ひとつでこれほどのこだわり、とてもめんどくさい。
僕はとりあえず、了解したようにうなずいた。嫌われないように。
「とんでた、女の子が、一人で」
ひとりでもふたりでも知らないよ。
とも言えず、とりあえず質問を投げかける。
「羽があったのかな」
「ない、すごい、体重がなくて、ふわふわしてた」
ティッシュペーパーの原理、ということらしい。
「どんな子だったの」
「純粋そうで、笑ってて、田舎っぽくて、あとは……」
あごに手を当てて、しばらく考えこんでから、あ、と発して、
「靴が、片方だけ、なかった」
ウィルソンは、そんなことを言ってしまった。
ね、ウザいでしょう。




