それは、もう覚えていないこと。
うめくらげです。
番外編?のようなような。
それでは、番外編ともとれる
第十一話、よければどうぞ。
彼には伝えることがありすぎて、言葉が涙の洪水に乗って流れ落ちた。
一二月の夜。
世間はクリスマスムード一色で、夜道だというのに、街にはイルミネーションの光が灯って明るかった。
歩くだけで聖なる夜を感じる。
けれど、世界は不幸だ。
誰しもが笑える世界ではない。
いつか離れて、いつか出会う。
離れて、ひどい痛みを感じては、また出会う。
出会った人のことを、離れたくないと泣いた人もいる。泣いた人も出会う。離れた人を犠牲にして。
同じだけの痛みと同じだけの幸福を感じて、足して減らされて最後には、なにも残らない。
そうして、時が孤独とともに過ぎていく。
喜べば悲しむ人のいる世界で、人を好くのが辛かった。
自分は不幸な境遇の人だから、そんなワガママを通してもゆるされると思って。
心をいつわることを覚えた。
純粋すぎる自分が嫌で、なにもかもかえたり。
私、と自分を呼んでいた。口調は、素直そうとよく言われていた。
それを、なにもかも改変。
あたしは世界で一番不幸なのよ、幸せなヤツらは、かしずくべきなのよ。
人なんて好きにならないわよ。低俗じゃない。
人をいじめて、蹴って、気が狂った人のふりをして自我を守りつづける。
こんな、薄汚くなりはてた自分。
ヘドが出た。
鏡にうつる自分が嫌で、こぶしから血が流れても、鏡を叩き割る。
ヘドが出た。
薄汚い純粋は、うっくつな心よりも醜い。なによりも純粋でいようとする、その弱さが醜い。
自分の心からはえんえんとヘドが出ている。
そんな時に、彼と出会ってしまった。
彼は、静寂そのもの。
けして美しくはない、ひきこもった静寂。誰も好きではないから保たれた静寂は、夜空に浮かぶ雲のよう、目には映らない。
けれど、感じた。
彼の静寂は純粋そのものだと。
辛い過去なんてしらないけれど、きっと、彼の静寂は恐怖心から生まれたのだろう。 恐怖心を恐れて、なにも感じないフリでごまかす、そんなもの。
視線が虚ろで、人の表情を見ないよう気をつけている。
それが、一二月の夜の出来事。
同じ学校の制服に身をつつんだ彼は、無表情をはりつけにして、家族連れ行き交う街を、ひとり歩いていた。
紺色のマフラーに真っ赤な顔。こちらには目もむけず、歩き去ろうとする。
まって、あんた、あたしと同じ学校よね。
そうだけど。寒いから早く帰りな。
とだけ言われて。
その頃から、あたしには下僕とも言える男が三人ほどいて、その男たちを連れて、いじめを働いていた。
そして、どうしても彼の静寂が妬ましくて、三人の男を連れて、彼に冷水を浴びせたり、暴力をふるったり、悪行と呼ばれる行為をひたすらに与えつづけた。
だというのに、彼は顔色ひとつ変えない。冷えた眼差しのまま、じぃとこちらを見据えている。
彼の目には光しか映らないのだろうか。
自分のような原子と分子は見えないのか。
そう、錯覚してしまうほどに、冷たい視線だった。
ただ、嫌いだと言われる。
きみのことがすごく嫌いだと。
彼の静寂が壊せたような喜びを感じた。
それでも、彼は笑って、静寂をたずさえて話しかけてくる。それが嫌いで、いらだって、また暴力をふるう。
自分でも理解できない。なぜ、こんなことをする。
彼の領域を壊す、彼の領域は壊れない、壊したい、壊したい。
それは、一二月の夜のこと。
彼が、ひとりだということが嫌なのだと気づいた。
世界で一番不幸なはずの自分が、誰かの幸せを願う。そんなの笑い話だ。
それなのに、心から願ってしまう自分がいる。
救いたい。
彼を。
どんな人でもいい、彼を救って。
「人の願いは手の平に真っ赤なアゲハを生み出して、それが蝕む、儚い望みを」
少女は言った。
しなやかな肢体で、服は着ていない。
この部屋には鍵をかけていて、自分いがいはいないはずだというのに。
どこからか現れた、その全裸姿の少女。
「願いが叶うたび、あなたの心から願いが消えます。やがて、最初の願いも忘れて、願いは消える。それがマジナイ。それでも願い続けられると誓えますか?」
忘れた瞬間に、その願いはもっとも残酷な出来事になる。暖かな願いの代償は、思い出を壊しつくすほどの痛み。
それでも、願いますか。
この願いだけは消えない。
あたし、私の願いは消えない。
代償は与えさせない。
たとえ、それが痛みをともなうとしても。
「それでは、対価をもらいます。お洋服をください、このとおり丸腰です」
少女に衣服を渡した。黒いワンピースと、適当な下着。
衣服をまとう少女が、手の平へキスをおとす。
焼けつくような痛みと、心臓の音だけを感じた。
「願いを叶えるかわりに、あなたの願いを蝕みつづける。叶えた願いすら忘れてしまったら、それが最後」
思い出を傷つけて、未来を手に入れられるというのなら、痛みは感じない。
私に、願いを叶えるチャンスが与えられた。
願いはひとつ。
彼の大切なものを、空から降らせてほしい。
彼が受けとめられる大きさの、最も暖かなものを。
それが、幻想のはじまり。
日が経つごとに、自分の願いが消えていく。
彼の特別になりたいとも思わなくなった。
ただ、彼を理由なく幸せにしてあげたいということだけを、覚えていて。
あたしは、願いの重さもしらないで。
願いの代償は願いでしか払えないことをしらないで。
ひどく、愚かだった。
村上さんは、叶えた願いすら恋の願いすら
忘れてしまいました。
その願いからできた思い出を
壊すほどの出来事
それが、ウィルソンの死でした。
村上さんは、非力です。




