お片づけ
「なんだい、お前? こんなに散らかして」
「いえね、あなた。片づけよう思ったら、かえって散らかっちゃって」
「ダメだなぁ。日頃から整理しないからだろ」
「何を言ってるんですか。こんなに散らかって片づかないのは、誰のせいですか? 買った切り使わないものばかり、ためこんで」
「そりゃ、お互い様だろう」
「そうですけどね」
「だが、ほら、あれだ。片づかないと言えば、あの子もちっとも片づかないな」
「そんな時代だと、暢気に構えてらっしゃるから、本人がそんな時代を逃してしまうんですよ。一生この家に、居つくつもりですよ、あの子。それこそ片づきませんわ」
「一人ぐらい手元に置いておきたいって、お前も随分甘やかしてきたじゃないか」
「そうでしたっけね。ところで、もう銀行の方はよろしいんですか? きてらっしゃったみたいですけど」
「ああ、帰ったよ。しかしあれだね。会社で資金を融資してもらう時は、どんなに頭を下げたか分からないけど、こっちがお金を預けるって話なら、向こうがぺこぺこ頭を下げるね。面白いもんだね」
「そんなもんでしょ。で、何のお話でした?」
「何、普通の預金や定期じゃ、利率も高が知れている。ここは思い切って、ひとつ小口でいいから、投資しないかって話さ」
「あなた…… もしかして、契約したんじゃないでしょうね? その投資とやらに?」
「いやぁ、小口で一口でいいからって、頼まれてね。確かに小額だし、一口ぐらいはいいかと、試しに買ってみることにしたよ」
「まっ! 私に相談もなしに! あら?」
「どうした?」
「片づけものの中に、眼鏡が」
「また通販で買った切りの、無駄な商品だな? えらいホコリをかぶってるじゃないか」
「でも、あなた。ちょうどいいですわ。この眼鏡。持ち主が誰か分かる眼鏡なんですよ」
「なんだい、それは?」
「誰のものか分からなくなったものを、この眼鏡で見れば教えてくれるんですよ」
「ほう、どれどれ。おっ、そっちの四角い車輪の一輪車に、俺の顔が。なるほど、確かにあれは、俺が去年買ったもの」
「一度も乗ってるのを見たことありませんけどね。何が下腹を引っ込ませる、究極負荷の一輪車ですか」
「むむ、買った時は、確かに足から痩せそうだと思ったんだよ。おっ、そっちの肌が五歳若返る美顔器に、お前の顔が映ってるぞ。十年前に買って、放りっぱなしにしたやつだな。ん? 手遅れじゃないか」
「うるさいわね。要らないですわ、今更。若く見せたい相手も、もういませんしね」
「何だ? 前はいたみたいに聞こえたが……」
「あらそうですか? でももう要りませんよ」
「む、そうか。おや、お前がそんなことを言うから、あの子の顔が現れたぞ。あの子が欲しいんじゃないのか、これ?」
「まぁ、形見の時の話かしら。嬉しい話」
「単に、肌を五歳若返らせたいだけだろう?」
「何をおっしゃって!」
「おっ? 俺も要らないと思っていた健康器具に、あの子の顔が。どうやら貰ってくれる人の顔も、分かるみたいだな」
「肝心の、あの子を貰ってくれる人が、いやしませんけどね」
「欲しいといえば、いつでもくれてやるのにな。世の中ままならんな。さぁ、片づけるぞ。ん、何だ? 何でこの封筒に、あの銀行員の顔が映ってるんだ? あっ! まさかあの銀行員、足繁く通ってくると思ったら、うちの子が目当てだったのか? それでうちのものに顔が現れるのか? むむっ、失礼な。今度きたら、追い返してやる!」
「何言ってるんですか、あなた。確かにあの子のものなら、お相手さえいれば、その方のものでもあるでしょうよ。もしそうなら、やっと片づいてくれると、かえって喜ぶところじゃありませんか?」
「お、確かに。お相手が銀行員なら、むしろ喜んで貰ってもらいたいな」
「で、何に銀行員さんの顔が、映ってるんですの?」
「これだ、この封筒だ。何だったけかな? 顔がちらついて、俺には表紙がよく見えん」
「あなた、それ――」
「いや、リスクがどうの、担保がどうのとうるさかったが、こうなると何だか頼もしく思えるな。きっちり書類を作って、判子を押さされた時は、正直面倒な奴だと思ったが、そうと分かれば、むしろ心強い。おい、こんな古びた封筒ぐらい、幾らでもくれてやりたくなるな。何だ、よかったな。あの子もいいところに、片づきそうだな。なぁ、お前」
「あなたそれ――この家の権利書よ……」