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ひまわりを枯らす手  作者: 葉方萌生
第九章 タチアオイの夢(日葵side)

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9-4

 いつだったか——あれは、高校二年生の夏、両親が事故で亡くなって少しした頃か。陽太くんと二人で、タチアオイが咲く丘を見に行ったことがある。タチアオイは、私がいちばん好きな花だった。けれど、陽太くんにそんなことを伝えた記憶がなかったので、連れて行ってくれた時には驚いた。


「ここのタチアオイが綺麗だって聞いて。ひまが、少しでも元気になってくれたらいいなって」


 偶然だったけれど、陽太くんのその気持ちが嬉しくて、両親が亡くなって沈んでいた私の気持ちが、すんと和らいだ。

 赤やピンク、白といった愛らしい色の花弁をもつタチアオイだが、しゅっと茎が空に向かってまっすぐに伸びて、私の身長と同じぐらいかそれ以上に背丈が高い。その凛とした佇まいが気に入っていて、格好良いと思っていた。


「めちゃくちゃ綺麗。こんなに咲いてるの、初めて見た」


 風にさわさわと揺れるタチアオイを目にして圧倒される。素直に感想を口にすると、陽太くんが「だろ?」と得意げに目を細めた。

 陽太くんって、嬉しいとき、すごく素直に笑うなあ。

 ずっと前から思っていたことだ。陽太くんが私に向けてくれる純粋な笑顔はすごく羨ましくて、目を逸らしたくなるほどまぶしかった。私には決して真似できない。

 憎らしく思うこともあるけれど、それでもやっぱり陽太くんが私の太陽だった。


「私ね、ひまわりじゃなくて、タチアオイのほうが好きなの」


 ふと、彼の隣で本音がこぼれ落ちる。何を言い出すのかと驚いた様子の彼の瞳が、私の本心を探るように揺れた。


「みんなに、『日葵ちゃんはひまわりみたい』って言われてきたけど、でも、私はひまわりなんかじゃない。ひまわりみたいに明るくなれないから。まっすぐに凛として、しっかりと自分を持っていたかった。だからタチアオイに憧れていたの」


 誰にも打ち明けたことない本音を彼に伝える。

 陽太くんは瞳を大きく見開いて、私の言葉の真意を噛み砕いているように見えた。


「タチアオイに……」


 彼が、私の本当の気持ちに気づいてくれたかどうかは分からない。私も、それ以上は胸のうちを曝け出すこともなかった。

 私たちの関係は変わらぬまま、やがて高校を卒業し、三月が終わろうとしていた。

 引っ越しの前日、葉月に、葉月の小説を読んだと伝えた。葉月は明らかに動揺していて、ちょっと申し訳ないなとも思った。でも、葉月の私に対する気持ちを知って、驚いたけれど、ひどく納得している自分がいた。


「殺してもいいよ、私のこと」


 ふとつぶやくと、葉月は心底驚いたように目を見開いた。


「……冗談、言わないでよ」


 そう言うと思った。葉月は小説の中で私を殺しても、本当に私のことを殺すことなんてできない。だってあなたは。


「冗談じゃないよ。私、もう疲れたんだ。本当の自分を偽って生きていくことに」


 偽りだらけの私とは違う。

 コンプレックスを抱えているけれど、不器用ながらに自分を貫いて生きていた。

 本当は誰よりも繊細でひとの気持ちを理解してるって知っている。

 だから、葉月は私を殺せない。

 その時はそこで話を濁して、私は東京へと旅立った。

 旅立つ前に、みんなで埋めたタイムカプセルに、パソコンで打ち出した文書を入れておいた。


『日葵の笑顔はぜんぶうそ。いつわりの笑顔でみんなをだましてる』


 どうしてこんなことを書いたのか——理由は二つある。

 一つ目は、もしこの先私の身に何かあったとき、真っ先に疑われるのが葉月だと思ったから。葉月が疑われないように、全員に疑念が向くように仕向けるため。

 そして二つ目は——私自身、本当の自分をみんなに知ってほしいと思ったから。

 今まで散々隠し通してきたのに、自ら終わりにしようとした。自分を偽って生きることがあまりにも苦しくて、大人になってからも嘘をつき続けることが嫌だった。

 もし万が一——葉月が私の予想を超えて、私に襲いかかってきたとしても、私は驚かないし、葉月を責めることはできない。


「行ってきます」


 絶妙な空気感の中、葉月を残して東京へ行く。

 昨日まで書いていた日記は、あえて自分の部屋に残しておいた。

 大学生活では楽しくないときに笑うのはやめよう——そう決意して向かったはずだった。

 ……でも。


「日葵ちゃんって、明るくていいよね。いっつも笑顔だし。高校でも友達多かったでしょ?」


 大学でできた、同じ学部の友達にそう言われたとき、背筋に冷たい空気が抜けるのを感じた。

 私、また失敗しちゃったんだ。

 偽りの笑顔を浮かべるのはやめるつもりだったのに、気がつけば勝手に、笑ってしまう。楽しくなくても、辛くても悲しくても、私の顔は笑うこと以外表情を忘れてしまったみたいに。幼い頃からついていた笑い癖が、そう簡単に治るはずがなかったんだ。


『日葵、どんな時でも笑顔でいなさい。笑顔でいないと、ひとから愛されないわ』


 あの母の言葉は、呪いだったんだ。

 心から楽しいと思うことができない私に与えられた罰。

 この先一生、逃れることなんてできない。

 絶望感に打ちひしがれながら前期の授業を終え、夏休みに茨城へと舞い戻った頃には、心が抜け殻のように空っぽになっていた。

自宅のマンションの玄関で葉月の顔を目にした瞬間、抱えていたものがすべてあふれ出して、もう何もかもどうでもいいと思ってしまった。

 葉月に、私を殺してほしい。

 偽りの笑顔を浮かべて、友達も妹も傷つけてしまう私なんて、この世にいないほうがいい。


「私いま……葉月の気持ちが痛いほどよく分かる気がする」


 葉月にとっての起爆剤。双子だから、どんな言葉をかけたら葉月が爆発してくれるのか分かっていた。とはいえ、半分は本音だった。楽しいという気持ちが分からない私と、楽しくてもうまく笑えない葉月。私たちはやっぱり似ていたんだよ。

 葉月の瞳が見開かれ、私をドン、と押した。

 驚いたふりをしたけれど、自分で煽ったのだから、実際は少しも驚いてなんかいない。


「葉月は……私のことが嫌い?」


「……うん、嫌い」


 葉月の中から決定的な言葉を引き出す。もう後戻りはできないだろうな、と察して内心ほっとしていた。


「そっか。そうだよね。じゃあ、私を殺してみて」


「……は」


「できないの? 小説の中では私を殺してたのに? 葉月の私への憎しみってそんな程度?」


「嫌いだよ。お姉ちゃんのことなんて、大っ嫌い!」


 煽りに煽った結果、私の期待通り、葉月は私を階段下へと突き落とした。ゴロゴロと下に転がる間に、階段の凹凸に身体中をぶつけて鈍い痛みが全身を襲う。その間にも、一瞬階段の上で驚愕している葉月の顔が見えた。これで葉月は自由になれる——笑おうとしたけれど、涙がこぼれた。我に返って駆け降りてきた葉月の顔は絶望に歪んでいて、どこまでも痛々しかった。


「は……づき……」


 愛しい妹の名前を呼ぶ。


「タイムカプセル……」


 葉月がちゃんと、あのタイムカプセルをみんなに見せてくれるように、最後の力を振り絞ってつぶやいた。葉月がタイムカプセルを開けてさえくえたら、きっと陽太くんが本当の私に気づいて、葉月は無実だと守ってくれるだろう。

 ……ううん、気づいてくれると信じたかった。


「日葵……!」


 遠ざかる意識のなか、葉月が必死に私の名前を呼ぶ声が耳に残る。

 葉月、ありがとう。お姉ちゃんを殺してくれて。

 ごめんね、お姉ちゃんを殺させて。

 あのね、葉月。

 葉月は自分のことを、小説の中で「影」だと書いていたけれど……私にとって、葉月は優しいお月様みたいな存在だったんだよ。太陽ほど存在感はないけれど、空を見上げればいつだってそこにいて、私の足元をやさしく照らしてくれる。葉月がいたから、偽りの自分も孤独じゃなかった。違うかたちだったけれど、悩みを共有できるひとがいちばん近くにいてくれると思っていたから。

 だからね、本当はずっとそばにいたかったよ。

 私のほうこそ、葉月のこと、世界でいちばん好きだった。

 愛していたんだ。

 大好きだよ、葉月——。

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