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ひまわりを枯らす手  作者: 葉方萌生
第九章 タチアオイの夢(日葵side)

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9-1

 ふわふわと意識が漂う夢のなかにいた。

 まるで水中を泳いでいるみたい。

 どれだけの時間が経っているのか、分からない。

 いま、こうして頭の中で考えていることが、本当に自分のものなのかさえも。

ただ一つ、確かに言えることは、意識の向こう側にぼんやりと浮かぶ、大切な友達と双子の妹の葉月の顔が悲しげに歪んでいることだ。


『日葵、どんな時でも笑顔でいなさい。笑顔でいないと、ひとから愛されないわ。あなたは葉月とは違う。あの子はおとなしいし、みんなを和ませるのは日葵の役目。日葵は完璧でいなさい』


 幼い頃から、母にそう言われて育ってきた。

 母は私に完璧でいなさいと言い聞かせてきた。

 二卵性双子の葉月に、母が期待を寄せているところを見たことがない。母は葉月に対してはどこか諦めみたいな気持ちを滲ませていて、私にはそれがどうしてなのか、分からなかった。

 葉月が内向的な子だからだろうか。

 葉月は確かに人前で笑ったり、明るくお喋りしたりするのが苦手な子どもだった。でも、私なんかよりずっと、優しい心を持っていたと思う。

 葉月よりも私のほうがずっと、欠陥品なのに。母も父も、そのことに気づいていなかった。

 母が過剰なまでに私に期待を寄せるのはきっと、母が育ってきた環境に原因がある。母の故郷では子どもの評価がその家の評価に直結していたから。だから意地でも、子どもを“良い子”に育てたい——そんな気持ちがあったのだ。

 我が子に対しては無理な指導をするところもあったけれど、母は外面がいい。私の友達に対しても、普通に優しいお母さんらしく振る舞う。だから、陽太くんたちは知らないだろう。母が、私や葉月にどんなふうに接しているかということを。

 私は母の育て方に多少違和感を覚えつつ、それでも母が嫌いだったわけではない。亡くなったときは心底悲しかった。だから母のすべてを受け入れられなかったんじゃない。ただ一つ、私たち双子を差別するところだけは、本気で思うところがあった。



「日葵ちゃんっていっつも明るくて可愛いよね」


 クラスの友達からそう言われるたびに、いつも「そうかなー?」ととぼけたように笑っていたけれど、内心は鋭利な刃物で心臓を抉られるみたいに、胸が痛かった。

 だって、私は。

 物心ついたときから、みんなの前でずーっと偽りの笑顔を浮かべていたから。

 自分に「楽しい」とか「嬉しい」といった感情が抜け落ちていると気づいたのは、幼稚園の頃、みんなで動物園まで遠足に行った時だ。


「ライオンさんこわかったね〜」


「でもかっこよかったよ!」


「うさぎにさわれて楽しかった〜!」


 遠足が終わり、周りのみんなが口々に楽しかったと言い、頬を綻ばせる。だけど、私にはみんなの気持ちが一つも分からなかった。

 楽しかったっけ……?

 楽しい、という言葉をつぶやいてみると、なんだか自分には関係のない、遠い宇宙の言葉のように感じた。そのあと、先生が「いちばん楽しかった思い出を絵にしよう!」と言って画用紙を配った時にも、私は手を動かすことなく、画用紙の前で固まっていた。


「日葵ちゃん、どうしたの? 具合でも悪い?」


 みんなの絵の進捗を確認しにきた先生が、微動だにしない私を覗き込む。


「ううん」


 首を横に振って、答える。


「そう。じゃあ楽しかった思い出、描いてみて」


 先生に促されて、記憶の中を素早く探る。隣で先生が、私が何かを描き出すのを待ち焦がれているのが分かって、焦りが募った。

 けれど、どれだけ記憶を探っても、自分の中に楽しかったという感情がないことに気づく。


「あら、どうしたの? やっぱり具合でも悪い?」


 先生が、心底心配そうに私の背中をさすった。先生に優しくされるたび、胸が疼く。瞬時にこの場を上手く誤魔化して切り抜ける方法を探した。


「先生、あのね」


 ようやく見つけた答えをゆっくりと吐き出す。


「ライオンやうさぎを見たことも、みんなでお弁当やおやつを食べたことも、鬼ごっこをしたことも、全部楽しすぎて、どの場面を描いたらいいか、分からないの……」


 しゅんと肩を落として先生に本当の悩みみたいに告げると、先生は「そっか」とほっと胸を撫で下ろした。


「そういうことなら、みんながあんまり描いてないものにしない? その中だと、お弁当を食べたっていうところかな。みんな動物のことばかり描いてるから、日葵ちゃんは、お昼ご飯のこと描いてみて」


「うん、分かった!」


 無邪気な子どもを装いつつ、先生に言われた通り、仲良しの友達とお弁当を食べている場面を描いた。なんとか窮地を乗り切れてほっとしている自分がいた。

 この時は、単に遠足がつまらなかったのだと思っただけだった。

 けれど、それから先、どんなにみんなが楽しいと言うことを経験しても、私だけ、楽しいと感じることができなかった。

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