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ひまわりを枯らす手  作者: 葉方萌生
第八章 姉がいなくなった日のこと(葉月side)

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8-5

***


 そう。あの日のことはよく覚えている。

 日葵がせっせと引っ越しの荷造りをしている横で、私は本を読んでいた。日葵が東京の大学に進学するから、初めて私たちは離れ離れになる。寂しくないと言えば嘘だった。でも、寂しさ以上に、自分の中に清清する気持ちがあったことは本当だ。

 これで、ようやく日葵から離れられる。

 小さい頃は私のことを守ってくれていた日葵だけれど、日葵の隣にいると、苦しくて仕方がなかった。両親に比べられて、さらに成長するにつれて、埋まらない溝が深まっていく。日葵はどう思っていたのか知らないが、少なくとも私は、日葵に対して嫉妬以上の憎しみを抱いていた。

 そんな日葵が明日にはこの家から出ていくという日に、私に言ったのだ。

 私の書いた小説を読んだと。

 最初は、ノートに書いていたタイトルと冒頭を見られたのかと思った。でも違った。彼女が見たのは、私のノートパソコンにデータが入っている小説の全文(・・)だった。

 ノートに冒頭まで書いてから、どんどん書きたいことがあふれてきて、パソコンで必死に文字を打ち込み、二ヶ月ほどで長編の小説を完成させていた。まさかそれを日葵に読まれているとは思わず、あまりに驚いてその場で固まってしまった。


「日葵……あれは、その……」


 咄嗟のことで、上手い言い訳が出てこない。いくら日葵のことが憎いと思っているとはいえ、本人を前にして直接口にするほどの勇気はなかった。


「分かってる。創作だって言いたいんでしょ。でも、そうは見えなかったからさ。双子なんだもん。葉月がどんな気持ちであの小説を書いたのか……いろいろと分かっちゃった」


 眉を下げて笑う日葵が、なんとか気持ちを前向きに保とうとしているのが見てとれた。

 いろいろと分かったって……何が?

 日葵は私の何が分かったというの?

 何を知ってるの。何も知らないくせに。

 私が今まで、どんな気持ちであなたの隣にいたかなんて、知らないくせに——!

 怒りに任せて叫んでしまいそうな衝動に駆られた。けれど、次に日葵が放った一言に、身体が凍りついた。


「殺してもいいよ、私のこと」


 その物騒なセリフとは裏腹に、彼女の声は高く澄んでいた。それでいて、表情には翳りがあった。あまりにも日葵らしくない。驚きとともに胸を襲ったのは、激しい後悔だった。

 どうしてあんな小説を書いてしまったんだろう。

 どうして日葵に見られるような杜撰な管理をしてしまったんだろう。

 後悔したってもう遅い。日葵はすでに私の小説を読んでしまったのだから。私が日葵を最終的に——殺してしまう、その小説を。


「……冗談、言わないでよ」


 どうして殺してもいいなんて言うのか。冗談だとしてもあまりにもタチが悪すぎる。あんな小説を書いておいてどの口が言うのかと思うかもしれないが。


「冗談じゃないよ。私、もう疲れたんだ。本当の自分を偽って生きていくことに」


「本当の自分を偽って生きる……?」


 意味が分からなかった。

 日葵が何を偽っているというのか。

 いつも太陽光線のようにまぶしく笑って、みんなから愛される日葵が何を抱えているのか。この後に至るまで、私は知らなかった。


「あのさ、葉月。ちょっとお願いがあるの」


「お願い……?」


 心のうちをすべて明かすことなく、いつもの明るい口調で言った。


「私がもし、この先いなくなるようなことがあれば……陽太くんやみんなに、タイムカプセルを開けるように言ってほしいんだ」


「タイムカプセル? それって、日葵たちが小学校を卒業するときに埋めたっていう?」


「そう。そこにちょっと細工をしておくからさ。そのタイムカプセルの中身を見れば、私のこと、分かってもらえると思う」


 それだけ言って、日葵は荷造りに戻っていった。

 その時の私には、日葵がタイムカプセルに施す細工というのがどんなものなのか、理解していなかった。

 そして翌日、キャリーケースを持った日葵は新しい人生に向かって、歩いて行った。家を出ていくとき、「葉月、今までごめんね」とこぼしたのが記憶に鮮明に焼き付いている。日葵の部屋から日記を見つけたのはちょうどその日だ。私はその日記を読んで、日葵が人知れず“何かに”悩んでいることを知った。でもそれが何なのかが分からない。分かりたくて、そっと自分の部屋に持っていった。

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