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ひまわりを枯らす手  作者: 葉方萌生
第七章 盲目すぎた過去

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7-1

 東京に戻ろうと思い立ったのは、その翌日、八月二十二日のことだった。

 このまま茨城で悶々と考えていると、心が腐っていくような気がした。

 日葵の日記や壊れたキーホルダー、栞を鞄に忍ばせて、午前中に電車に乗り込む。母親には、「また戻ってくる」とだけ伝えているが、本当に戻る気があるのか、自分でも判然としない。昨日、日葵の衝撃的な日記を読んでから、頭がぼうっとしていた。

 車窓から無心で外の景色を眺めているうちに、東京に着いた。

 途中、手慰みにLINEの日葵とのトーク画面を開く。七月の終わりに【今どこにいる?】と送ったメッセージはいまだ「未読」のまま。宙ぶらりんになった俺の罪が転がっているようだった。

 一時間半、電車で揺られているうちに、山の連なる自然の風景からビルの立ち並ぶ都会の風景へと移り変わる。実際の距離以上にとても遠くへ運ばれたという感覚に陥る。

 まだまだ自分にとってはよそよそしい東京で、人波に揉まれながら自宅へと続く最寄駅へとたどり着いた。二十日間空けていた下宿先の家は、引っ越したばかりの新鮮な匂いに包まれていた。これだけの期間在宅していないだけで匂いって変わるものなんだな。どうでもいいことにばかり、意識がいってしまう。その日と翌日は、日葵の日記の内容が頭から離れなくて、茫然自失状態で二日間を過ごした。

 このままではまずい、と思ったのは、東京に帰ってきて二日後のことだ。

 何もせずに無為の一日を過ごしているうちに、日葵が戻ってくるわけではない。戻ってきたとしても、彼女の不穏な本音が綴られた日記を読んだあとで、どう彼女に接すればいいのだ。自問して、今のままでは日葵に会うことができないと悟った。

 一人で時間が過ぎるのをただ待つ、という状況から脱したくて、気がつけば俺はバイト先の居酒屋に連絡を入れていた。

 今日の夜、シフトを入れてもらえないかと。

 店長は電話口で「え、今日?」と驚いていた。そりゃそうだろう。一ヶ月のシフトは前月の末までに決まっている。すべてのアルバイトのシフトを希望通りに入れられるわけではない。人手が足りないのも困るが、多すぎて人件費がかさむのもよろしくないのだろう。

 やっぱりだめか、と諦めていたのだが、店長は「ちょうど今日団体客の予約が入って困ってたんだ。ぜひよろしく」と急遽シフトに入ることをOKしてくれた。俺は「ありがとうございます」とお礼を伝えて、バイトに向かう準備をする。

 そして、迎えたバイトの時間。

 午後五時にお店に着くと、店長から「いやあ、ぶっちゃけ助かったよ」と肩をぽんと軽く叩かれる。


「七時から加藤様のお名前で十五名様が来られる。もうすぐ崎山(さきやま)さんも来るから、二人でよろしく」


「はい、わかりました」


 店長から軽く指示を受け、さっそく開店準備に取り掛かる。崎山さんというのは、俺の二つ上の女の先輩で、崎山一香(いちか)さんだ。面倒見が良く、頼り甲斐のある先輩だった。


「こんばんは」


 噂をすれば、ではないが、ちょうど崎山さんがお店にやってきた。


「あれ、柊くん。久しぶり。今月は休むんじゃなかったの? ご家族が急に体調不良になったから茨城に帰るって言ってなかった?」


「そうだったんですけど……少し、体調も良くなったので一度こっちに戻ってきました」


「ふうん。そうなんだ。よかったね」


 葉月から日葵がいなくなったと連絡を受けて、急遽地元に帰ることになったので、バイト先へは「家族が体調不良になって」と嘘をついて長期の休みをもらっていた。そうでもしなければ、すでに決まっていた八月のシフトを変更するなんてできなかったから。

 迷惑をかけたという自覚はある。嘘をついた後ろめたさも。でも、崎山さんは良い意味で鈍感で、正直助かった。


「今日は団体客もいるし、私一人じゃしんどかったわ。戻ってくれてさんきゅ」


 からりとした口調でそう言ってくれる。今日、シフトに入っているのが崎山さんでよかったと思う。


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