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ひまわりを枯らす手  作者: 葉方萌生
第六章 彼女を追い詰めたひと

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6-4

 階段を降りてマンションの入り口を出ると、正面に例の公園があるのだが、そこにいた人物を見て絶句する。


「涼、みくり、璃子……」


 さっき、図書館前で苦い別れをしたはずの三人が、なぜか公園に佇んでいる。しかも、すぐに視線が合ったところを見るに、俺がここから出てくるのを知っていたような感じだ。


「なんだよ、お前たち」


 つい苛立ちが声に出てしまう。いったいなんでお前らがまた俺の前に現れるんだ。俺たちの関係はもう終わっただろ? さっきのでもう懲りたよ。仲良しこよしなんて、子どもの戯言だった。俺はみんなのことずっと仲良くしていきたいと思っていたのに、お前たちが俺のことも、ひまのことも、突き放したんだから——。

 刺々しい視線を返していると、涼が一歩前に進み出た。


「さっきさ、こっちに帰ってきたときに、おまえが葉月と日葵の家に入っていくのが見えたんだ。お前とやっぱりもう一度話がしたくて」


 図書館の前で、お前のせいで日葵がいなくなったと俺を罵ってきたくせに何をいまさら。馬鹿馬鹿しい、と無視して三人の横を素通りしようと思ったところで、涼から「ごめん」と頭を下げられた。

 反射的に足が止まる。


「おれたちが日葵に毒を垂らした……お前の言う通りだよ。おれは……おれはずっと、日葵のことが好きだった。でも、日葵の目にはお前しか映ってないような気がして……悔しかったんだ。悔しくて、お前を出し抜いて日葵の気持ちをおれに向かせようとして……とことん失敗した。その腹いせに、日葵に『曖昧に誤魔化してずるい』なんて最低な言葉をかけたんだ……。だから、おれもお前と同罪だよ」


 湿り気を帯びた涼の声が、湿度の高い空気の中で、ひたひたになって俺の耳へと届く。胸に小さな棘が刺さったかのような痛みが駆け抜ける。


「どうして……なんでだよ。なんでそんなこと」


「嫉妬してたんだよ、お前に。おれじゃどう頑張っても、お前には届かないって分かってしまって。日葵のこと、いつも純粋な目で追い

かけるお前には、おれは絶対に勝てない。だからせめて、お前が好きな素直でいじらしい日葵のこと、傷つけたくなった」


「……」


 昔から馬鹿みたいに素直な涼が、日葵のことを傷つけたくなった、だって? 

 涼はみんなのムードメーカーで、明るいバカで、それでも憎めないやつだった。そんな彼の中に毒が潜んでいたなんて、想像したこともなかった。

 自分の視野がとことん狭かったことを痛感して、両手の拳をぎゅっと握りしめる。額を流れる汗を気持ち悪いとすら感じることもなく、涼と、みくりと璃子の三人を交互に見つめた。


「陽太くん、あのね、わたしもっ……」


 今度は璃子が切羽詰まった様子で声を上げる。彼女の張り詰めた声がピンと糸を張ったみたいに脳裏に鋭く響いた。


「わたしも……日葵ちゃんに、ひどいこと言ったの。わたしのこと、いじめっこから助けてくれようとした日葵ちゃんを逆に貶めて、

『日葵ちゃんか心がきれいだから、きたないわたしの気持ちなんて分からないよ』って……。自分でもなんであんなことを言っちゃったんだろうって思う。でもそのときのわたしは、何の取り柄がない自分と、なんでも持ってる日葵ちゃんを比べてしまって、自分を保てなくなってたんだ……。だから、日葵ちゃんのきれいな心を、自分と同じように汚したいって思った……」


 傷つけたい。

 汚したい。

 みんなが自分勝手に、日葵の真っ白な羽を切り刻み、もぎとろうとしていたなんて。目の前がくらくらとする。みくりも、日葵の笑顔を『計算してる』とかなんとか言ったと話していた。みんなが日葵に対してどんな毒を撒いたのか詳らかになって、無感動な波が心の中であふれかえった。


「なあ、分かっただろ。おれたちみんな、日葵を神聖視してたお前と同じくらい——いや、それよりもずっとひどいことをしていたんだ。だから、お前だけを責めるようなことを言って悪かった……。その上で、言う。もう日葵のこと詮索するのはやめよう」


「は——」


 葉月と同じことを言う涼の前で、時が止まったかのように俺の呼吸も一瞬止んだ。


「なんでお前らまで……」


「お前ら? ってことは葉月にも言われたのか? それならちょうどいいな。日葵は自分から姿を消したんだ。おれたちが撒いた毒のせいだろ。それなのに、毒を撒いたおれたちが日葵を探すなんて、無神経にも程がある。だから」


 そこでいったん涼が言葉を切った。みくりと璃子のほうを見て、二人の意向を確かめるように視線を合わせる。二人は真剣なまなざしで涼を見つめ返していた。


「おれたちは日葵を探すのを、やめるよ。陽太もそうしよう。陽太の盲目的な気持ちが、日葵を傷つけたのもきっと真実だよ。おれたちみんな、日葵に後ろめたい気持ちがないとだめだ」


 涼の言葉を聞きながら、小学生の頃にみんなで砂場で山崩しゲームをした記憶が蘇る。丁寧に作った砂の山を、少しずつ掬って、小さくしていく。やがて形を保てなくなった山は誰かの手によって崩れてしまう。

 俺たちの友情も、今ここではっきりと崩れ落ちたのだ。


「……っ」


 踵を返してみんなに背を向ける。


「陽太!」


 みくりが声を上げる。その後さらに、涼が叫んだ。


「日葵のこと詮索するのはやめるけど……陽太、お前とはまた話したいと思ってる」


 そして、璃子も。


「わたしも……!」


 三人の切実な言葉を背中に浴びながら、俺はぽつりとつぶやく。


「今は無理だ」


 みんなから離れるように、地面を踏み締める。そして、力強く蹴って走り出した。


「なんなんだよ、みんなしてっ。みんなみんな、おかしいだろっ!」


 日葵は俺たちの仲間だ。

 俺の友達だ。

 特別な存在だ。

 そんな大切なやつを、見捨てるようなことを、みんなして——。


「って……」


 小石に躓いて、転ぶ。灼けたアスファルトは火傷するほど熱くて、瞬時に地面から膝を起こして立ち上がる。陽炎の中、日葵がいない現実が夢だったらいいのに、と何度も願った。


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