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ひまわりを枯らす手  作者: 葉方萌生
第三章 あちら側の人間(璃子side)

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3-3

「日葵ちゃんのことよね。何から話せばいいかしら」


 突然「日葵のことを教えてください」と言ったところで、先生が戸惑うのも無理はない。第一、先生は日々たくさんの生徒を見ているし、わたしたちが卒業したのはもう六年とちょっと前のことだ。そもそも当時のことを覚えているかも分からないし、あまり深い話までは聞けないかもしれない——と、みんなが同じことを考えていることはなんとなく察していた。


「日葵のことで、当時何か気になっていたこととかないですか? 先生にとって日葵はどんな子でしたか?」


陽太くんがみんなを代表して問いかける。先生は、「そうねえ」と目を細めながら、昔の記憶を掘り返してくれた。


「日葵ちゃんは、元気で明るい子だったわね。誰に対しても分け隔てなく優しかった。きっとみんなも同じように思っていたんじゃないかしら」


 ここで、わたしたちは全員で顔を見合わせて頷く。そうだ、日葵ちゃんはいつだって明るくて優しくて可愛かった。みんなの輪の中心にいる、ひまわりみたいに綺麗に笑うひと。わたしたちはそんな日葵ちゃんが大好きだった。


「入学してから卒業するまでずっと変わらずみんなの人気者だった気がするけど……そういえば、一つだけ気になることがあったわ」


 鮎川先生が一度言葉を切る。その表情が少しだけ曇ったのをわたしは見逃さなかった。


「気になること? それは何ですか?」


 陽太くんが食い気味に身を乗り出す。彼がこの間みたいに暴走してしまわないかと、内心ヒヤヒヤしていた。


「気のせいかもしれないけど、時々ふと寂しそうな顔をすることがあったのよ。教室で、みんなと話してるときや一人で窓の外を眺めてるときにね、一瞬翳が見えるというか。先生の見間違いかもしれないのだけどね。それから、雨の日に教室で絵を描いていたのがすごく記憶に残ってるわ。みんなが騒いでいる中で、静かに手を動かしてたの」


「そんなひま、見たことない……。ちなみに、どんな絵ですか?」


 陽太くんの瞳が一瞬揺れたあと、彼は再び問う。日葵ちゃんが一人で絵を描いている姿を、わたしもあまり見たことがない。どちらかというと、外で鬼ごっこなんかして元気に走り回るタイプだったから。陽太くんも同じだったんだろう。先生に向ける懐疑的なまなざしがそのことを物語っている。


「花の絵だったわね。一度、なんの花を描いているのか聞いたことがあるわ。そしたら、『タチアオイ』だって教えてくれた」


「タチアオイ?」


 みくりちゃんが「?」顔で尋ねる。わたしは日葵ちゃんから聞いて知っていたけど、念のため、スマホで画像検索をしてみくりちゃんに見せた。みんなも私のスマホを覗き込む。まっすぐに伸びる茎と、朝顔みたいな花が特徴的なタチアオイ。背が高くて、大きいものは二メートルを超えるらしい。花は赤とかピンクとか、いろいろあるみたい。その凜とした佇まいは格好良くて思わず見惚れてしまいそうだ。

 日葵ちゃんはひまわりのイメージだったので、このシュッと空に向かって伸びているスタイリッシュなタチアオイを描いていたことはみんなの中で意外だったようだ。


「そうそう、この花よ。時々家庭で育ててる人なんかを見かけるわね。日葵ちゃんは、いつもタチアオイの絵を描いていたわ」


「それは、どうしてでしょうか?」


「私も気になって聞いてみたの。そしたら、この花が大好きなんだって教えてくれた。自分の“日葵”って名前に“アオイ”が入っているから、好きになったんだって。だけどそうやってタチアオイのことを話してくれる日葵ちゃんはなんだか寂しそうだったわ」


 鮎川先生は日葵の寂しげな表情を思い出したんだろう。眉根を寄せて、ほんのり瞳を伏せた。

 寂しそう、か……。

 わたしたちの知らない日葵ちゃんが、教室でタチアオイの絵を描いているところを想像すると、なんだか切なさが込み上げてきた。


「私が知ってる日葵ちゃんはこれぐらいかな。あとはみんなが彼女に対して思ってるのと同じだと思う。基本的には明るくて良い子だし、裏表もない子だったように思うわ。早く帰ってくるといいわね」


 先生はあくまで日葵ちゃんの失踪について、日葵ちゃんが自らいなくなったと考えているらしい。警察だって同じ見方をしているし、世間一般的に考えればそうなんだろう。わたしたちだってそう思っている。でも、彼女がいなくなった背景に、まだわたしたちの知らない秘密が隠されているような気がしてならなかった。


「先生、突然押しかけたのに、色々と教えてくれてありがとうございました」


 陽太くんがしっかりと頭を下げる。先生は「いえいえ」と手のひらをひらひらと横に振った。


「私も、日葵ちゃんがいなくなったと聞いてとても心配だから、何か力になれることがあればいつでも相談してちょうだい。ところで陽太くんは新しいお母さんとうまくやれてる?」


「え? ああ、まあ。もう新しいって感じもしないですけど。お陰様で、仲良くやっています」


 鮎川先生が陽太くんの家庭のことを尋ねる。一人一人の生徒の事情をそこまで覚えているなんて、と感心させられた。


「そう。それならよかったわ。葉月ちゃんも、心労が絶えないと思うけど、あまり根詰めすぎずにたまにはリフレッシュするのよ」


「……はい。お気遣いありがとうございます」


 この中で唯一、日葵の家族である葉月に先生が声をかけたとき、葉月ちゃんが指先でぎゅっとスカートの裾を握りしめたのを見た。  その一瞬の翳りが、わたしの胸に引っかかった。

 わたしが葉月ちゃんの反応に気を取られている間に、その場はお開きとなった。 


「先生の話聞いてどう思った?」


 小学校からの帰り道に、涼くんがみんなに問いかけた。


「失踪の手がかりになるようなことはなかったかな。でも、日葵がタチアオイの花を何度も描いてたっていうのは新しい発見かも」


 みくりちゃんが答える。


「みくり、お前は六年のとき日葵と同じクラスだったんだろ。日葵が絵を描いてるとこ、見たことなかったのか?」


「うん。たぶん日葵は、みんなが自分たちのことに夢中になって、日葵を見てないときに描いてたんだと思う」


「なるほど。何か訳があるのかな」


「分からない。絵を描いているところは他人に見られたくなかったのかも」


 明るくて元気な日葵ちゃん。

 そんな彼女にも、一人で絵を描いて心を休めたいときがあったのではないかとぼんやり考える。わたしも、内向的な性格をしているから、日葵ちゃんが絵を描いているときの気持ちは想像することができた。


「まあ、収穫ゼロってわけじゃなかったよな。日葵の新しい一面が知れて」


「うん、まあそうだね」


 涼くんとみくりちゃんが頷き合う。さっきからずっと、陽太くんはいつになく黙りこくっている。


「このまま中学まで行けるか?」


「うん、大丈夫」


 夏の暑さがジリジリと背中を焦がしていく。でも、できるだけ早く日葵ちゃんのことを見つけ出したいわたしたちは、その足で通っていた桜田中学校まで向かった。



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