バウンシング・バック①
夜の静寂に携帯端末の振動音が響く。
居場所バレるだろーが!と即ブチ切ろうとして……、着信先を確認するなり応答マークをタップする。
『……ハロー?……ああ!よかった!!電話取ってくれた!!ちょうどアンタの居候先の近くら辺で銃撃があったって、客から聞いてさあ!電話取ったってことは無事ってことだよねぇ?!ねぇ?!』
「無事ではある……、状況は最悪だけどなあ」
機関銃のようにまくしたてるキアラを遮り、ヴィゴは疲れ切った声で端末越しにぼやく。
『どういうこと?!』
「銃撃犯にジャスパーさんと一緒に連れ去られた」
『はあ?!』
「……大声出さないでくれよ。ただでさえ電話の音で気づかれたかもしれねえってのに。今、俺とジャスパーさんは俺らを拉致った連中から逃げてる最中なんだよ。隠れてる場所が見つかっちまったらヤバイ」
『てゆーか、どこにいんの?!あたし、ケーサツ呼ぶから!!』
ヴィゴとジャスパーはまさに今この時、絶体絶命の危機に陥りかけている。
警察に場所を教えたとて、彼らがすぐ出動してくれるとは限らない。仮にすぐ出動したとして、現場に駆けつけるまでにヴィゴたちが無事でいられるか──
『死んだら許さない』
「……はい?」
『何があろうと、どれだけ惨めで苦しい思いしようと、絶対生き抜いてよって。あたしとアンタとの約束で、死んだパパへの償いだってこと!忘れんなバーカ!で、今どこなの?!』
「……マイルズの旧産廃物廃棄場だ……。女一人と、性別はわからんが、たぶん男二人の三人に無理やり廃棄場まで連れていかれた」
『……通報は店の電話からする。通話はそのままにしておいて。じゃあね!』
キアラの声が途切れ、ざわざわと、ほんのかすかな雑音だけが端末越しに聞こえてくる。
隣でキアラとの会話を聞いていたジャスパーは、「警察……、間に合うでしょうか……」と期待より不安の方が勝った顔で問う。
しかも、着信のバイブ音やヴィゴとキアラの通話により、ルビーと始末屋たちが居場所を勘づき始めたようだ。「あの辺から音が聞こえた気がするんだけど!!」と、ルビーの興奮しきった声と三人分の足音が少しずつ近づきつつある、気がした。予想通りとはいえ状況は悪化している。
「……ジャスパーさん、移動しよう。俺たちが隠れている場所が連中に気づかれる前に。今ならまだ、産廃物の影に隠れながら逃げられる。警察が来るまで、警察さえ来ればあとはどうとでもなる……、それまで時間稼ぎで」
「待ってください。ただ逃げ回るだけでは何の解決にもなりません。警察を待つためだとしても……、限界があると思います」
「あ、やっぱり?そう思いますぅ?」
「残念ながら。でも、私に考えがあります。ただ……」
ジャスパーはヴィゴのモッズコート……、というより、モッズコートのポケットをそれとなく見やった。ヴィゴの動きも表情も固まる。
「銃に苦手意識のあるあなたには酷かもしれません」
「……知ってたのか……」
「理由までは聞いていませんが、今度のハウスキーパーは銃への苦手意識が強そうだと」
「じゃあ、何で」
「銃への抵抗がまったくない人の方が逆に怖い気がしました。命を簡単に奪う代物なので」
どこかで銃声が一、二発鳴った。音の方向からして、そんなに遠くはない。
威嚇のために発砲しただけとわかっていても、ヴィゴの肩が大きく震え、両手で耳を塞ぎかけ……、やめる。今は怯えている場合なんかじゃない。
震える両腕を上下に大きく振りかぶる。何度も何度も。
ごくり、喉を大きく鳴らし、声を震わせつつ、ジャスパーに問う。
「……ジャスパーさん。その、『考え』ってやつをさ、ちょいと聞かせてくださいよ」
ジャスパーはひどく躊躇いがちに『考え』をヴィゴに説明していく。
その『考え』は今のヴィゴには到底受け入れがたく、また実行も不可能なものだった。
『無理に決まってる』
でも。だけど。
ジャスパーと共に生き延びるためなら。
無理とか無理じゃない。
やるしかない。それ以外の選択肢など端から用意されていない。
モッズコートのポケットから銃を出し、二十数年ぶりに握りしめる。
相変わらず全身の震えは収まらない。否、収まるどころか、震えは益々激しくなっていく。
片手では震えで落としそうなので、両手で強く握りしめる。
二十数年前の、あの事件以前なら片手で軽々と扱い、一発で目標へ命中させられたのに。
ぶわり、冷や汗がわき、一瞬で全身を湿らせていく。
息も荒く、肩で呼吸を繰り返したくなる。胸の真ん中が息がつまる程締めつけられる。
痛い。苦しい。この場で突っ伏してしまいたい。
気を抜くと膝から崩れ落ちそうなヴィゴを、ジャスパーは不安と気遣いに満ちた目で眺めていた。
『無理ならやっぱりやめましょう』と今にも言い出しそうで、ヴィゴは『無理じゃない。なんとかする』と頭を振って示して見せる。
「……とりあえず、少し、移動、しよう。時間稼ぎ、にも、なる」
左へ、右へ。ふらふらと。
倒れてしまいそうな足取りで。産廃物の山を、奥へ、奥へと、ゆっくり進んでいく。
大いに戸惑いながらも、ジャスパーもヴィゴの後をついていく。
そうする間にも、ルビーと始末屋たちは二人へ徐々に近づきつつある。
銃を手に、ふらふら。
よろめき、時に足元の産廃物につまづき、転びかけ。
それでもヴィゴは歩みを止めない。
時折、ジャスパーがちゃんと後をついてきているか、確認しながら、進む。
本当は、こんなモン、産廃物の中へ放り捨ててしまいたい。
目にするだけでゾッとするのに。忌々しくて、恐ろしくてたまらないのに。
「……さって、と。そろそろ、っすかね……」
ルビーたちの声と気配はかなり近くまできている。
「ジャスパーさん、耳塞いで。俺から少し離れてください」
こくり。ジャスパーが無言で首肯した直後。
ヴィゴは己の足元へ銃口を向けた。




