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いきなり宿無しになる

(1)


 工場夜景の美しさが消えゆく夜明け前。

 一人の中年男が千鳥足で、安アパートのさび付いた階段を上がっていく。

 日焼けによる黄ばみ、経年劣化によるひび割れが目立つ外壁によりかかっては己が住まう、住まわせてもらっている部屋を目指す。


 昨日の日雇い仕事は思っていたより日給が貰えた。ちょっとくらい飲んだってかまわないだろう。

 そう判断し、久々にバーで安酒を堪能したのが悪かった。

 久々に酒を飲んだせいか、トシのせいか。とにかく酔いが回るのが早かった。

 気がついたら、店の外で大いびきかいて寝てしまっていた。


 銃の規制のない大陸国家。発展性のない田舎の地方都市。

 マイルズという名のこの街には、自分のようなその日暮らしも多い。

 何時間も寝こけていたのに、殺されもせず暴行も受けず、金目の物も取られなかったのは奇跡中の奇跡。酔いはまったく覚めてないが、目覚めた瞬間この安アパート目指すのは当然だった。


「なっかなか、挿さんねぇなあ」


 手元がおぼつかなさ過ぎて、鍵がすんなりと鍵穴に入らない。

 片手で頭をわしゃわしゃ掻けば、中途半端に伸びたダークブロンドが更に乱れる。

 鍵と格闘していると、玄関扉の奥から物音と焦った複数の声が聞こえてきた。嫌な予感がすると共にようやく鍵が挿さる。消えない不安はそのままに、意を決して扉を開ける。


 狭い室内に響く二人分の悲鳴。

 廊下と呼ぶには短すぎる廊下の奥。ベッドルームからまさに男が一人飛び出す最中だった。


 男は一応服は着ているものの、慌てて身に着けたのだろう。ネルシャツのボタンの掛け違いが酷い。ズボンのチャックも全開。ベッドのそばで間抜けに佇む女……、中年男の同居人も下着姿。

 酔いなど一瞬で吹き飛んでいった。


 何があったかなど一目瞭然。

 修羅場が始まるかと思われた。しかし。


「あーあ。よーくわかったよ……」


 中年男はめんどくそうにぼやくと。間男を押しやり、強引にベッドルームへ押し入る。

 ちょっと……、抗議の声を上げる女を長身を利用して睨み下ろし、黙らせ。徐にクローゼットからボロボロのスーツケースと衣服数着を引っ張り出した。


「何でなんにも言わないの!」


 スーツケースに衣類を詰め込んでいく中年男に女が問い詰める。


「何とか言ったらどうなの!」

「…………」

「ねえ!ヴィゴったら!」

「言うも何も男連れ込んだ時点で御察しだろ」


 少なすぎる荷物を詰めると、ヴィゴは女へ頭を振って見せ。

 怒りよりもはるかに呆れと諦めが混ざった目で告げる。


「そいつの成り見りゃわかる。少なくとも日雇い暮らしの俺よりまともに稼いでる。甲斐性ある若い男の方がそりゃ断然いいに決まってるよなあ……、いってえ!」


 感慨もなく答えるヴィゴの頬に女の平手が飛んでくる。

 身長差と意外な機敏さで直撃は免れたが、長い爪の先が頬を掠った。


「あんたにはもううんざり!金がない、仕事がないって部屋で一日ゴロゴロする姿見てるとイライラしてくんの!!あんたと同じ空間で息するの耐えらんないんだって!!」


 怒髪天を突く勢いの女に散々罵られても、ヴィゴは正直傷つかなった。

 ここ数カ月の彼女の態度など見ていれば、関係が冷めてきているのを感じ取りつつあったからだ。


「そうか。なら、邪魔者はさっさと失せる。おしあわせにな」

「ちょっと!まだ話は終わってない!!」


 ぎゃんぎゃん喚き散らす元恋人となった女を背に、ヴィゴは颯爽と安アパートを去っていった。








(2)


「……なーんて。かっこつけたはいいけど、これからどうすっかな」


 突然の別れと共に失った住処の代わる移動先は、ネットカフェの一室。

 パソコンのモニターに映るは職業安定所のインターネットサービス。

 定職に就かなければ、安アパートすらロクに借りられない。とにもかくにも職探しが最優先事項。だが。


「くっそ、大体トシと学歴でNGじゃねーか」


 雑にくくったダークブロンドをかきむしる。切羽詰まった時の癖だ。

 そういえば、元恋人はこの癖に対してもいい顔しなかった。

 どうでもいい記憶を振り払い、今後の身の振り方を真剣に考える。


 やっぱり清掃か福祉か。

 タクシードライバーや料理店の厨房係でもいいか。


「ん?厨房だったら……、あいつんとこ働かせてくれねえかな」


 馴染みのダイナー店主の顔が思い浮かんだが、すぐに打ち消す。

 日雇いの手伝いならまだしも、ヴィゴが家賃払って生活できるだけの給料を出せるほど余裕ないかもしれない。

 似たり寄ったりの職種のページを何回も行きつ戻りつしながら、ふと空しくなる。


 清掃や福祉の仕事を貶している訳じゃない。

 立派な仕事だとは重々わかっている。


 それでも。


 俺の人生こんな筈じゃなかった。

 何かをやり遂げるということが、たとえ小さなことであっても、一つもできなかった──



「はいはい。そんなこと言っていいのはせいぜい二十代までだっつの」


 誰に言うでもなくぶつぶつと独り言を漏らし、次のページをマウスでクリックする。

 今度のページは工場勤務や石油発掘などの肉体労働がメインだ。


 肉体労働はなぁ……。四十過ぎるとなかなかきっついんだよと思いながら、すぐに次に進もうとして手を止める。


『運転手募集中。ハウスキーパー兼任できるなら住込み可。家賃もゼロ。』


 たまに紛れている怪しい仕事か?と疑いながらも、一応は募集要項の詳細に目を通してみる。


 給料は悪くない。性別学歴経験不問。注意事項は小学生の子供の相手ができるか。

 ただし、子供が特に()()()()()()方を求む。


「何だ、この矛盾した内容」


 その矛盾している募集内容がやけに心に引っ掛かり、俄然興味が引かれてしまった。

 直接問い合わせも可能なので、明日あたりこの求人について問い合わせてみようと、ヴィゴは決めたのだった。

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― 新着の感想 ―
わくわく!荒んだおじににっこりです!!
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