音が消える前に
祭りの終わりは、風の終わりだった。
町に満ちていた音が、少しずつ静まり返っていく。屋台の灯りが一つ、また一つと消え、提灯は風に揺れながら、まるで眠りに落ちるように光をやわらげていく。
星音の風も、次第に弱まり、最後の風鈴の音が夜空に吸い込まれていった。
「なんだか、夢みたいだったね」
リノアは、神社の階段に腰を下ろしながらつぶやいた。
隣には、同じように座るカイルがいる。二人の肩が、少しだけ触れていた。
「夢だったとしても、俺は忘れないよ」
「……うん、私も」
風が止まり、町が本当に静かになると、不思議な寂しさが胸に広がった。
あの賑やかで、あふれそうだった気持ちも、まるで潮が引くように落ち着いていく。
でも、それは冷たさではなく、あたたかい余韻だった。
「来年も、来てくれる?」
リノアがそう尋ねると、カイルはほんの少しだけ驚いた顔をしてから、笑った。
「……毎年来るって、決めたよ。君がここにいる限り」
「ずるい。そう言われたら、もうここから離れられないじゃない」
「それが狙いだよ」
リノアは苦笑しながら、指先で夜空をなぞった。
神社の境内に吊るされた風鈴が、最後の余韻のように、かすかに鳴った。
音はもう、風に乗ってどこか遠くへ行ったけれど、気持ちは胸の中に残っていた。
(あのとき、もし伝えなかったら……)
(私は、こんな夜を知らなかった)
告白は、奇跡なんかじゃない。
自分の中にある小さな決意を、そっと外に出すだけのこと。
それだけで、世界は少し、変わってくれる。
リノアはそっと立ち上がる。
「帰ろっか、カイル。風の鳴る方へ」
彼はうなずき、リノアの手を取った。
指先が触れあった瞬間、もう一度だけ、風鈴が鳴った気がした。
誰にも聞こえない、小さな音。
それはきっと、これから始まる二人のための——風の音だった。