第六話 義兄と始まる新生活(後)
古峰家のある西東市。その市内の公立高校、県立西東南高等学校。それが古峰睦希と晃誠の通う高校だ。
市の外れ、丘陵部にある学校敷地は戦国時代の山城の縄張り跡を利用したという話で、曲輪のように段差のある施設配置と、地方の郊外ゆえの広い設備が特徴である。
市内では二番手にあたる、数字だけ見るならせいぜい中の上程度の公立高校だが、地元においてはそこそこのレベルという扱いで、生徒達は比較的おっとりした子たちが集まっている。――このあたり、絶対数でも交通インフラ的にも選択肢の限られる、地方の高校事情や価値観というのは東京のような大都市圏とはだいぶ異なる。
行動の前に損得の勘定も後先の想像もできる程度の知性と理性があり、時に羽目を外すのもどこまでなら許されるかのラインを自分達で慎重に測れる。だから教師達も校則についてあまりうるさくは言わない。そういう信頼関係に基づいた自由が、伝統的に築かれてきた校風だ。
そんな中でも例外や外れ値というのはやはりどこにでもあり、義兄――古峰晃誠は見た目通りちょっと目立つ存在であった。あまり良くはない意味で。
「そうだ。私、同じ時間の電車使う友達と待ち合わせしてるんで」
最寄り駅の日比木台駅に着いたところで睦希がそう言うと、晃誠が頷く。
「じゃあ、ホームまでだな」
「すみませんなんか」
「いや、そもそもどっかで離れないと悪目立ちするだろうし」
苦笑する晃誠。
確かにわざわざ登校時間をずらすようなことをするのも抵抗があるのだが、だからといって並んで校門をくぐるというのも目立つだろう。それもこの義兄が相手では。
改札を抜けてホームに上がると、睦希は待ち合わせている号車番号の位置の見当をつけながら先頭側に向かう。
振り返って胸元で小さく手を振ると、義兄も軽く手を挙げてくれた。
このあたりで動線の中心になっている県都方面とは逆方向ということもあってか、電車内は席こそ完全に埋まってはいるものの、友人を探してその隣に移動する程度の余裕はあった。
「おはよう睦希」
「おっはよう」
出入り口近く、淡い桜色のカーディガン姿の友人を見つけ、肩を並べて立つ。
「何そのピンク、めっちゃ可愛いんだけど」
「一目惚れしてこの日のために買いました。睦希のだっていい色じゃん」
「制服が茶系だから合わせようと思って」
ベストやカーディガンに関しては、「常識の範囲内で」色などの指定による制限はなく、それについては睦希も若干気分が上がったものだった。
「で、どうですか新生活は。生の声で聞きたい」
「えええ……いきなり突っ込んでくる……」
「入学早々に名字が変わったわけだし、覚悟はしてるでしょ」
「まあね。他にも何人かにはもう事情も話してあるし……」
自分だって他人事だったら「この創作のヒロインみたいな境遇の女は……?」と気になるだろう。常識的判断でそこまで口には出さないにしても。
「上手くやってる……と思うよ。みんな友好的だし」
例えば食事はできるだけ一家揃ってするようにし、継父もたまに母に肩をつつかれるように会話に参加している。慣れないこともあるけれど、誰も無理はしていない……はずだ。
そもそも母のこの再婚に関して、睦希にだって下心はあったのだ。
今のところは県内の国公立大学を考えているが、結局どこに行くにせよ四年制大学にゆとりをもって通いたいと考えれば、お金の計画というものは避けて通れない。もちろん奨学金というものもあるし、考慮に入れてはいるが、それはそれだ。
(貯金してくれてるって言ってたけど、職場が倒産じゃあね……)
母の心や幸福について想う気持ちも嘘ではないが、自分の人生に関して現実的な視点も持たざるを得ないわけで。経済的に余裕のある相手との再婚というのは、睦希としても渡りに船ではあった。
だから自分も「古峰家」を構築する作業に参加することに否やはないのだ。
皆がそう努めているなら、なおさら自分だけ避けるわけにもいかないだろう。
「で、どうなの古峰先輩って」
「先輩だなんて照れるじゃん。何でも聞いてくれたまえよ」
「あんたじゃねーし。でももうあんたも古峰なのか、そうか」
「ホームまで一緒だったし、この電車のどっかにいるよ」
「マジか……連れてきて紹介してくれればよかったのに」
「いや連れてきたら絶対びびってひいたよね」
「それはそう」
(どうって言われてもねえ)
初対面の時は無愛想で威圧感もあった、不機嫌そうで怖かった。が、次に会った時からはそんなこともなく、ただこちらとの距離を測りかねているだけの同年代の少年だった。
話せば意外と気さくだし、親切でもある。
「今はまだ話題を探りさぐり会話してるところだし……いい人だと思うよ。クラスの男子よりかはよっぽどちゃんとしてる感じ。一緒に家の手伝いとかしたりするしね。家の雰囲気作りに一番協力的かもしれない」
「へぇ、意外。……学校では一人でいるらしいから、外で遊んでるもんかと」
それは睦希も感じていた。四月の間、学校で何度か見かけることはあったがいつも一人で行動しているようで、なんだか家でのイメージとはだいぶ違う。
「別に夜遊びとかしてる気配はないねぇ。コンビニのバイトで、ちょっと遅い日もあるくらいで」
「ほう、ほう」
(あれ? いいのかなこれ)
義兄のプライバシーというものについて考える。
なんだかんだ目立つ男子の先輩だ。ただし学校での評判は、はっきり言ってネガティブなものも多い。無愛想で何を考えているのかわからないため、生理的にダメという女子もいる。
だが、ルックス的には精悍で目鼻立ちも整っている方だし、長身やスタイルの良さもあってそこは女子の目を引くことだろう。見た目に反して少なくとも女子には無害なようでもあり、いわゆる『観賞用』にはちょうどいいといえばいいタイプか。
ただの興味本位にしか過ぎずとも、彼の情報は一部の女子間ではそこそこ需要がありそうだ。そして、それはうまく使えばこれからの睦希の、学校生活におけるQOL向上に寄与してくれるかもしれない。
だからと言って義兄を売るような真似はいかがなものだろうか? 自分に問いかける。
「ファッションや小物はあんまり不良っぽい印象の物は見ないね。服の好みはあまり華やかでないシックな感じ。全体的に暗めのグレイッシュ傾向かな。まだなんとも言えないけど、どうもクマさん柄が好きっぽいところある」
と、積極的に義兄を売っていくことにした。
(大丈夫! 悪いこと言うわけじゃないし、むしろネガティブなイメージの払拭にも繋がるはず! 私だって義兄が何故かいつまでも学校で腫れ物みたいな扱いなのは、あんまりいい気分じゃないし!)
「クマさんねえ……」
「話してみたら一発でわかると思うんだけどね、別に普通の人だって。あと、わりと茶目っ気も――くっ、ふっ!」
今朝の一幕を思い出し、そこで思わず吹き出してしまった。
「そっ……うだね――あと、実はちょっと、せっ、セクシー……かもぉ……っ?」
「どっ、どうしたの睦希」
シート脇のポールを握りしめ、額を押し当てた姿勢で笑いの発作に耐えようとする。
当惑する友人に介抱されながら、睦希はしばらく身を震わせ続けた。
学校であの義兄に話しかけたら、どんな顔をするだろうか。そんな度胸はないが、クラスまで赴いて声をかけてみるとか。
(「お義兄ちゃん」とか――?)
たぶん怒ったりはしない。それは確信できる。
気が付けば結構、この生活の先を期待している自分がいた。




