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第五話 義兄と始まる新生活(前)

 ゴールデンウィーク明けの朝、休みボケで少しだけ寝坊した古峰睦希はその光景に新鮮な驚きを覚えていた。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


 数日前に家族になったばかりの義兄、古峰晃誠が洗面台の前でひげを剃りながら、ちらと振り返って睦希の挨拶に応えた。


 ブルーグレーの地にぬいぐるみ風のクマ柄が散ったパジャマを、今は上だけ脱いでTシャツ姿だ。

 たくましさはあるが、ムキムキの筋肉質というよりもしっかりとした骨格によるボリュームを感じさせる。細マッチョというやつだろうか。


 初日こそ隣室の義兄に衣擦れの音でも聞こえやしないかと緊張し、パジャマで部屋の外に出るのもはばかられる気分だったが、いつまでもそんなことは言っていられない。睦希もラベンダーのパジャマ姿である。


 音に関してはお互い様でもあるので思い切って相談し検証したところ、生活音や電話で話すくらいの声ならほとんど漏れない程度には防音が効いていたので、そこは安心した。


 長身を若干縮こまらせるようにして鏡を覗き込んでいる義兄をぼんやり眺めていると、鏡越しに目が合う。


「あー、ごめん。すぐ終わらせるから」

「いえ、それは大丈夫なんですけど――ひげ、もう剃ってるんですね」


 えっ、と一瞬止まり、一拍おいてから晃誠は苦笑した。


「まあそりゃ高校生にもなればね。そろそろ睦希ちゃんの同級生にも顎ヒゲ生やすようなのはいるんじゃない?」

「うーん。学校でもひげ生やしてる上級生は確かに見ましたけど、こうして身近で晃誠さんが剃ってるのを見るとこう……ちょっとショック? ……が」

「ええ……」


 睦希は顔の前で手をぶんぶんと振る。


「やっ、悪い意味じゃないんです! その……実父と暮らしてた小さい頃の記憶もあまりないから、男の人のそういうのを目の前で見るのも初めてだったりというか」

「ひげはともかく、女子の方が男より先に顔のうぶ毛とかムダ毛の処理を始めるものじゃないの? それこそ男の俺にはよくわからないけど」

「ブブー。そういうこと聞く人はポイントマイナスです」

「マジかよ……」


 顔をしかめ、再びT字カミソリを顔にあてる晃誠。

 なんだかホームドラマの一幕のようで、睦希は少し浮き立つものを感じた。


「――見ててもいいですか? もう見てますけど」

「いいけど、そんな見て楽しいようなものでもないでしょ」


 晃誠は首筋をそらしてカミソリを当てた格好でふっと振り返り、にやっと笑って軽く流し目を送ってきた。


「なに? 実はちょっとセクシーな感じだったりする?」


 睦希は一瞬固まり――次の瞬間盛大に吹き出してしまう。


「せっ、せくしーって!」


 不意のタイミングで思いもよらない角度から笑いのツボを痛打され、睦希は耐えきれず体を折って咳き込むように笑い転げた。


「そんなウケることある……?」


 身をよじる睦希を、途方に暮れた困惑顔で晃誠が見下ろしてくる。


「――っ、はーぁ」


 笑いの衝動が収まってきたのを確認しつつ、体を起こして深呼吸。くっ、と体がまだ笑いの余韻に痙攣する。


「お、おう……意外と笑い上戸だな睦希ちゃん……」

「ふっ、不意打ち過ぎて……もう」


 そう言って睦希は目尻ににじんだ涙を拭った。




 急いで身だしなみを整え、朝食や朝の支度を終えてブラウスの上に明るいキャメルのカーディガンを羽織ると、睦希は晃誠に声をかける。


「晃誠さん、一緒に出ますよね?」

「ああ、うん。そうしようか」


 朝夕は電車の本数も増えるとはいえ、大都市と違って数分に一本とかいう話でもない。同じ家から同じ学校に通う以上、丁度いいタイミングは限られる。わざわざずらすのもおかしな話だろう。


「そっか、合服か」


 睦希の格好を見てそう呟いた晃誠は、濃いブラウンのシングルブレザー姿だった。ジャケットの前裾を撫で下ろし、「まあいいか」と一人納得している。


「うちの学校、男子はノーネクタイってなんかずるくないですか?」


 睦希は胸元のリボンを弄りながら、シャツの立襟を着崩した晃誠を恨みがましく見上げる。


 二人の通う高校は男女ともブレザー制服。女子はごく普通のブラウスにリボンかネクタイの自由選択だが、男子はスタンドカラーシャツでノーネクタイという珍しいスタイルだ。夏服も男子は半袖の開襟シャツなので、やはりネクタイはない。


 ただし夏はポロシャツも可であり、その場合のみ女子もリボンやネクタイを回避できた。


「俺に言われてもな……。女子のスラックス選択とかはあちこちで話題になってるから、うちもそのうち何か変えるのかもしれないけど。ただ、うちは今の制服自体、今世紀に入ってデザインを新しくしたものばっかりらしいからどうだろ」


 シャツの襟をつんつん引っ張りながら晃誠が言う。と、そこに睦美が顔を出した。


「二人とも、時間は大丈夫?」

「あっ、やばっ」

「出ようか」


 玄関に置いていたバッグを肩にかけ、二人は「いってきます」と慌ただしく家を出た。

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