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第三話 義妹と始まる新生活

 朝目覚めた晃誠は、いつも通りすぐに部屋を出ようとして思い直し、クマ柄のパジャマを脱いでトレーナーとイージーパンツという部屋着に着替える。

 顔を洗ってダイニングキッチンと続きのリビングを覗くと、睦希がちょこんとソファに座って、コーヒーを飲みながらテレビを眺めていた。


(だらしない格好で家を闊歩する自由は失われたか……)


 パジャマくらい……と思わないでもないが、同居を始めた昨日の今日では、まだ他人が家にいるようなものだ。そのへんはお互い様というか、男の自分が若干息苦しさを覚えるくらいだから女性陣はなおさら気を遣いそうだと感じる。


 一呼吸考えて、義妹がこちらに気付いて振り返る前にと、言い慣れない言葉を絞り出す。


「おはよう」

「おはよう、ございます」


 睦希が振り返ってぺこりと頭を下げる。


(我が家で朝の挨拶なんて何年ぶりだ?)


「あの、(はは)――お母さん達は二人で朝の散歩に出かけてます。昼は外へ行くけど朝はパンでも焼いて食べててくれって……昨夕はピザを食べて、食材の買い物をすっかり忘れてましたからね」

「ああ……そうか」


 あまり自炊などをしてこなかった古峰家の冷蔵庫には何も期待できない。


「二人で朝の散歩ねえ……熟年夫婦みたいだが、親父が女性とどんな話してるのか想像できないな」


 言いながら電気ケトルで湯を沸かし、トースターに食パンをセットする。

 待つ間、ふと何の番組か確認してみようとリビングに歩み寄ると、睦希がこちらを見てきょとんとなった。


(何を……ああ)


 彼女が見ているのは晃誠の耳だった。


 『記憶』に目覚めた一月前から、ロブ(耳たぶ)の左右一つずつを残してピアスを取り去っていたが、塞がりきっていない孔の跡が耳全体にぽつぽつと残っている。

 外出時にはピアスホール用のファンデーションテープにコンシーラーを塗り重ねて隠していたので、この状態を彼女が見るのは初めてだ。


「悪い、朝っぱらから気持ち悪いもの見せたな」

「あっ、いえ、そうじゃなくて……やっぱり初めて会った時はもっとピアスしてたなって……すみません」


 苦笑して耳をしごく晃誠に睦希が頭を下げる。


「あの時はちょっとガラ悪かったかなと思ってさ」


 だいぶ印象の悪い態度をとっていたはずだ。その後何度か会った時は一応愛想も改善したのだが。

 何のわだかまりもない継母や義妹にストレスをかけるのは晃誠も本意ではない。今の自分なら適切に距離を測れるのではないか。


「なんだか気を遣わせたみたいで」

「いや、やめたらやめたで開放感の方が強かったりするんだ、こういうの」


 特にファッション的な信念を持ってやっていたわけでもない。周囲への威嚇や挑発、あるいは父親への当てつけじみた自傷行為という面が強かったことが今なら理解できる。


「耳ってね、けっこう垢がたまる場所だし、沢山つけてると付け外しもメンテも大変なんだよ。服脱ぐ時なんか引っかけないように気を遣うし。こうやって襟元引っ張って広げて頭だけ先に通すとかさ」


 慣れて習慣になっていたようでいて、『もうそんな手間は必要はないんだ』と実感した時の開放感と耳がさっぱり軽くなった感覚は格別のものがあった。


「そういえば友達も似たようなこと言ってました」

「ピアス引っかけて腫れるくらいならいい方だよ。軟骨ピアスはともかく、肉にあけてるホールは裂けて広がることもあるし。拡張ホールがちぎれたり、穴が二つ三つ繋がって耳たぶが二股になった奴もいる」

「うへぇ……」


 きゅっと眉と肩をすくめる睦希。


「顔とか体にもピアスあけてる奴は相当気を遣うし面倒なんじゃねえかな……」

「確かに、顔なんてそのうえに化粧もありますもんね。顔のあちこちにピアスつけてるような、そういう人ほどきっちりメイクしてたりしますし。ピアスはもちろん穴自体も化粧には邪魔になりそうな」


 大きく頷きながらふーんと唸ると、睦希は納得したように続ける。


「なんか……そういう人って一見ちょっと怖いと思ってましたけど、考えてみると実は本人だいぶマメじゃないとできないファッションですよね」

「まあ、神経質とか繊細さんが多いって話も聞くかな。メンタルが沼にはまるとタトゥーなんかもいれたりして」


 睦希は首をかしげて興味深そうに晃誠の顔を見つめた。


「それ、晃誠さんも実はそういうタイプだって話ですか?」

「……ノーコメントで」


 年下の少女にくすくすと笑われ、なんとなくばつが悪くなった晃誠は、話題を少しだけ方向転換する。


「睦希ちゃんもピアスは興味ある方?」

「そうですね、高校入ったらあけてみたいとはぼんやりと考えてました。――あ、もちろん左右一個ずつくらいですよ?」

「うちの学校そういうのうるさくないし、いいかもね。俺のはさすがにやり過ぎで目ぇつけられたりしたけど」


 教師が顔をしかめるだけではなく、一年の一学期は上級生に呼び出されたことも何度かあった。


 不良グループと言えるほどのつるみ(・・・)は存在しない学校だし、ちょっと目立つ下級生を呼び出してどうこう、ということを実行に移すような軽率な生徒はそう何人もいなかったので、極めて小規模なイベントだったが。

 抵抗の結果どうにか痛み分けに持ち込み、「無意味で割に合わない行為」と冷静にさせることには成功して、夏休み明けからはそういうこともなくなった。


 学校では一匹狼の不良――今時恥ずかしいフレーズだが、本人も他に表現の言葉を持たない――としての立場を確立している晃誠だが、何の痛い目も見ず代償も払わずに「人を寄せ付けず、かつ侮られない」ポジションについたわけではないのである。


 トースターの鐘が鳴ったこともあってなんとなく会話が終わり、朝食の支度に集中する。

 バターを塗ったパンを頬張り、コーヒーで胃に流し込んでいると雄大と睦美が帰ってきて、二人っきりだった緊張からは解放された。


(意外と打ち解けられそう……だよな?)


 高校一年の少女に、家にいるのが辛いと思わせるのは心が痛む。


(仕方ねえ)


 ここは絶対に改善するべきところだと晃誠は思った。

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