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A Romantic Irony:女の子××ってそうだったので、生き方を改めることにした。(分割版)  作者: すけ
第三章

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第三十話 なべてことなし

 体育祭も、終われば翌日には何事もなかったようにいつも通りの授業が始まる。違うことと言えば、力尽きてなんとなくだらけた空気を漂わせているクラスメイトがいくらか見受けられることくらいだろうか。運動部の人間でも意外と軽い筋肉痛になっていたりする。


 実行委員とはいえさほど入れ込んでいたつもりのない晃誠も、少し気怠さを感じないでもない。体育祭を避けるように、今日になって降り出した雨のせいもあるだろう。


 体育祭ボケへの薬ということなのか、数学では小テストが行われた。


 「中間テストの正答率が低かったところも期末では出すからな。今回のわからなかったところも合わせて復習しておくように」


 晃誠たちF組の担任でもある数学教師の志摩空美(しまくみ)は、いつものジャージ姿でそう言って教室を出て行った。

 口調も男っぽく、一見すると体育教師にしか見えない彼女だが、正真正銘の数学教師であり競技空手部の顧問でもある。年齢は三十路過ぎで、小学校低学年の子持ち。夫は自営業であるらしい。

 口さがない生徒からは『残念な美人』扱いを受けていた。


「はい、これあげる」


 とん、と目の前の机に何か置かれ、晃誠は自己採点済みの小テストの用紙から顔を上げた。

 いつの間にか横に立っていた蒔絵と視線が合うと、彼女は晃誠の机の上を一瞥で示して席に戻る。といっても、もともとすぐ右隣だが。


 晃誠が机の上を確認すると、にぎりこぶし大のクマの頭部のぬいぐるみが置かれていた。体育祭で『森のくまさん』で使われたものと同じものか。


「お節介料。――うちの余り布で作った試作品だから、遠慮無くとっといて」


 確かに、競技では制服のブレザーとほぼ同じ濃いブラウンだったはずの生地が、これはチェック柄になっていた。とりあえず礼は言っておく。


「知ってる? 『森のくまさん』の元の英語歌詞だと、熊のセリフは、“Why don't you run? I see you ain't got any gun”――『逃げなくてもいいのか? 銃は持ってないんだろ』になるんだよ」

「……なんか洋画のアクション物みたいなセリフだな」


 意図がわからなかったがそう答えて、ぬいぐるみはありがたくバッグにしまう。


「ハードボイルドっぽい熊だよね」


 蒔絵も視線を小テスト用紙に落とすと、軽く頷いてそう言った。


「ねえ、汐見さんちょっといい?」


 蒔絵の前の席の女子生徒が振り向き、遠慮がちに蒔絵に話しかける。丸みをつけた黒髪ショートの女子生徒だ。


「汐見さん、中間で学年トップだったって噂を聞いたんだけど……」

「まあ、一応」


 二年からは選抜コースであるA組とはカリキュラムも別になるので、「一応」は普通コースでは、という注釈を示しているのだろう。


「本当にそうなんだ……ねえちょっとレオち、マジなんだって」

「ほええ、さすが元A組」


 女子生徒が今度は自分の前の席に向かって話しかけると、「レオち」と呼ばれたその女子生徒は、席を立って蒔絵の机にやってきた。


 栗色の切りっぱなしミディアムボブの女子生徒、「レオち」は晃誠にとって名前と顔の一致する数少ない女子の一人だ。


花ヶ前(はながさき)玲音奈(れおな)だったな……)


 クラスの女子の中心的人物というのもあるが、やたらゴージャスな名前とそれに反した地味な塩顔、細長い目が印象深い。それと、一卵性双生児の妹が別クラスにいるらしい。情報過多で逆に記憶に残っていた。


「ごめんなさい。いきなり図々しいお願いなんだけど、ちょっと今の小テストでわからなかったところ聞いていい?」

「いいけど」

「あたしもー!」


 蒔絵が頷くと、前席の女子もテスト用紙を取り出す。


 晃誠はそのあたりで興味を失い、だるい体を机に投げ出して目を閉じた。


「ちょい……ちょおっ。――ねえっ」

「おふっ」


 だしぬけに右脇腹を細い棒のようなもので突かれ、晃誠は奇声をあげて身を震わせる。

 脇腹を押さえて右に向き直ると、蒔絵が椅子に座ったまま身を乗り出し、シャーペンの尻をこちらにつきつけていた。玲於奈ともう一人の女子生徒は、驚いたように――驚いたのだろうが――固まっている。


「何すんだいきなり」


 低い声で唸るように抗議すると、蒔絵は平然とした顔で「どっちか受け持ってくれない? 休み時間中に二人はきついから」と告げてきた。

 蒔絵が二人から預かっていたテスト用紙のうち、片方を受け取る。名前欄を見ると玲音奈のものだ。


 晃誠は呆然としている女子生徒二人を見やると、自分も一度机にしまったテスト用紙を取り出した。


「大丈夫よ、別に噛んだりしないし。この人、一年の時は国語と数学の成績はA組含めても上位だったらしいから」


(――なんで知ってんだ)


「マジで? 頭良かったんだ……」


 ショートヘアの方が呟く。


「ん」


 晃誠はテスト用紙を机の横側に向けて並べ、玲音奈を促す。


「レオち……」

「大丈夫、ヨリちゃんは汐見さんに見てもらってて」


 そう言って、玲音奈は自分の席から椅子を引いてきて、晃誠の机の脇に座った。


「どこを教えて欲しいって?」

「ここ、図形と方程式のやつ」


 晃誠は自分の用紙の解法を指で示しつつ、相手の顔を確認しながら要点を一つ一つできるだけ丁寧に説明していく。


 一通り説明したあと、「裏面使っていいか?」と許可をとってから、玲音奈のテスト用紙の裏に即興で作った例題を書き込む。

 盲目的にただ判別式を当てはめようとしているだけだと混乱するだろうが、ちゃんと理解していればさほど労なく解ける問題だ。


 中学の頃から、晃誠は人に勉強を教える時には、必ずこうした理解力と読解力が必要なタイプの「軽い引っかけ問題」的なものを出して相手の理解度をはかった。公式の類を丸暗記して当てはめているだけでは躓くようなやり方だ。


 果たして、玲音奈はひっかかることなくあっさりと問題を解いた。


「――はい、良くできました」


 テスト用紙を玲音奈に返却しながら、晃誠は労うようにふっと笑みを浮かべた。


「……は?」


 玲音奈がぽかんと口をあけて、こちらの顔を凝視してくる。蒔絵と向かい合わせになって説明を受けながら、それでもこちらをチラチラとうかがっていたショートヘアの女子生徒――ヨリちゃんとやらも。


 そこでようやく晃誠は自分がどんな表情をしているか気付いた。慌てていつもの仏頂面を作る。


「いや、今のは間違いだ」

「何が!?」


 びし、と右手で宙を払うように玲音奈がツッコミを入れた。

 近くの席からの視線も集まり、途端に晃誠にとって居心地の悪い空気が生まれる。


「古峰くん、カメラが回ってないところじゃキャラ作ってないタイプなんだもんね?」


 面白がるような、笑みを含んだ声に視線を転じると、蒔絵が机に片ひじをつき、ニヤニヤとこちらを眺めていた。


「実行委員を決める時はみんな忘れてたみたいだけど、私、図書委員もやってるの。で、一年A組の図書委員に古峰睦希ちゃんって子がいるのね。カウンター当番で同じ組になったりもするんだけど、私と同じクラスだって言う義理のお兄さんのこととか、ちょっと話をすることがあって――古峰晃誠っていう男子なんだけど」


 愕然とする晃誠を満足げな笑顔で見つめ、蒔絵が続ける。


義妹(いもうと)さんのお勉強みた時の気分になっちゃった?」


(睦希ちゃん何を話してんだ……)


 さっと体が冷える感覚と同時に、嫌な汗が吹き出してきた。


「お継母(かあ)さんと睦希ちゃんと三人で仲良く作ったケーキ、美味しかった? ハンドミキサーが故障してて、古峰くんが一生懸命ホイップしたんだよね」

「お前な――」


 蒔絵はぐっと身を乗り出し、ささやくように言う。


「ね、『俺ってセクシー』って、言って?」


 晃誠は頭を抱えて喉の奥で呻いた。この場を逃げ出すわけにもいかず、赤面も止められなかったので。


「お前――そういう性格だったのかよ……」



 ◇◆◇◆◇◆◇



「えー、それあたしも見てみたかったんだけど」


 昼休み、晃誠の隠れ家的存在となっている空き教室には、二人の少女の姿があった。

 空きスペースに引っ張り出した机には、今は魅恋と蒔絵が向かい合っている。晃誠は窓際の長椅子で膝の上に弁当を広げていた。


 晃誠は一人でも常にここで食べているが、二人は二日に一度くらいのペースで顔を出し、毎日来ているわけではなかった。示し合わせて決めているようで、今日など蒔絵は玲音奈たちに誘われていたが、先約があると言って明日の約束をしていた。


(意外とあれから常にべったりってわけでもないみたいなんだよな……。まあクラスも違えばスマホもあるし、そんなもんか)


 小学生の頃とは違うということだろう。


 晃誠が二人を二人を眺めていると、視線を感じたのか魅恋もこちらを見た。


「ねえ、拗ねてないで晃誠もこっち来なって」

「別に拗ねてねえよ。お前らの間に挟まるつもりがないだけだ」


 そう言って黙々と弁当に集中しようとする。


「まきちゃん、やり過ぎたんじゃない?」

「お節介のお返しをしておくつもりだったんだけど、いきなりチャンスがきたから、ついね。――それに、勿体ないって言ってた人もいたし」

「勿体ないって何がだよ……」

「あー、なんかわかるかも」


 くすくすと笑う二人に、晃誠は抗議の声をあげる。


「あのなぁ。別に恩に着せようと思って焼いたお節介じゃねえけど、きっかけ作ってやったんだから、もう少し普通に感謝だけして済ませらんねえのかよ」

「なぁに言ってんの」


 魅恋がちっちっと舌を鳴らしながら、顔の前で人差し指を左右に振った。


「あたし達の友情を舐めないで欲しいわね。まあ、おかげで少し早まったとはいえ、仲を取り戻すのは時間の問題だったに決まってるんだし」

「言っておくけど、もちろん感謝はしてるのよ」


 蒔絵もすました顔で頷く。


(いや、多分そうはならなかった可能性があったはずなんだけどな)


 この世界が晃誠の『記憶』通りに推移したのなら、二人ともろくな目に遭わなかったはずだ。

 しかし、互いの弁当を挟んでじゃれあう二人を見ていると、こちらの方が自然な流れだったような気もしないでもない。――なんとなく場違いな自分の存在を除けば。


(とりあえず、こいつらが今さら『記憶』の内容通りになることはなさそうだな……)


 晃誠は軽く体をねじって振り返り、窓の外、雨のしとしと降り続ける暗い空を見上げた。

 視線を下げると、窓には教室の中、弁当を食べながらお喋りする魅恋と蒔絵が映り込んでいる。


「何か見えるの、古峰くん?」

「青春」


 こちらの様子に気付いた蒔絵の問いにガラスの反射越しにそう答えると、魅恋がお茶を吹き出して咳き込んだ。

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