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A Romantic Irony:女の子××ってそうだったので、生き方を改めることにした。(分割版)  作者: すけ
第三章

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第二十八話 汐見蒔絵(後)

 中学生になった蒔絵はまず毎週の予定と学習計画を立て、父に提出して許可をもらうことが義務づけられた。甘くすれば許可が出ずにやり直しだし、厳しくしすぎれば達成できない。

 その通りにできなければ父による詰問が待っている。

 父は体罰を嫌悪しており、暴力を振るわれることはないし、滅多なことでは怒鳴られることもない。ひたすら「何故?」をつきつけられ、どうしてできなかったのか、具体的に言語化して説明させられるだけだ。場合によっては「反省文」として提出させられる。


「目標がなければ人間はどこまでも怠惰になる。夢を持たない人生は生きているとは言えない」


 父は目標や将来の夢を紙に書いて部屋に張り出すことを義務づけた。

 将来なりたいものなど具体的には思いつかなかったが、両親と同じように教師を目指すと言えば父は喜んだので、蒔絵はそうした。


「何をやるにもどこへ行くにもコミュニケーション能力が大事だ。仲間や友人を作れないというのは人間として欠陥があることの証明だ」


 部活動で仲間を作り、世界を広げることを父は義務づけた。

 兄は男だからと運動部に入れさせられたが、蒔絵にはそこまで言わなかった。せめて自分の好きなものをと選んだ手芸部では、人間関係に悩むことになった。


 蒔絵の成績は学校の中では常にトップクラスではあったが、その程度では父の期待や兄にはほど遠い。

 父は怒鳴りこそしないが、代わりに何があっても褒めるということもしない。眉をしかめられ、間違いや努力不足を滔々と追及されると胸の底がずんと重くなり、苦しくなった。

 やらなければ、という気持ちとは裏腹に、勉強への意欲は下がっていき、内容は頭を素通りしてただ機械的にノートに書き付けるばかりの作業となる。


 得体の知れない不安とないまぜになった焦燥感や、うまくいかない物事へのいらだちに苛まれ、それを押し殺すため、知らず知らずシャーペンを手の甲に突き立てる癖がついた。芯の刺し痕が残るので、どうしてもと言うときは針や目打ちで刺すことにした。

 自傷という行為の名前くらいは知っており、恥ずかしくてうしろめたくて、家族にも気付かれないように努めた。


 父の歓心を買うため、友人を得るため、蒔絵は常に何かに飢えているのに、義務や代償として何かを差し出すばかりで、心は次第に痩せ細っていく。

 離れても一番の親友だった魅恋に泣き言を言いたくなることが多かったが、重いと思われるのが嫌で、自分からの連絡を躊躇してしまう。そのうちに、魅恋からの連絡もけっきょく途絶えてしまった。


 高校選びは難航した末、少々背伸びして県都にある私立の進学校を本命とした。だが、当日は緊張から微熱を出し、試験は受けたが合格には届かず終わった。


 結局、偏差値でずっと落ちるものの、選抜クラスもあり、受ければ受かる滑り止めとして選んだ近くの公立高校――西東南高校に通うことになる。

 父はため息をついていた。


 高校の入学式では様変わりした親友の姿を見て仰天し、話しかけようか迷う間もなく翌日には交通事故で入院することになる。

 両親はもちろん、兄も東京から駆けつけてきた。


「このタイミングで事故など、受験もそうだがその歳でどこまで要領が悪いんだ」


 呆れたように言った父親の言葉に、傍にいた母と兄の顔つきが変わったのを思い出せる。


 受験の失敗が原因なのか、事故と入院による遅れが致命的だったのか、父は蒔絵を見限り、関心を失ったようだった。

 今まで通りに予定は確認するものの、どこか作業的で熱のない、どうでもよさそうな指導に終始した。


 この頃にはもう、蒔絵にも父は自分達を思っているのではなく、ただ自分の理想を体現する人形として支配下に置いていただけなのだと、蒔絵も気付いていた。自分がもうその人形として「失格」なことにも。


 勉強の遅れを取り戻すには一夏かかったが、追いついてしまえば今の高校で上位を維持するのは蒔絵にとってそう難しいことではない。ただ、もう決定的に気持ちが枯れてしまっていた。


 大学四年の兄は東京では就職せず、地方公務員上級試験を受けて県庁の行政職員としてこちらに戻ってくるのを決めていた。

 父は息子には大都市で活躍してもらいたいと思っていたようだが、「地元に貢献したい」と語る姿に、満更でもない顔をしていた。


 一年の三学期、蒔絵は家族に彼女なりの重大な主張をした。父母はもちろん、卒業も内定も決まって時間に余裕ができ、実家に顔を出すことの増えた兄も一緒だ。


 選抜クラスを抜け、大学も自分で好きなところを選びたいと告げると、父は兄の方を一瞥し、今までの言葉を覆すかのようにあっさりと受け容れた。


「――人間は誰しも向き不向きがある、大学受験ばかりが人生じゃない」


 ――『お前には裏切られたよ、私の人形失格だ』。もはや娘に興味を失った、乾いた父の目がそう語っていた。


「だが、思うようにいかないからといって投げ出すのは逃げだ。それを悪びれもせず、苦労をかけた親に頭を下げもせずになんだその態度は。恥というものを知らないのか」


 瞬間、頭に血がのぼり、蒔絵は思わず叫んだ。


「今さらぁっ! 立派な人間を育てたきゃ、あんた自身をそう育てろよ。負け犬!」


 一瞬あっけにとられ、次の瞬間に激昂した父の手が蒔絵の頬を打った。

 床に倒れて泣き出した蒔絵を、呆然と見下ろす父。自分のやったことが信じられないのか、娘の罵倒が信じられないのか、ぽかんと表情を失っていた父の胸ぐらを、兄がつかみ上げた。


 はっきり記憶が残っているのはここまでで、後は母から聞いた説明が全てだ。


 母と兄は以前から父のやり方に不満を持っていて、たびたび意見し、衝突もしたが取り合ってもらえなかったこと。

 兄が地元に職を求めた動機は表向きのものも嘘ではないが、家族のことを気にかけた面もあったという。県庁のある隣市にマンションでも借りれば、いざというとき蒔絵の避難先(シェルター)としても使えるのではないかと考えていたらしかった。


 その上で、母も兄も父と本格的に対決することも視野にいれており、今回のことがきっかけになったという。


 母には「遅くなってごめんなさい」と何度も謝られた。

 父は「自分には家族を苦しめる意図はない。全ては子供を思ってのことで、そんなつもりでやったわけではない」と、言い訳と自己弁護に終始し、ついぞ謝罪の言葉を聞くことはなかった。


 離婚や別居の話も出たが、ひとまず見送り、可能な限り関係の再構築を図る――それが結論だった。


 蒔絵には救われたとか解放されたとかいう、清々しい気持ちはなかった。

 兄と母のやり方は何かだまし討ちのようで気分がよくなかったし、兄にはまざまざと差を見せつけられた。


 兄は父の期待に見事に応えきった上で、はっきりと自分から「否」を叩きつけ、さらには母と妹の助けになることも考えて動いていたのだ。

 期待に応えることも、自身で主張することもできず、母の立場にも思い至らなかった自分とは違う――蒔絵はその日、自分の惨めさに泣いた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 晃誠が出て行き、二人きりになった空き教室に沈黙が落ちる。


 蒔絵もある程度は予感や予想はしていた。そもそも晃誠にあんな話をした時点で、何も動きがなかったらむしろ孤独感と哀しみはより深くなっただろう。


 だから表面だけでも気を取り直し、魅恋に向かい合って重たい口を開いた。


「こうして話すのは久しぶりだね、魅恋ちゃん」

「……きちんと話そうと思って、まきちゃんと」


 魅恋は蒔絵の近くまで進むと、晃誠の座っていた椅子に腰をおろす。

 蒔絵は手元の玉に視線を落として、それを弄んだ。


「今さら……三年間近くも音沙汰なかったのに」

「ごめん。だってさ、言えなかったんだよ。言えるわけないじゃん、母親が変な男に捕まってそいつに色目使われてますとか、男作ったら殴られましたとか。そんなのドン引きでしょ……。まきちゃんにそんな風に思われるの嫌だったから。それどころじゃなくて手芸もやめちゃって、なんかまきちゃんを裏切ったみたいな気分もあってさ」

「それでも、聞きたかった。声が聞きたかったよう……。入学式で見た時も、魅恋ちゃんは変わってて、私だけ置いてけぼりになったみたいで……」


 みっともないことを言っているのはわかっている。じんと目頭が熱くなった。玉を持ったままの手の甲で目を擦り、昂ぶる気持ちを抑える。


「あたしは何も変わってないし、変われてないよ。でもさ、まきちゃんだって連絡くれなかったじゃん。あたしも待ってたんだよ?」


 魅恋も泣き笑いの表情を見せた。


「私だって一緒だよ。何もかもうまくいってなくて、泣き言ばっかりになりそうで……愚痴しか言えなくて魅恋ちゃんに嫌われたくなかった」

「本当に辛い思いをしてる友達を嫌ったりするわけないじゃん。むしろ聞きたかったよ、苦しいことあったら。そういう一番の友達だって――おかしいよね、自分でもそう思ってたのに」

「私だってそうだもん……!」

「じゃあ聞かせてよ、私も話すから」


 二人の三年間のすれ違いのすり合わせは、閉門時間まででは足りなかった。

 その日、二人の通話は夜遅くまで続いた。




 ―――――――――――――――




 ... peut à bien des égards s’appliquer à tous les autres devoirs, qu’on ne prescrit aux enfans qu’en les leur rendant non-seulement haïssables, mais impraticables.

 Pour paroître leur prêcher la vertu, on leur fait aimer tous les vices : on les leur donne, en leur défendant de les avoir.

 Veut-on les rendre pieux ? on les mene s’ennuyer à l’Église ; en leur faisant incessamment marmoter des prieres, on les force d’aspirer au bonheur de ne plus prier Dieu.

 —— Jean-Jacques Rousseau, Émile, ou De l’éducation


 ……こうした義務が子供たちに課されると、それは彼らにとって憎むべきものとなり、さらには実行不可能なものにさえなってしまう。

 美徳を説いているつもりが、実際にはすべての悪徳を愛させ、禁じることでかえってそれを与えることとなる。

 子供たちを敬虔にさせようとして教会に連れて行っては退屈させ、ひたすら祈りの言葉を繰り返させることによって、もう祈らなくてもよい幸せな時間を待ち望むようにさせてしまうのだ。

 (ジャン・ジャック・ルソー 『エミール、または教育について』)

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