第二十五話 森のくまさん
「これで一通り決定しましたかね……」
その日の放課後は会議室がちょうど空いていたため、晃誠たち体育祭実行委員はそこに集まり、アンケート結果を元に会議を行っていた。
黒板には『不惜身命、但惜身命』のスローガン、赤白青の三組の組分け、各種競技と参加学年・性別が書かれている。
「いやスローガンこれでいいん? 蒸し返すのあれだけど、なんかカタくない?」
「これ全校のやつだし、自由でかっこいいやつは応援団が組ごとに決めてるでしょ」
「競技の用具チェックは体育委員だよね?」
「ああはいはい、発言は手を上げてお願いしまーす」
晃誠の認識するところのおでこ先輩――玉城が手を叩いて静かにさせた。
「用具はないやつや壊れてたりするのは作ったり直したり、場合によっては買う必要も出てくるから、体育委員にも確認してもらって、それは次だね。そしたらその時に係の分担も決めます」
そう言って黒板のリストを確認する。
「新競技は……たぶん用具ないよね。鬼ごっこ玉入れ『森のくまさん』は、玉入れの玉はあるはずだけど、背負いカゴと高得点の玉は用意しなきゃならないだろうし。借り人競争の『人借り行こうぜ』もお題決めてからそれ次第で念のため用意しとくものもありそうかな」
玉入れの類はいくつか改案があり、それらを合成した形になった。
基本は鬼ごっこ玉入れだ。逃げ回る他チームの鬼役が背負ったカゴに玉を投げ入れ、今回の場合は一番ポイント=入れられた玉の数が少ないチームが勝ち。
女子競技なのだが、鬼達が玉の集中砲火を受けることは確実なので、その役だけ男子にやらせることになった。ただし、女装して。
(ハラスメント案件じゃあるまいかと思ったが、まあお祭りだしな)
また、高得点の玉を少数用意する。それには手のひらサイズのクマのぬいぐるみを計画していた。
計画通りに行けば、女装してカゴを背負った男子生徒を、女子生徒の集団が追いかけ回し、玉(稀にクマのぬいぐるみ)を投げつけるシュールな絵面になるはずだ。
女子競技であるので、男子生徒の女装は運動能力を下げるハンデも兼ねる。計画案では赤白青各組の色をしたワンピースかエプロンドレスになっていた。
そんな集団が三組グラウンドを駆け回ることになる。
(お嬢さん、お逃げなさいってか)
クマのぬいぐるみには若干興味があったが、まあ関わることはないだろう。
◇◆◇◆◇◆◇
五、六時間目の間の休み時間、二年F組の教室を玉城が尋ねてきて、晃誠と蒔絵は廊下に呼ばれた。
「いやー、古峰くん。今年も実行委員になってくれてお姉さん嬉しいよぉ」
「はあ」
昨年に輪をかけて馴れ馴れしい先輩女子に、気のない返事をすると玉城は軽く晃誠の胸をつついた。
「……ひょっとして私のこと憶えてない?」
「いえ、憶えてますけど」
「じゃあ名前言ってみて」
晃誠は、あー、と右手のひとさし指を立て――へにょりと脱力した。
「――おでこ先輩……」
「そぉい!」
「おうふ」
貫手で脇腹を突かれ、晃誠は思わず気の抜けた声で喘ぐ。
玉城は両手を腰に当てて背をそらした、
「玉城梢子センパイでしょ?」
晃誠はこちらをうかがっていた何人かの同級生がざわつくのを感じながら、突かれた脇腹を押さえ、小柄な少女を困ったように見下ろす。濃いマロンブラウンのショートボブ、そのサイドバングに一筋だけ、ブルーブラックのカラーが入っているのが見えた。
こういう、ほとんど最初から適切な距離感を守ってくれないタイプの相手はやはり苦手だ。邪険に扱いがたい女性であれば特に。
「――あの。私、必要ですか?」
傍で見ていた蒔絵がおずおずと小さく手を上げる。
「ごめんごめん、汐見さん。むしろ用があるのはあなたになの」
玉城は両手を合わせて拝む姿勢をとった。
「あのね、あなたと小中一緒だったっていうあたしの同級生から、汐見さんが昔から手芸が得意だったっていう話を聞いて、ちょっとお願いできないかなっていう。ほら、うちは手芸部とかないからあてもなくて」
(あらら……)
先日の話からすると地雷の話題に属するのではないかと思い、晃誠は蒔絵の方をうかがったが、少なくとも顔には何の反応もなかった。
「――なんでしょう。安請け合いはできないので、お話次第ですけど」
若干声が固い気がするのは気のせいだろうか。
「うん。『森のくまさん』のクマのぬいぐるみなんだけど、ネットや百均でめぼしいのが見つからなくって。可能だったら作ってもらえないかなぁと。その……手足や首がもげちゃう可能性のあるつくりのはやっぱりまずいでしょ。手のひらサイズの小さなやつでいいんだけど」
「ぬいぐるみですか……」
蒔絵は考え込んだ。
「そもそも頭や手足が別パーツだと、そのぶんの型紙も必要になって工程も増えますし、二枚合わせのシンプルなやつでいいですか? 文字通り布を表裏二枚合わせて中綿詰めただけの、クッションみたいなつくりを想像して欲しいんですけど」
「うん大丈夫、というか頑丈であってほしいからシンプルは望むところ。そもそも頭部だけのおまんじゅうみたいなのでも問題ないから。重さは五十グラム前後ってところかな」
「……マズルは別生地で表現して目鼻は刺繍かな……ボタンは取れる可能性あるし、人に当たったら痛いし……。素材は丈夫で洗いやすいものであれば……中綿はペレットよりポリエステルかビーズか……」
蒔絵は口元に右こぶしをもってきて、ぶつぶつと呟く。
「――わかりました、ある程度時間もらえれば作れると思いますけど。別に何十個も必要なわけではないですよね?」
「ううん……十個以上、できれば二十は欲しいかな」
「それでしたら頭部だけのごくごく単純なものあれば、ある程度なんとかなるかと思います。ただ、場合によってはそれにかかりっきりになるかもしれませんけど……」
「クマさんまんじゅう、了解。それでお願いします。仕事の割り当てもなんとかします――材料とか必要なものはまとめて書き出してください」
「はい」
玉城は手帳に何やら書き込み、それを仕舞う。
「それじゃあ、汐見さんには『森のくまさん』の準備係にまわってもらって、そっちに専念してもらえるようにするから。じゃあ二人とも、会議で」
晃誠と蒔絵に微笑みかけ、玉城は去って行った。
「……いいのか?」
教室の中に戻りながら晃誠が尋ねると、蒔絵は軽く肩をすくめて無表情で答える。
「特に問題ないわよ。ただの仕事だもの」
※作者は部活の遠征で文化祭・体育祭に参加したことがないため描写は全てエアプとなっております。




