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第二十二話 私の隣にあなたはもういない(前)

「C組の久瀬に聞いたんだが、汐見と小学校のころ仲が良かったんだって?」


 晃誠の言葉に、弁当を挟んで正面に座っている魅恋がぱっと顔を上げた。ここのところ、だいたい二日に一度くらいの頻度でこの空き教室で一緒に食べている。


「なに。くにく……久瀬くんと知り合いだったの晃誠って」

「いや、体育祭実行委員で一緒になった。ちなみに汐見もそうだ」

「へえ……」


 魅恋はそう言って視線を弁当に戻したが、平静を装っているだけなのは明白だった。


「久瀬にだけじゃないが、なんか俺たちの関係を聞かれる。つきあってるのかみたいな。だいぶ広まってるみたいだな」

「あっ、それあたしも聞かれる。一応否定はしてるんだけど」


 と、再び顔を上げる。


「男は他に目当ての女でもいるんでもなきゃ、この手の噂は鬱陶しい程度で済むけど、女子はそう単純にはいかないんじゃねえの。そのへん大丈夫なのか? 相手が俺だってこともあるし」


 魅恋は箸を持った手を宙にさまよわせて思案顔をした。


「んー。まあ、あたしがこの学校の平均的な女子だったらそういうことも気にしなきゃならなかったろうけど。私としては、あんまり気にはならないかな。お気遣いありがと」

「とはいえつまり、周りと打ち解ける差し障りにはなりそうなわけだな」

「あんまし気にしないで、あたしが好きでここ来てるっていうのは忘れないでね。――はいっ、交換」


 言ってピーマンの肉詰めを晃誠の弁当箱の蓋に載せ、鶏つくねをさらう。


「――なあ、どうして汐見や久瀬と絡まないんだ?」


 デリケートな話になりそうなので、晃誠は弁当を食べ終えてから改めてそう切り出した。


「……だって、イヤじゃんか、なんか迷惑そうにされたら。いくら昔仲良かったって言っても、三年もあれば色々変わるし、あたしもこんなだしさ」

「別に、今のお前がなんかどうだってこともないと思うが……」


 そうは言ったものの、晃誠もなんとなく気持ちはわからないでもない。

 蒔絵や嘉邦との小学校時代は、魅恋にとっては大事な思い出なのだろう。


 今の自分が決して上手くいっていないと感じるからこそ、過去の記憶はきれいなままに大事に仕舞っておきたいと考えるのは自然な心の働きだと晃誠も思う。現在つながっていなくても、思い返すだけでもちょっとだけ救われたような気持ちになる。そんな存在。


 自分にもそういう部分はある。たとえば小学校二年生から五年間参加した柔道教室や、中学時代に二年ほど通った総合格闘技のジムだ。


 父が幼い息子に武道を習わせようと思い立ったのは、ほんの気まぐれだったのだと思われた。自分が父親らしい相手をするのが面倒で、代わりの預け先を考えただけだというのが晃誠の所感である。


 剣道と柔道を見学に連れて行かれ、冷たく硬質的な印象のある剣道に気後れした当時の晃誠は、柔道を選んだ。


 晃誠にとって柔道は、家庭に無関心な夫への愚痴と、それに絡めた幼い息子への嫌味ばかりの母親から解放され、安んじてのびのびと過ごせる時間だった。


 中学では柔道部を考えたが、晃誠の通った中学の柔道部は古豪で、朝練や土日の練習もなかなかに熱心で厳しい。両親の離婚で生活の乱れていた晃誠にとっては少々負担であり、諦めていた。

 そうしたところをクラスメイトに声をかけられ、隣市の総合格闘技のジムに通うことになったのである。


 電車で二十分ほど。県都の中央駅近くにあるそこは、ファミリー向けの親子コース、キッズコースを設けるなど、健全でクリーンなイメージを前面に打ち出したジムだった。

 インストラクターはもちろん社会人が中心の会員達も、中学生だった晃誠達に親切で、居心地のいい場所として記憶に残っている。


 出会いに恵まれたと自覚しているだけに、晃誠もそのあたりの関係者たちには、今はちょっと合わせる顔がないと感じる。

 そうこうするうちに疎遠になってしまった、友だちと呼べた奴もいる。


 浸る間もなく魅恋の話は続く。


「けど、向こうだって話しかけてこないわけだし。つまりはそういうことだって思っちゃうよ」


 そのまま、魅恋は訥々と語り始めた。


「久瀬くんは家がわりと近所で、幼稚園から一緒だったね。幼馴染ってやつかな。お互い『くにくん』『みーちゃん』って呼んでたっけ。まあ男女の違いがあるから高学年にもなるとべったりってこともなかったけど」


 そう言って懐かしそうに笑う。


「汐見さん……まきちゃんと一緒のクラスになったのは五、六年生の時でね。うちの小学校のクラス替えは二年おきだったから」

「ああ、俺のとこもそんな感じだったかな」

「五年の初め頃、クラスでちょっと問題が起きたの。女子が一人、他の女子から仲間はずれにされるみたいな。――ちなみにあたしでもまきちゃんでもないよ」


 そう言って、少し自嘲気味に口角を上げる。


「班の女子から席を少し離されて無視されたり、給食が自由席の日も一人でさ。個人的にそういうの嫌だったから、あたしが自分の席引きずっていって隣で食べたり、話しかけたりしてたの」

「マジかよ。心が(つえ)ぇ」

「あたしも不安だったんだけどね。そこに乗っかってきてくれたのがまきちゃんだったのよ。一緒にいてくれるだけじゃなくて、まきちゃんには特技もあったから」


 晃誠の合いの手に、魅恋はふふんと笑って続けた。


「まきちゃんって手芸が得意でね。フェルトのぬいぐるみ、ビーズアクセサリーも。友達にプレゼントもしてたから周りに女子が集まってさ。彼女がいてくれたからあたしも安心したし、一応問題も解決に向かったわけ」

「いい話じゃねえか」

「まあ、そこで終わらずに、今度は最初の仲間はずれの首謀者っぽかった子がのけものにされるようになっちゃってね。あたしは今度はその子と一緒にいるようにしたの」

「なんか話盛ってない? 今、俺史上でかっこいい女子暫定一位がお前になってるんだけど。いや、そのポーズはいらない」


 両手を前に伸ばし、エネルギー波でも撃ち出しそうなポーズでピースとギャルピースをダブルで決め、得意顔の魅恋。


「それもまきちゃんが味方してくれたわけよ。びっくりしたのはね、最初に仲間外れにされた子が真っ先に私たちのところにやってきて、自分を仲間外れにした子の隣に座ったことなんだけど。相手には『あんたに同情されたくない』とか泣き出されてたっけ」

「道徳番組かよ……」

「その二人を誘って、あたしとまきちゃんの四人でビーズのブレスレット作ってたら他の子たちもまた寄ってくるようになったのね」


 小学生女子グループのドラマは晃誠には理解できない。


「本当にいい子なんだよ、まきちゃん。それがきっかけで仲良くなって、手芸も教えてくれて。ぬいぐるみも一緒に作ったよ。おかげで家庭科の裁縫もその延長線上で苦にならなかったな」


 そしてふいに表情を曇らせ、ため息をつく。


「だからさ、まきちゃんにあたしが変わっちゃったって、嫌がられてるんじゃないかと思ったら……それをつきつけられるのは、やっぱり怖いよ――」

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