第二十一話 体育祭実行委員
放課後、古峰晃誠の姿は特別教室棟、被服室にあった。
「はい、ただいま三年によるジャンケンで実行委員長に強制的に選出されました、三年B組の玉城梢子です」
体育祭実行委員が集まった室内、背は低いが明るくて元気そうな女子生徒が教壇に登って挨拶する。
栗色のラフなショートボブを横で分け、ねじった前髪は額の上を横断してこめかみのあたりでピンで留められている。秀でた額とその下のぱっちりと大きな瞳が印象的だ。
気温も上がり、六月を目前に多くの生徒がカーディガンからベストに移行しつつある。彼女もからし色のスクールベスト姿だった。
(あのおでこ先輩、去年もいたな確か)
色々と作業の手伝いを頼まれ、晃誠相手にも物怖じせずによく話しかけてきた。そんな人懐っこい印象が残っている。
西東南高校も二学期からは生徒会も含め、三年生は学校活動の中心から退くのが通例だ。そのため一学期に行われる体育祭は、彼らが主体となる最後のイベントとなる。
実習台の椅子に腰掛け、晃誠は教室内をひとわたり見廻した。
自由に座れと言われた結果、おおむね男女と学年ごとにわかれている。
(まさかこうなるとは)
女子の集まっている側の隅に、汐見蒔絵がいた。
クラスから男女一名ずつという決まりで、女子は蒔絵が押しつけられる形になったのである。
「――二年生は知っていると思いますが、ウチの体育祭は地味な方です。あんまり大規模な装飾などはないので、準備自体に大がかりなものはあまりありません。ですが、そのぶん実行委員は体育委員とも連携して、幅広い仕事を行うので油断しないようにお願いします」
玉城の話を聞きながら晃誠は席の正面、同学年の男子生徒に視線を移した。
さらさらストレートのセンタパートに、彫りの浅いさっぱりした顔立ち。少し中性的な印象のある男子だ。
体つきも晃誠とは対照的に細身で薄い骨格をしている。それでいてなよっとした雰囲気が感じられないのは、ぴんと背筋が伸び、姿勢がいいからだろうか。
(こいつも何か記憶にあるような……。いや、同級生なんだから基本的にどっかで見てはいるんだろうけど)
「――ある程度話がまとまったら、班を振り分けることになると思いますので、よろしくお願いします。あとですね、業務連絡にグループチャットを使いたいんですが、スマホを持ってないとか、何か宗教的な事情でアプリを入れたくない入りたくないとか、そういう人はいますか?」
教室内がざわめき、晃誠もスマホを取り出して卓上に置く。
「いないようで良かったです。後で読み取りコードを――あ、来たみたいですね」
数枚のコピー用紙を手に持った男子生徒が室内に入ってきた。
「招待用のコードを回すので、登録をお願いします」
晃誠は軽く身を乗り出し、向かいの男子生徒にスマホの画面を差し出すように操作して見せる。
「すまんだけど、今回の読み取り画面ってこれこうでいいんかな」
「えっ――あ、うん大丈夫だよ」
とつぜん話しかけられて一瞬驚いた様子を見せた男子生徒は、晃誠のスマホ画面を確認して頷いた。
「2年F組の古峰晃誠」
「――僕はC組の久瀬嘉邦」
晃誠が自分の胸を指で叩いて自己紹介すると、男子生徒――久瀬嘉邦も名乗った。
(よしくに……そうだ『くにくん』! こいつ『くにくん』か!)
久瀬嘉邦、通称『くにくん』は魅恋の幼馴染、『姫萩魅恋の場合』の主人公だ。
「古峰くんって、最近姫萩さんと仲がいいって聞くけど」
回ってきた用紙の二次元コードにスマホをかざして、嘉邦はそんなこと言ってきた。
「ああ、なんか噂になってるみたいだけどな。縁があってたまに一緒にメシ食ってるだけだが、一応友達というやつか」
「そ、そうなんだ」
会話が途切れる。
「――あっ、F組の女子は汐見さんなんだね。彼女も小学校の頃、姫萩さんとすごく仲良かったんだけど……」
嘉邦が強引に話題をひねり出してきたので、晃誠も乗ることにする。
「姫萩からもそんな話出たな。ということは久瀬も小学校は同じってことか?」
「うん、小学も中学も赤根里。――って言っても、僕と汐見さんは姫萩さんを介した『友達の友達』って感じでそこまで親しいわけでもなかったけど」
「赤根里だと、わりと学校寄りの方だな」
「まあね。家は駅前だけど、僕の場合通学は自転車だよ」
そう言ってから、嘉邦は記憶を辿るように視線を一度上に向けた。
「姫萩さんと汐見さんが親友みたいになってたのは上級生になってからだったかな」
「へえ」
『記憶』をある程度補強する他、知らない情報も出てきて、晃誠は少し感動した。
(『記憶』を元に話すわけにもいかないから情報を集めるのももどかしいな)
「姫萩さんが東京行っちゃって、僕は疎遠になっちゃったけど、あの二人もそうみたいなのは少し意外かな」
「気になるなら今からでも話しかけてみればいいんじゃねえの。まあ男子と女子だと小学校の頃の通りとはいかんだろうけど。少なくとも姫萩は嫌がるようなこともないと思うぞ」
晃誠の言葉に、嘉邦は軽く唸った。
「う~ん、そうかもしれないけど……」
どうにも歯切れの悪い、煮え切らない態度で考え込む。
(『記憶』よりちょっと気が弱そうに感じるが……俺の見た目と態度のせいかな。まあ、話の通りにいくならどっちみち夏休み前にはその機会があるだろ。それにこの先は俺が世話焼くようなこっちゃないしな)
心の中でそう片付け、晃誠はグループチャットの画面を確認した。
(汐見への足がかりはやはり魅恋か。二人がまた親しい友人関係にでも戻れれば、汐見が変な男に依存する可能性も減るし、ひっかかったとしてもダメージが少なくて済むだろう――)




