第十九話 動き出すにも伝手はなし
「そういえば、うちのクラスの女子のことなんだけども」
お茶とどら焼きをいただき終え、そろそろ準備室を辞そうかという段になって、晃誠は国見に尋ねた。
「俺の隣の席の汐見ってどんなやつか知ってます?」
「あら、やっぱり女子に興味が出てきたの? 古峰くんは女子に無体を働くようなタイプじゃないから教師としては安心して見てられるけど」
「言っとくけど俺そういうのほんとないからマジで――姫萩との会話でもちょっと出たから気になってさ。俺、二年になるまで全く知らなかったやつだし」
国見はちょっと考える様子を見せてから口を開く。
「別に隠すようなことでもないし、クラスでも聞いて回れば知ってる生徒も多いだろうから言うけど――彼女、去年はA組だったの」
西東南高校の各学年A組はそれぞれ選抜クラスになっている。主に国公立大学の受験を想定したコースだ。
(そういや睦希もそうだったな)
継母に頼まれて義妹の中間テストの復習を手伝ったが、総合では晃誠が一年の時の成績よりだいぶ良かった。
選抜クラスは入試の成績と本人の希望によりコース分けされるのだが、一年生の間のカリキュラムは普通クラスと変わらないらしい。
高校という新しい環境でもモチベーションと学力を維持できるかの様子見をする期間で、二年進級前に再度、成績と本人の希望を確認される。ここで普通クラスにスライドする者もいれば、その逆の例もあるという。泣いても笑っても、後の二年間はそのままだ。
「汐見さんはちょっと気の毒でね、昨年は入学翌日の朝に交通事故に巻き込まれちゃって」
「そりゃ……なんというか」
「手足を折って入院、リハビリして、幸い日常生活に支障が出るようなことはなかったそうだけど、松葉杖をついて学校に戻ってきたのは五月から。授業はもちろん、学校生活まるまる一ヶ月以上も出遅れちゃったのよね……」
思ったよりしんどそうな話題になって晃誠は鼻白む。
「勉強の方は追いついて成績はもうトップクラスまで巻き返したんだけど、本人は気持ちが切れちゃって、選抜クラスを抜けたのよ。そんな事情で一年の時から友達も少ないみたいで孤立しがちで、職員室でも心配してる先生は多いんだけどね」
周囲に友人が見当たらなかったのは、選抜クラスから移ってきたためというだけでもないらしい。
「いや結構重い話だな……」
「どういう風の吹きまわしか知らないけど、あなたが他人のことに興味を持つのは悪い傾向じゃないわね」
「姫萩にもなんか言われましたよ。フリでもいいからもっと他人に興味持ってる顔してろって」
準備室に国見の笑い声がはじけた。
「いい子だぁ姫萩さん。大事にしなさいよ――友達としてでもね」
そういう関係じゃないと言おうとした晃誠を遮り、国見はそう言った。
◇◆◇◆◇◆◇
(もっと単純に考えりゃ良かったんだよな)
未来が本当に『記憶』のシナリオ通りになるかどうかは、晃誠本人もまだ未知数だと思ってはいる。
だがそんなものを抜きに考えて、クラスメイトが孤立しており良くないことに繋がりそうな予感があるなら、手助けを考えるくらいは別に普通のことなのではないだろうか――おそらく、多分。
少なくとも気分の悪さを抱えているよりはずっとマシだろう。
(俺のキャラじゃないが――仕方ねえな。問題は……その手段が相変わらずないことだが)
何か手を打とうにも、汐見蒔絵を相手にお節介を焼く手がかりになるようなアイデアも伝手もない。自分自身が他人との関わりを避けて過ごしてきたから当然なのだが。
(やっぱり魅恋に話を振ってみるしかなさそうだな)
「――よう古峰、ちょっといいか?」
授業の間の休み時間、自分の席で思案にふけっていた晃誠は名前を呼ばれて現実に引き戻された。
「委員長か、どうした」
机の前に立った声の主は相田京一というクラスメイトだ。
身長は並べば晃誠より気持ち高いくらい、百八十五は超えているだろう。剣道部員で、自己紹介によれば今年で剣歴七年を数えるという。
一年の時も同じクラスで、一匹狼の不良気取りの晃誠に気後れする理由も必要もなく、悪感情も持たずにフラットな態度で接してくる数少ない同級生だ。クラス委員長でもある。
晃誠も完全に孤立していては学校生活に支障が生じるため、彼のような存在は素直にありがたいと思うようにしていた。
「来月は体育祭だろ? もう準備始めないとならんからさ。入れ替えで今日やるロングホームルームで関係の係を決めるのに、先に頼んでおきたいことがあって」
そう言って、色素が薄めの、どこか遠くを見ているような澄んだ瞳でこちらを見つめる。
相田は人当たりは良くユーモアも解するが、集団ではしゃぐようなことはないタイプだ。十歳くらい年齢を誤魔化しているんじゃないかという落ち着いた性格をしており、彫りの深い顔立ちは剣道部というのも相俟って武芸者的な雰囲気がある。
大勢の女子に囲まれ黄色い声を上げられるようなことはないが、常に一人や二人は『ガチ勢』を抱えてそうな男だと晃誠は見ていた。
「根回しとはご苦労さんだな」
「まあな。ほかでもない、体育祭実行委員を今年も頼みたいんだけど」
晃誠は去年も同様にクラス委員長だった相田に頼まれ、実行委員をつとめていた。
高校の体育祭なんて保護者が見に来るわけでもなく、西東南高校では特別に変わったことをすることもない。実行委員はほとんど例年のマニュアル通りに企画・準備・設営・進行その他といった運営作業を行う地味な裏方仕事だ。
『イベントガチ勢』の生徒なら体育祭の華である応援合戦、その中心になる応援団の係をやるだろう。
実行委員は競技にほぼ出なくても済むというのは、人によってはある種のメリットかもしれないが、当日になっても体育委員と一緒に会場の設営や用具の運搬と、何かしら仕事があるので決して楽ではない。
晃誠がそんな不人気な役割を引き受けたのは、担任でお目付役だった安藤と、やはり問題児を抱えたクラスの委員長を務める相田の立場を慮ってのことである。
(なにせ一年の時のクラス委員長は、出席番号が一番という理由だけで決まったからな。相田の場合は剣道部だから、担任かつ部活動顧問の安藤から俺のことを気にかけるように言い含められてた可能性もあるか……)
一年の一学期は上級生との反目もあり、おそらく晃誠の人生で一番荒れていた時期だった。安藤にも面倒をかけた自覚があったので大人しく協力したのである。
「競技に出るより雑用してた方が落ち着くし、別にかまわない。去年もやったことだし」
放課後の作業が夕方のバイトに影響することもあるかもしれないが、ある程度なんとかなるだろう。土日のシフトと一部代わってもらう交渉もできる。
「ありがとう。じゃあ指名させてもらうからそういうことで」
「ああよ。世話係お疲れさん」
「おう。――世話係?」
相田は首をひねって自分の席へと戻っていった。




