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第一話 気が付けば女寝取ってそうだった件

 翌朝、眠い目をこすりながら階下に降りると洗面台で顔を洗う。

 鏡に映った自分の姿は昨日と何か変わったわけではないが、既に別の意味を持って見える。


 身長は百八十三センチ強、やや骨太で筋張った感があるが、均整の取れた体つき。

 髪の毛はくすんだ金髪にフェザーパーマをかけたショートマッシュ。耳にはロブはもちろん、耳介を横断するインダストリアル、ヘリックスや各コンクまで、全体にバチバチのピアス群が昨夜外し忘れたまま鈍く光っている。


(う~ん、女寝取ってそう)


 『記憶』の中にある『僕の隣に君はもういない』シリーズ第一作、『古峰睦希の場合』の義兄も、やはりこんなイメージのデザインだった。


(しかし俺は俺……だよな)


 遅くまでかかって思考の整理を行い、どこかの誰かの『記憶』を、情報としてある程度自由に引き出せるようになることには成功した。――が、主観やアイデンティティは古峰晃誠のままであることは間違いない。

 感覚としては誰かの人格を伴う記憶というより、雑多な知識や情報と言った方が近いかもしれない。


 ただ、全く影響がないとは言えなかった。

 自らの体験というよりどこか他人事のような『記憶』。

 個人的エピソードのほとんどがおぼろげで、名前すらわからないレベルではあるが、それなりの存在感をもって晃誠の心に居座っている。


 はっきりと感じるのは自分の情緒が安定したことだ。

 自分を置いて出て行った母や、何を考えているかわからない父に対する不満や恨みごと。家にいたくない、他人に関わりたくないという、自分でも制御の難しかった激しい衝動が嘘のようになくなっている。


 心の欠けた部分、あるいは暗い(うろ)。行き場もわからない憤りや叫び出したい焦燥感のようなものを生み出していたその部分に、他人の『記憶』がどっかりとはまりこみ、埋めてしまったような感覚。


 両親の人間的な不完全さ、自分の感じていた実存的孤立というものを、その『記憶』のバックアップを受けた視点を通すと、客観的に受け止められるからだ。

 自分の中に、自分の置かれていた環境を俯瞰して翻訳してくれる大人が住み着いたというべきか。


(実は全部俺の妄想で……思春期の心の防衛機制というやつの可能性もあるが)


 少なくともこれらが本当に前世の記憶で、この世界が十八禁ゲームの世界というよりはそちらの方が現実的な気もする。

 それにしては『記憶』の存在に重みを感じるのだが。


(――おい、ここはゲームの世界なのか?)


 鏡の中の自分に問いかけてみるが、当然返事などはない。


 顔を拭いてさっぱりすると、まずコーヒーを飲んで気分を切り替えることにした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ダイニングキッチンでトーストを囓っている雄大を尻目に、いつも通り特に朝の挨拶もなくコーヒーを淹れていると、その父が唐突に口を開いた。


「言いづらかったんだが……ゴールデンウィークには籍を入れて、あの二人をうちに同居させる予定だ」


 爆弾発言に電気ケトルを持つ手元が狂い、ドリッパーから熱湯があふれた。


「待てよいきなり、もう一ヶ月しかないだろ。俺なんか挨拶したばっかで、普通もっと時間かけるもんじゃないのか」

「そのつもりだったさ。お前たちの高校卒業を待つのも考えなかったわけじゃない。ただ、睦美さんの勤め先がこの間の年度末で廃業になってしまってな。これがちょっといきなりで――じゃあいっそもう、うちに来てもらおうかと……」


 唸る雄大に晃誠はゆっくりと頭を振る。

 なるほど、事情と考えは理解できた。


 だがラブコメ漫画の導入じゃあるまいし、いい大人が思春期の男女を連れ子に、軽々に再婚するか? という気持ちもある。心の中の『記憶』も常識的に言ってこのペースはないと言っている。


「俺はともかく娘さんの方はどうすんだよ……。普通に考えて高校一年生になる女子が、継父を名乗る無愛想なオッサンとこんなナリした同年代の男と同居するとか、控えめに言っても、ストレス通り越して恐怖するところだぞ」

「睦美さんとのつきあいはもう二年近くになるし、睦希ちゃんとももう何度か三人で食事して、許しはもらってるよ。初対面はお前だけだ」

「キレそうなんだが」

「しかし、一般的にはその風体が少々威嚇的だという自覚はあったんだなあ……」

「ほっといてくれ……いや、放っておかれたからこんなんなってんのか?」


 今度は晃誠が唸った。


 雄大は若干トーンを落としてつらつらと続ける。


「まあ確かにお前たちもこの先大学受験なんかもあるし、精神的にも難しい時期だろうとは考えてる。ただこの機会に睦美さんにうちでしばらく家庭に入ってもらえれば、生活面では我々もお互い楽になるわけで、差し引きトントンで、行って来いなところもあるかと……」

「まあ今更仕方ないなら、できる範囲で協力はするさ。継母とその連れ子相手に八つ当たりするほど、グレてるわけじゃない」


 尻つぼみになりそうな雄大の言葉を遮るように、晃誠は片手をあげて答えた。

 雄大はまじまじと晃誠の顔を覗き込むように見つめる。


「お前……何か変わったか? 妙に物わかりがいいじゃないか」


 ギクリとする。

 確かにこれだけ長く落ち着いて父と会話をしたのはいつ以来だろう。


「何かあったと言うなら親父にそんな甲斐性あったんだなっていうショックだな……まあ稼ぎだけはいいみたいだけどよ」

「それこそ放っておけ」


(まいった……本格的にゲームの設定に近付いていくぞ)


 新しい家族を迎える準備をするため、男所帯の家を上を下への大騒ぎの中で春休みは終わった。

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