プロローグ
On voit ici que de jeunes enfants,
Surtout de jeunes filles,
Belles, bien faites et gentilles,
Font très mal d’écouter toute sorte de gens,
Et que ce n’est pas chose étrange,
S’il en est tant que le loup mange.
—— Charles Perrault, Le Petit Chaperon Rouge
ここで見てとれるのは、幼い子供たち、
とりわけ年頃の少女たちのこと。
美しく、麗しく、心やさしい娘たちが、
誰彼かまわず人の言うことを聞いてしまうのはとても危ういこと。
だから、ちっとも不思議ではないのです、
狼に食べられてしまう娘がこれほど多いのも。
(シャルル・ペロー 『赤ずきん』)
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最初は既視感だった。
古峰晃誠が高校二年への進級を前に、普通二輪免許を取得した春休み。
お互いとっくに歩み寄りや相互理解というものを放棄し、距離を置いていた父親が、改まった態度で「会わせたい人達がいる」と言いだした。
土曜日に父の職場がある県庁所在地――隣市まで父が車を出し、ホテルのレストランで紹介されたのは、四十歳手前くらいの女性と、その娘という晃誠の一つ年下の少女。
二人は小山睦美と小山睦希と名乗った。
「睦希もね、四月から晃誠くんと同じ高校に通うの。よろしくね」
女子が『くるりんぱ』とか呼ぶやり方でロングヘアを束ね、ゆるく巻いて左肩にのせている、そのおっとりした雰囲気の女性が娘の背中を軽く叩く。
娘は神妙な面持ちで――ただし若干視線をさまよわせてから――会釈をした。晃誠も形式上頭を軽く下げ、ちらりと様子をうかがう。
三つ編みハーフアップの少女と一瞬目が合った。
言われなくても察せる程度に顔立ちの似た母娘だが、目元に意思の力強さを感じる娘に比べて、母親の方は若干とぼけた印象がある。
左目に泣きぼくろがあったり、髪型も合わせてなんとなく幸薄そうだなと、晃誠は思った。
総じて、しっかり者の娘に天然お母さんというイメージだろうか。
仕事人間の父、古峰雄大に愛想を尽かした母は、晃誠が中学に上がる前に離婚し、早々に他所で家庭を持っている。そんな父に新しい女性を連れてくる甲斐性があったというのが意外と言えば意外だが、まあ成り行き自体に不思議はない。感じるような不満や苛立ちも、いまさら鈍磨しつつある。
しかし――
(なんか憶えがあるんだよな……)
ドラマだったかマンガだったかゲームだったか。頭をひねってこのシチュエーションや、母娘の印象が刺激する情報を思い出そうとするが出てこない。
もどかしさを一旦横に置き、互いの父母の会話を中心に、当たり障りなく会食を終える。そして帰宅。
「どう思った?」という雄大に「別にいいんじゃね。よさそうな人じゃないの」と素っ気なく答える。
思い出したのは夜、電気をつけたままベッドの上に転がっていた時だった。
(『僕の隣に君はもういない』だ!)
それは低価格十八禁ゲームのタイトルで、テーマは寝取られ。
一作にヒロイン一人の短編シリーズにして、記念すべき第一作のヒロインは『古峰睦希』。
彼女を主人公から寝取るのは母親の再婚によりできた義兄だ。
(俺かよ。……待て、エロゲーの設定と現実が符合してるのもなんだが、俺いつそんなゲームやった?)
年齢的にも趣味的にも、自分と十八禁ゲームの接点はなかったはずだ。しかし確かに知っている。
(そうだよ、寝取られには特に興味はなかったけどキャラデザと原画が好みだったから……。いやいや、俺そういうのに興味あったっけ? ないだろ)
古峰晃誠としてのアイデンティティと齟齬のある記憶に、頭が混乱する。
(――違う、これ他の誰かの記憶だ)
そう認識した瞬間、すとんと腑に落ちるように思い出した。
それはどこかの誰か……多分、ひょっとしたら自分の前世かなにかの記憶だった。