表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編まとめ

聖女追放前夜のことでした

作者: よもぎ

はあ。はい。

記録ですか?はい、どうぞ。

俺の名前ですか。マイケル・ターニーです。

役職は警備兵。主に第一王子殿下の宮の内を巡回しています。

基本的には夜勤ですね。


はい。

殿下は昨夜、確かにお戻りになられたはずです。

室内から殿下の声がしたのを確かに聞きましたから。


はい。

殿下は時々独り言でも大層大きな声をお出しになるので、慣れてしまいました。

夜間の静かな時にいきなり大声がしても驚いて物音を出さない警備兵はあまり多くないそうで、なので俺は夜勤専属なんです。



昨夜のことばかりお訊ねになりますね。

それはそうか。殿下が行方不明なんですから。

ええ。

分かっています。

昨夜の七の刻に勤務に入って、八の刻頃に殿下は宮にお戻りになりました。

それから間を開けずベイエーズ男爵令嬢がやってきて、二刻ほどでしょうかね。

使用人が宮の明かりを消して回って、そのあとは言わなくてもお判りでしょう?

男女の睦みごとのあれそれがうるさくて、まあ鬱陶しかったですよ。

でも仕事ですから、侵入者はいないかの確認や、不審者が忍び込んでいないかの調査をしていました。


その声も途絶えたことで俺は深夜だと気付いて、立ったままで軽食を取ったんです。

毎度のことですから時報に気付いたようなものですよ。

朝は朝で、毎日のようにきっかり五の刻に起き出してきて朝から励まれるので、励みだしたらもう交代の時間だなと分かるんです。

便利でしょう?



ええ、昨夜も侵入者も不審者もいませんでした。

これは王宮全体の警備記録と参照していただいても同じだと思います。

ベイエーズ男爵令嬢は例外的に入ってきていますが、きちんと正門から入られていますから記録に残っているでしょうし。

そこが記録を残していないとしても知ったこっちゃありませんよ。

俺は正規の客人かどうかまでは調べられません。

殿下が受け入れた客は正式な客。

それ以上に首を突っ込む権利はありませんから。


そういえば令嬢は?

一緒にいなくなったんですか。なるほど。

まああそこの男爵家もせいせいしてるんじゃないでしょうか。

どうして、って。

有名ですよ。

小さい頃から娼婦の物まねみたいなことばっかりして、田舎に住んでいられなくなったから一人だけ王都の安いアパルトマンに押し込まれてたって。

一応侍女はついてたみたいですが、実際はどうなんでしょうね。

身分相応の服はお召しになってましたし、着付けくらいはしてくれてたんでしょうが。


はい。俺が知ってるのはこの程度です。

他に何か思い出すようなことがあれば追って報告します。

それでは。はい。失礼します。








記録、ですか。

はいどうぞ。


私はタチアナ第二級女官です。

本来は離宮の管理団の一員なのですが、先月から人手が足りないということで殿下の宮での仕事に就きました。

第二級ですので一番身分が低いですよ。


ええ。


本来は王族の世話をする女官や側仕えは第一級が付くものです。

離宮という隔絶された場所でなければ早々ないことです。

ですから、私は一番の新参かつ下っ端ということで、宮に寝泊りをして仕事をしていました。


別段辛いことはございません。

一番遅く寝て一番早く起きる義務こそございますが、殿下のいない昼間の間に仮眠をとる許可は得ております。

それに私は多少の物音では起きないような体質なのです。

ええ。

男女の情事がどれほどにやかましかろうと、ぐっすり。


とはいえ、起こされれば起きるのですけれどね。

使用人を呼ぶためのベルの音には敏感なんです。

離れていても聞き取ることが出来ます。

離宮にいた頃に訓練をした結果ですわね。



それで昨夜ですか?

ええ。

一度たりとも起こされることはございませでした。

殿下がたの湯あみを手伝い、お召し替えをした後は下がれとのことでしたので。

他の女官や側仕えが退勤していく中、宮の明りを消して回って、同時に施錠も確認して、日誌を書いて寝ました。


殿下があの女人を連れてくるようになった日付でございますか。

私が呼ばれるより前からだということは確実ですが、正確には他の女官に聞いていただけますでしょうか。

お越しになる頻度はほぼ毎日でございました。

時たま一日ほどおいでにならないこともありましたが、ほぼ毎日お越しになり、こちらで暮らしているようなものでした。

そのためでございますか、倉庫であるはずの一室を潰して女人のためのドレス等の衣類を置く部屋として整えられておりましたよ。


どういう立ち位置であられるかは私どもの仕事の範疇にはございませんので、気にしたことはございません。

愛妾として召されるつもりだともなんとも。

そこにいて、殿下の夜伽を行っているからとて、婚姻の後も召すとは限りませんから。



彼女の評判、と言いますと?

特に話題に上がることはございません。

私どもは殿下が快適にお過ごしになられるための道具でございますので、私情を挟むことはございません。

何か感じたとしてもそれはひと時のこと。

勤務が終わる頃には忘れているようなものです。


故に、彼女がどういった振る舞いをしていても記憶には残りません。

さすがに同僚を殺されでもすれば覚えていたでしょうが、同僚はみな息災です。

ただ、……私が呼び出されたということは、まあ、不満に思って職を辞し、その後殿下の宮に勤めることを拒否したものが多かった、ということでしょう。


それが殿下の振る舞いによるものなのか、女人の影響かは分かりかねます。

ただ私のような、本来居るべきでないものが呼び出されることになったという現実があるだけにございます。



このあと、でございますか。

特に何もなければ離宮勤めに戻されるものと思っております。

こちらでの勤務が継続するという話も聞いておりませんので。

ですので、何かございましたら書簡でのやり取りが主となるかと。


はい。

他の女官に聞いても似た答えが返ってくるかとは思いますが、平等な調査というものが必要なのでしょう。

どうぞ調査をお進めください。

では、失礼いたします。






……僕は、リーレン・モスコビアです。

侯爵家の次の跡継ぎです。


なぜこの場に呼び出されたかは当主より伺っています。

殿下の行方不明前後の話ですよね。


殿下は本来であれば、本日にも婚約者である聖女に婚約破棄と国外追放を言い渡すご予定でした。

僕はさすがに婚約の解消のみにとどめるよう進言していたのですが、故に煙たがられていた次第です。

だって、聖女と言えば守護神の依り代でしょう?

確かに出自は平民ですが、神が選んだ方なのですから敬愛の念は忘れるべきではありません。


そもそも聖女との婚約とて、幼い頃の殿下のわがままで無理に成立したものだと聞いています。

それを、その後他の女性に懸想したからと言って、あれこれ話を捏造してまでして強引に破棄しようだなんて、不誠実だと思っていました。

しかもですよ、聖女は処女性を重んじるので、形ばかりの婚姻で、聖女は正妃ながら教会を離れず暮らすと定められていました。

ですので、殿下は他に妃を迎えて、その方と子を成すことになっていたはずです。

ですから聖女を排除する必要などかけらもなかったはずなんです。


その辺りを何度も進言したのですが聞き入れられず、先日とうとう殿下の側近から外された次第です。

不敬を承知で申し上げますと、臣下の進言を無下にする方にお仕えすることは難しいと思っていたのでちょうどいいとさえ思っていました。

殿下が即位なされるにせよ、臣籍降下なされるにせよ、下のものの意見を聴けないというのは致命的ですから。



はい。

殿下の側近を外されて以降は普通に学園に通っているのみでした。

学園で殿下をお見掛けすることもありましたが、近寄ってはいません。

ですので、殿下がなぜ失踪なさったかは分かりません。


事が進んでいれば、本日の卒業式のあとにある若年層の儀式を兼ねたパーティーで聖女との離別があったはずです。

それをかなぐり捨てて駆け落ち……というのも考えにくいですから。

殿下であれば、最低でも聖女との婚約をなかったことにしたはずです。

少なくとも衆目の前で吐いた言葉は無かったことには出来ません。

陛下としても、子を為さぬ関係の婚姻を進めることに抵抗はあったはずですので、婚約者の再選択くらいは受け入れてくださったと思うのです。


ですが殿下は行方不明になられた。

ご寵愛の令嬢ごと。



僕は守護神のお心によってそうなったのだと思いますよ。

聖女が傷つくことなく事態を解決するように、となった時、手っ取り早いじゃないですか。

人とは違う存在ですから、気付いたのがたまたま昨夜だった……案外そういうことなんじゃないでしょうか。


ですので、聖女にお訊ねになってはいかがでしょう。

彼女であれば守護神のお言葉を賜ることも可能でしょうから。



僕からは以上です。

追加の聴取にはいつでも応じます。

モスコビア家にいつでもご要請を。






こんにちは。

記録ですか、よろしいですよ。

改めまして、聖女リーアです。


殿下がたの行方不明についてですか。

はい。守護神様より既に言葉を賜っております。

ですが、言わなくても構わないとも指示を受けておりましたので、聴取されるまでは黙しておりました。



端的に申し上げますと、お二人は所謂地獄へと直送されました。



えぇと。

どう表現すればよいのか……肉体が滅び、魂は既に罰を与えられる場へと連行された後ですので。

現世的に申し上げますと、亡くなられています。

体は塵さえ残さず消滅させられておりますから、立証は不可能です。


理由に関しては、私に危害を与えるつもりがあり、また守護神様を蔑ろにするつもりであった不敬からだと伺っております。

具体的には伺っておりません。

守護神様との対話は場を整えねば出来ぬことですので、昨夜の夜半に急にお言葉だけを賜っただけの現状ではどうにも。


はい。

お二人は既に亡くなっています。

それだけは間違いないことです。

確か……少し前から不敬に気付いて観察していたけれど、改心する様子もなかったから、とのことです。

守護神様は寛大なお方ですが、その寛大さにも限度というものがございますから。



対話の場を用意するには少々手間がかかりますが、可能です。

その場であれば私の身に守護神様を宿し、どなたかとの対話を可能とすることが出来ますが……はい。

語っているのが私なのか、守護神様かを判別する術があるかは存じ上げません。

依り代となる私たち聖女はその間の意識というものは曖昧ですし。

普段賜るお言葉と同じ声が響いているのを感じるだけですから。


ですので、守護神様への聴取をするか否かはお任せ致します。


はい。

その場合は教会にご連絡ください。

私への直接の連絡は出来ないようになっていますから。

では失礼いたします。










――ああ。この国の守護をしている、フィンドースである。

我に訊ねたいのだろう。


お前たちが探している王子とそれにへばりついていた娘は既に我が手で制裁を下し、この世より消滅させている。

その理由はそなたらの調べた通り。


我が依り代をこの国から出すなど許せる事ではないし、また我が言葉により聖女に据えた依り代を粗略に扱おうなどと、我を軽視することと同じこと。

決して許せることではない。


この三百年、現在の王家を見守ってきたが、あれほど愚かな王族というものは初めて見たのでな。

聡明であった初代の血も水の如く薄れてきた証明であろうな。

この度の事態を我は重く見ている。

突発的に生まれた異端児であればともかく、現在の王族が我を軽んじているとなれば、王家の挿げ替えもやむなしであると考えているところよ。

その時は依り代に委ねるのではなく、我そのものが顕現し、最も聡明だと思えた血筋を新たな王として据えることとする。



他の国でも似たようなことが起きた事はあるが、その際には王族諸共皆殺しの上で聖女を保護しておるよ。

それを考えれば我は穏便なほうだろう?

まあ、我ながら甘いとは思うが。




ああ、そうそう。

腐った部分だと判じた王族は順次消滅させて魂を浄化する。

死体を確認して死んだ事にきちんとしたいのならば、先んじて処刑するがよい。

その後、聖女に伝えれば我にもその言葉は届く。

故に、そなたらはそなたらでそのまま調査を進めるがよい。



我はいつでもそなたらを見ている。

そのことをゆめ忘れず、清らかに生きるがよい。

我を失望させない程度であれば、守護は続けていく。

だが、失望させたのならば――国と共に沈むと心得よ。


では。

下らぬことをするでないぞ。



調査官:アール・イグニス

第一王子失踪事件については急病による死亡と処理し、男爵家の令嬢は失踪として扱うことが決定された。

また、第一王子の養育に関わった人物及び王族への調査を開始する。

場合によっては王族であっても内密に処刑されることとなる。

処刑用の毒の準備の必要あり。

人数が多くなった場合は死亡時期をずらして不審でないよう調整とのこと。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ