すり減った感情
ゴムザは下卑た笑みを浮かべながら、無言でエルを粗末な寝台に押し倒す。
別に珍しいことではなかった。いつものことだった。二、三日置きにこうしてゴムザはエルの部屋へと夜にやってくるのだ。夫人であるイザベリアもこのことに気づいているようだったが、表立って夫のゴムザにこの行為を非難することはなかった。
今の生活がゴムザのお陰だけで成り立っていることを夫人のイザベリアはよく知っているのだろう。ゴムザの不興でも買って屋敷を追い出されたらたまらないとイザベリアは思っているのだろう。そして、イザベリアの自分への対応が厳しいのもこれが原因の一つなのかもしれなかった。
今、ゴムザは鼻息を荒げながらエルの上で必死に腰を動かしていた。
行為の最中もエルの中には何も浮かんではこない。初めの頃はともかくとして、今では嫌悪感も不快感もすでになくなっていた。早く終わればいいのにと冷ややかに思うだけだった。
やがてゴムザは呻き声を発して腰の動きを止める。
踏み潰された蛙のような声だとエルはいつも思う。いや踏み潰された蛙が出す声の方がまだましかもしれなかった。ゴムザが発するその声はどこまでも醜く汚かった。そして事が終わると、いつものように何らエルに声をかけることなくゴムザはそそくさと部屋をあとにした。
エルは自分の中で不快感を発しているゴムザの体液を乱暴に拭き取りながら、少しだけ溜息を吐いた。それに合わせて赤色の髪が僅かに揺れた。
こんな生活が一生続くのだとエルは思う。一層のこと死んでしまいたかった。だが、奴隷が自殺をすると、その代償として子供を売った両親が高額な賠償金を払う契約になっていた。
ある意味で死ぬ権利も奪われてしまっているのだった。あとどれぐらい自分は生きるのだろうか。あとどれぐらい自分は生きねばならないのだろうか。
涙はもう出ない。そんな感情などとっくにすり減ってなくなってしまった。あるのは僅かな不快感だけだった。
明日も早く起きなければいけない。エルはもう一度、ため息を吐いて粗末な寝台に横たわるのだった。
「エル!」
夕食後にエルが食器を洗っていると、背後からイザベリアの鋭い怒声が飛んで来た。今日は四六時中、イザベリアはエルに怒鳴り散らしていた。
毎度のことだった。ゴムザが夜に部屋に来た翌日は大概、こうして自分に対するイザベリアの言動や態度が荒くなる。
背後を振り返ると、そこにはイザベリアが目尻を吊り上げて立っていた。その手には紐状の長い革を持っている。それを見てエルの血の気が一気に引いた。
「エル! 庭の花壇に水をあげるよう言ったでしょう! 何でやっていないの! あんたは、そうやっていつもさぼってばかりで!」
イザベリアが甲高い声で喚き散らしてエルを非難する。
「あれはセシル様が……」
エルはそう言いかけて続く言葉を飲み込んだ。
そう。娘のセシルが珍しく自分が花壇に水をあげると言ってきたので、エルとしてはそれに従っただけなのだった。
しかし、例えそう言ったところでイザベリアは信じないだろう。加えて他人のせいにするなとさらに激昂するかもしれなかった。
結果、火に油を注ぐだけになる。そう思うとエルには口を噤む他になかった。
「エル! あんたはそうやっていつも言いわけばかりして! いい加減になさい!」
絶叫のような甲高い声とともにイザベリアが紐状の長い革を振り上げた。エルは目を瞑って身を固くする。次の瞬間、左の二の腕から背中にかけて焼けつくような痛みが走る。
堪えきれずに漏れた呻き声とともにエルは床に倒れ込んだ。痛みのため即座に涙が浮かんでくる。殴打がこの一回で終わることがないことをエルは経験上、分かっていた。
エルは痛みを堪えながら必死で両膝を揃え、その膝を床につけて頭を低くする。
「奥様、申し訳ございません。申し訳ございません」
例えそんなことをしたところで、この殴打が終わるはずもない。だが、エルにはそうする他に術がなかった。




