本当の思い
……お主らの思い。
自分の思いとは何なのだろうかとファブリスは思う。セリアと生まれるはずだった子供の仇を討つことか? 無惨に殺された自分の家族の仇を討つことか?
それらに間違いはないと思う。だから、魔族も人族も根絶やしにする。その思いもファブリスの中で変わるはずがないことだった。
一方で自分の中に一つの疑念が生まれていることにファブリスは気がついていた。
……これらは本当に自分の思いなのだろうか。
この思いがあの時、邪神に誘導されたものではないと果たして言い切れるのだろうか。
そこまで考えて、馬鹿なとファブリスは思う。セリアと生まれくるはずだった子供を無惨に殺された。両親と妹を殺された。そして、自身さえも殺されかかったのだ。仲間だと思っていた者たちから最大限の裏切りを受けたのだ。
復讐に値するはずだと思えるし、それ以外の何物でもないはずだとファブリスは思う。この思いが自分の思いとは異なる、邪神に誘導された捻じ曲げられた思いであるはずがなかった。邪神の力などとは関係なく、この復讐の思いは紛れもなく自分自身の思いのはずだった。
そこまで考えたファブリスはエルが自分に赤色の瞳を向けていることに気がついた。エルの顔にはファブリスを心配する色が明らかに浮かんでいた。
いつものことだが奴隷の立場だったことが大きいのか、他人の感情の動きに敏感な娘だとファブリスは思う。
ファブリスと視線が交わっても急に黙り込んだファブリスからエルは視線を逸らそうとはしなかった。
エルの赤い瞳を見詰めながらファブリスは思った。
程なく訪れるだろう遠くない未来。ファブリスとアズラルトが再会する時。それがどのような状況となるのかは分からない。
だが、アズラルトの近くにマルヴィナやガルディスがいるのであれば、その再会がもたらすものは壮絶なものになるのだろう。その予想は難しくない。
アズラルトとて、そもそもは邪神を討った勇者なのだ。マルヴィナやガルディスにもそれと同じことが言えた。
となれば、ゴムザやジャガルの時と同じく簡単に復讐をというわけにはいかないかもしれない。
それに巻き込まれるとなれば戦う術を知らないこの赤毛の娘、エルには危険なのかもしれない……。
ファブリスはそこでふと思考を止めた。やはり自分は他人の心配、エルの心配をしている。それは間違いなさそうだった。
そういった感情が自分にまだ残っていたのか。それとも、かつては普通に持っていた人の感情が戻ってきたのか。
そのどちらにしても、このことは今後において何かしらの影響を与えるような予感がファブリスの中に漠然とあった。預言者のような言い回しを時にするアイシスであれば、このような漠然とした思いを的確に言葉へと変えることができるのだろうかとファブリスは思う。
自分の意志が本当に自分のものなのかという疑念。そして、人としての感情が自分に戻りつつある予感。これらを抱えたまま、ファブリスは自分に向けられている心配げなエルの視線を受け止めるのだった。
「ファブリスさん、何か様子がおかしかったような……」
エルは寝台の上に腰掛けながら、正面の椅子に座っているマーサに声をかけた。ファブリスは少し出てくると言って先程部屋を出て行ったばかりだった。
「そうか?」
マーサは首を傾げながら言葉を続けた。
「確かに前に比べると優しくなった気はするかな。エルに限って言えばだけどね」
「へ?」
思いがけない言葉を返されてエルの顔が瞬時に上気する。
「だって、そうだろう? ファブリス様、王都に入る前もしきりにエルの心配をして声を掛けていたぞ」
このマーサの言葉にアイシスが同調して、うんうんと頷いた。
「妾も聞いておったぞ。エル、危険だぞ? それでも俺についてくるのか? そんな感じじゃったな」
……何か少し違うような気がする。
心の中でそう反論しながらエル自身もそうだったろうかと自問していた。ファブリスは自分のことを心配していたのだろうかと。
……そうだったような気もするし、そうではなかったような気もする。




