そうまでして歩むその先
「ま、待て、ファブリス! こんな復讐に意味なんてないだろう? 俺は命じられただけなんだからな。そうだ、マルヴィナやガルディスの居場所も教える。知りたいだろう? 何だったら俺が復讐に協力してやってもいい」
ジャガルは必死で言葉を捲し立てる。最早、ファブリスと戦う意思は皆無のようだった。顔にはそれまでと違って懇願の色が濃く浮かび上がっている。
「感心するぞ、ジャガル。本当によく動くようになった舌だな。だが、駄目だ。お前はどこまでも下品で頭が悪い……残念だったな」
ファブリスの口調にはどのような感情も一切こもっていないように思えた。
それを聞いてジャガルの顔に今度は絶望の色が濃く浮かび上がった。
「待ってくれ、ファブリス! そもそもはあいつらなんだ。信じてくれ。あいつらがアズラルトとつるんで……」
必死で同じ弁明を繰り返すジャガルだったが次の瞬間、鮮血と共にジャガルの残る片腕が宙を舞っていた。ジャガルの絶望的な悲鳴が周囲に響き渡る。
「ジャガル、何を言おうが無駄なんだよ。あいつらの居場所など知る必要はないんだ。俺はあいつらにとって災厄だからな。災厄は何とかしないといけない。だから、必ずあいつらの方から俺のところにやってくる。お前と同じだよ、ジャガル。そう、これで終わりだ……」
次の時、ファブリスの大剣が横に一閃した。
僅かに鈍い音を立てて、ジャガルの頭部が鮮血を撒き散らしながら大地に転がった。
「ファブリスさん……」
全てが終わったように見えた後、エルは茂みから這い出てファブリスとマーサの背後から声をかけた。
ファブリスが背後を振り返ってエルに赤色の瞳を向けた。エルに向けられたその赤い瞳には何の感情も浮かんでいない。
だが、エルにはそうであったからこそ悲しげに見えた。何の感情も浮かんでいないからこそ、ファブリスがとても悲しげに見えたのだった。そして、通されることのないファブリスの片袖が風に吹かれて、頼りなげで悲しげに揺れている。
「魔族の娘、生きていたか……」
ファブリスはただそれだけを言った。別にエルの身を案じて出た言葉ではないようだった。ただ事実をそのままに淡々と述べただけだったようにエルには思えた。そして、ファブリスは人の姿に戻ったマーサに視線を向ける。
「マーサ、傷の具合は?」
「申し訳ありませんでした。ご心配をおかけしました。掠っただけですので、傷の方は問題ありません」
マーサの言葉にファブリスは無言で頷くと再び口を開いた。
「ならば行くぞ。アルガンドまではまだ遠い……」
ファブリスの言葉を聞きながら、鮮血で染まった大地にエルは再び視線を向けた。ファブリスとマーサによって、目を覆いたくなるぐらいに誰もが無残に殺されていた。今、大地の上で動いている者は自分たち以外に一人もいない。
大地に転がっている鮮血で塗れたジャガルの顔がエルの方を向いていた。両目は見開かれており、その顔は生きて動いているエルを恨めしそうに凝視しているかのようだった。
エルの胸の内を冷たい風が吹き抜けていった気がした。エルは少しだけ身震いをする。
殺されそうになったから殺したのだという理屈は成り立つのだろうかとエルは思った。
いや、違う。そもそも最初からファブリスたちは彼らを殺すつもりだったのだ。
この先もファブリスが歩く道は、このように死屍累々の道しかないのだろうか。
では、そうまでして歩むその先には一体、何があるのだろうか。一体、何が待っているのだろうか。
そして、その道を歩むことはそもそもが許されることなのだろうか。
エルはそう思いを巡らさざるを得なかった。
鮮血で染まった大地の惨状に反して、その上では緩やかな風が吹いている。エルは宙を舞おうとする赤色の髪をそっと片手で押さえるのだった。