47話
冬休みが終わって一月と少しの時間が流れた。
いつも通りの時間に起床。
それからいつも通りアリサさんの作ってくれた朝食を食べて学校へ行く為に家を出る。
外に出ると息が白い。
俺はマフラーに口まで突っ込んでポケットに手を入れて歩き出した。
登校途中で今岡に会った。
「おはよう」
俺は視線だけ今岡に向けて言った。
何故か今岡の手には大きな紙袋。見た感じ中は空っぽみたいだ。
「おはよう! 良い朝だな!」
朝からテンションも高くそう返してくる今岡。
……なんでこんなに元気なんだろう。
「良い朝って……寒いし、いつも通りじゃん」
確かに雲ひとつない晴天ではあるけど、そんなのは今までだって何回もあったことだ。そんなことでこいつがテンション高くなってた記憶は全くない。
「いつも通り? ハンッ、これだから素人は!」
吐き捨てるようにそう言われた。
「……なんのプロなんだよ、お前は」
俺は呆れつつ今岡を見た。勿論足は止めない。
「そりゃお前……つか今日が何の日か分かってるか?」
俺の隣に並んで同じペースで歩きながら今岡が言う。
何の日……今日は何かあったか?
普通に授業しかないはずだが……。
「その顔は分かってないようだな。それでも男か!?」
考える俺をジト目で見てくる。
「はぁ? 普通に男だけど……なんなんだよ?」
テンション高いわ、意味の分からないことを言ってくるわでちょっとイラついてきた俺は不機嫌な声で言った。
「はぁ……全くお前って奴は」
大げさな仕草で溜息を吐く今岡に本気でイラッとする。
「今日は何日だ?」
「……十四日」
機嫌が悪いと口数が少なくなるのは仕方ないと思うんだ。
「そうだ。じゃ、今は何月だ?」
「二月……だけど、それがどうしたって言うんだ?」
結局何が言いたいのか分からない。
「おまっ、ここまで言っても分からないのか!?」
今岡は立ち止まって、信じられないという表情で俺を見た。
「…………なんなんだよ?」
俺も立ち止まって振り返り問う。
「バレンタイン」
「……は?」
「だから今日はヴァレンタインだっつーの!」
叫ぶ今岡。
ちょっとネイティブっぽい発音がイラッとくる。
いきなり叫んだ今岡は周囲の注目を集めてしまった。
俺も一緒に見られている気がする。
恥ずかしくなって若干早足で歩き出す。
「なんだよ! 無視すんなよ!」
少し離れたところで今岡が大声で言いながら駆け寄ってきた。
また注目を集めてしまう。
俺は今岡と目も合わさずに歩く足を早めた。
そうか……バレンタインだったのか。
俺は追いかけてくる今岡を視界に入れないように考えていた。
自分に全く縁のない行事だから完全に忘れてた。
ん……バレンタイン?
そこでふと、とんでもないことを思いついてしまった。
今岡を見る。
手には大きな紙袋。
…………まさか、とは思ったが一応訊いてみることにした。
「なあ、ひとついいか?」
「なんだ?」
「その袋って……」
俺は紙袋を指差す。
「ん、これか……勿論チョコ貰ったら持って帰るのに困るだろ?」
予想が当たってしまった。
得意気に話す今岡に頭痛がする。
「お前……なんてことを……」
こめかみを押さえ呟く。
本当になんてことしやがるんだ……確実に恥ずかしい過去になるに決まってるじゃないか。
「今岡」
俺は真面目な顔で今岡の名前を呼んだ。
「何だよ」
「お前、去年は何個チョコ貰えたんだ?」
「うっ……それは……」
俺の質問に声を詰まらせる。
その反応で大体理解できた。
「…………一個」
ボソッと言う今岡。
聞こえるか聞こえないかぐらいの声だったが確かに聞こえた言葉に俺は耳を疑った。
今岡には悪いが一個も貰ってないと思っていたからだ。
一個でも貰えたなら言葉を詰まらせる必要なんてないだろ。
……だけど少し考えて分かった。分かってしまった。
何故言葉を詰まらせたのか。聞こえるか分からないぐらいの小声だったのか。
俺は今岡に肩に手を置き、
「良かったな。良いお母さんで」
そう言ってやった。
「な、なんでわかった!?」
図星だったようで今岡は驚愕している。
ポンポンと今岡の肩を叩き微笑みかけておく。
そして俺はポケットに手を戻すと学校へ向かい再び歩き出した。
「ちょ、おい! なんだよ、その暖かい眼差しは!」
今岡がなにやら叫んでいたがそれを無視する。
これ以上付き合ってたら、そろそろホントに遅刻してしまう。
○ ○ ○
そんな馬鹿な会話をしていると学校に着いた。
確かに、バレンタインだと分かるといつもと少し空気が違うような気がする。
例えば下駄箱で靴を履き替えた後に何度も自分の下駄箱の中を覗いていたり、教室では意味もなく机の中をごそごそと探っている奴がいたりと妙にそわそわしてる男子が多い。
今岡もそんな中の一人だ。
何度も下駄箱を確認している今岡を待つのも嫌なので先に教室に行くことにした。
女子は自分の鞄を大事そうに抱えてる子や集まって小声で話しながら目当てか知らないがイケメンと言われている男子の方を見てたりする。
そんな人たちを「大変だな」と思いつつ、今までの人生でチョコなど貰ったことのない俺はいつもとなんら変わらない気持ちで席についた。
「おい! 置いてくなんてひどいだろ!? まだ話は終わってなかったのに!」
俺から遅れること数分、今岡が教室にやって来た。
「え、終わりじゃないのか?」
バレンタインとか興味ないし、話は終わらせたつもりだったんだけどな。
「全然だよっ! てか本題がまだだっつの!」
「……本題?」
それってなんなんだろう……想像も出来ない。なのでそのまま効き返した。
「…………ん」
俺の問いに答えるでもなくこちらに向けて手を差し出してきた。
「は? なにがしたいんだ?」
意味が分からないぞ。
まさか……俺にチョコを渡せとでも言うのか。
「ごめん。友達……だとは思ってるけどそういうのじゃないんだ」
俺は謝った。
「違ぇーよっ! お前からとか要らねぇよ!」
「じゃあ、この手はなんだ?」
本当に今日のコイツはわけわからん。
「俺に渡すように預かってたりするだろ?」
「…………は?」
何を言っているのか分からずあんぐりと口を開けてしまう。
「ほら、例えば……アリサさんからとか」
ああ、そういうことね。
「残念ながらそんなモノはない」
俺は事実をそのまま簡潔に伝えた。
何を夢見てんだかね。俺も貰ってないっつーの。
「なん……だと?」
なんでそんなに驚いてんだよ。
本気で貰えると思ってたのか?
「は、はは……いや、まだだ。まだ諦める時間じゃない。帰りだ。きっと自分で渡したいと思ってるに違いない」
渇いた笑い声を出した後、なにやらブツブツ呟き始める今岡。
俺はそんな今岡を再び無視して授業の準備を進めていった。




