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27話

 十一月も終わりに差し掛かった頃。

 その日、アリサはいつものように商店街へ買い物に来ていた。

 そして、これまたいつものように主人である樹にはまず見せないであろう笑顔で店主の親父達を篭絡し、料金以上のサービスをせしめていた。

「おっと、そうだ……今、この商店街で福引やってるんだけどアリサちゃんもどうだい?」

 そんな折、八百屋の親父がチケット片手にそんな話をする。

「福引……ですか?」

「おうよ! 向こうで商店街の会長がやってるから引いてくるといい。景品も豪華だぜ?」

「そうですか。では頂いていきますね」

 アリサは品物の料金を払い、チケットを受け取った。

「毎度っ! アリサちゃんほんとに美人だから、今日も沢山オマケ付けといたよ!」

「いつも有難うございます」

 アリサは笑顔でお礼を告げる。

「いーってことよ! また来てくれよなっ!」

「はい。失礼します」

 頭を下げ、アリサは福引所へ移動した。


「どうも」

「おや、アリサちゃんじゃないか。引くかい?」

 福引き所の前までやってきたアリサを出迎えたのは鉢巻きにハッピという出で立ちの商店街の会長だった。

「はい。八百屋さんで券を頂きました」

 言いながらアリサは会長に福引き券を渡す。

「一回ね。当てとくれよ……アリサちゃんの為に色々景品用意したんだからね!」

 おかしなことを言う商店会長。

 福引きの景品をアリサの為に用意したところでアリサがそれを引き当てる確立など相当低いだろうに……そもそもアリサが来なかったらどうするつもりだったのか。

「それは……ありがとうございます」

 そんな風に思いつつも一応お礼を口にする。

「いやいや、アリサちゃんのためならこのぐらいお安い御用だよ」

 頭をかいて照れている会長。

「さ、引いて引いて! アリサちゃんなら絶対に当たるから!」

 会長は自信満々な様子で自信の胸を叩いた。

 何か細工でもしているのだろうか……そう訝しみながらもアリサは福引きの新井式廻轉抽籤器あらいしきかいてんちゅうせんき、俗に言うガラガラを回した。

 俗称の通り、回すと中に入っている無数の玉が転がるガラガラという音が聞こえる。何度か回すと中から玉が飛び出してくる。

「…………金色、ですか」

 出てきたのは金色の玉だった。金色でハズレということはまずないであろう。ハズレどころか上位の物に違いない。

 会長も玉の色を確認する。

「おお~当たりぃ~!!」

 ベルをガランガランと鳴らして会長が叫んだ。

「さっすがアリサちゃんだ!」

 会長は嬉しそうに言いながら豪華に飾り付けられた封筒をアリサに手渡した。

「二泊三日、京都の旅。ペア旅行券だ!」

「京都……ですか」

「京都さ! 本当は海外旅行にしようと思ったんだけど副会長やってる妻に怒られてね……こんな商店街じゃそれが限界だったんだ。ごめんよアリサちゃん」

 アリサは確認の為に普通に聞き返しただけなのに、物凄く落ち込んでしまった会長。

「いえ、凄く嬉しいです」

「ホントかい!? アリサちゃんがそう言ってくれるなら良かったよ! それで、その券はペアなんだが……是非一緒に」

「それでは、失礼しますね」

 笑顔で頭を下げ、その場を去るアリサ。

「…………ア、アリサちゃん」

 後にはアリサの去っていった方に手を伸ばし涙を流す会長が残された。


 家へ帰る道すがら福引きで当てた封筒を眺めるアリサ。

「……当たって……しまいました」

 呟いて溜息を漏らす。

 京都旅行。二泊三日のペア旅行。

「…………どうしましょう」

 途方に暮れた様子でもう一度溜息を吐くアリサだった。


 ☆ ☆ ☆


「…………」

 アリサさんがおかしい。

 何がおかしいって……今日俺が学校から帰ってきてから一度もからかわれていない。こんなのは有り得ない。それに普段も別にお喋りな人って訳じゃないんだけど、今日はホントに必要以上に喋らない。

「………………」

 あまりの出来事に俺はジッとアリサさんを凝視してしまっているのだが、それさえも気にする様子は無い。

 何か、手元の封筒らしきものを眺めて考え込んでいるみたいだ。

 あの封筒の中にアリサさんを平常心でいられなくさせる何かが入っているのだろうか。

 気になるけど……訊くのが恐ろしい。

 けど、こうしてても何も変わらないし……だったら思い切って尋ねてしまった方が良いよな、きっと。その後でどうなってしまうかなんて今は考えない方が良い。

「あの……アリサさん?」

 俺は覚悟を決めアリサさんに話しかけた。

「……なにか御用でしょうか?」

 アリサさんは手元に落としていた視線を此方に向け、何事もなかったかのようにいつもの表情でそう言った。

「用って言うかさ……それ、何?」

 俺は封筒を指差して、

「何かそれ見て考え込んでるみたいだったけど……」

 と、言葉を続けた。

「これですか……これは……」

 言葉に詰まるアリサさん。

 言い難いことなのか……あのアリサさんが? ヤベ、覚悟決めたのに聞くのが怖くなってきた。

「実は今日……福引きで当ててしまいました」

「…………へっ?」

 俺は『実は今日』の辺りで反射的に目を瞑ってしまったのだが、続けて聞こえてきた言葉に思わず呆けた間抜けな声を出してしまった。

「ふ、福引き?」

「はい」

「当たったの?」

「はい」

「えっと……何が?」

「それは……」

 なるほど。その当たったものがアリサさんの悩みの原因な訳か。

「封筒ってことは現金とか金券とか?」

 それ以外には思いつかないんだけど、でもそれだったらこんなに悩むことじゃないよな……あっ、もしかして商店街の会長とかの自作ポエムとか? うわ、それはいらねぇ。当たりっつーか大ハズレだよ。

「いえ、そういう物では……でも、近いといえば近いのでしょうか」

 アリサさんの言葉に余計分からなくなる。

 現金や金券と近いといえば近い? でも、そういう物じゃない?

「何を当てたの?」

「そうですね……見ていただければ分かるかと」

 アリサさんがこちらに封筒を差し出す。

「……見てもいいの?」

「はい。構いません」

 俺は封筒を受け取った。

「そ、それじゃ……見るよ?」

「どうぞ」

 受け取った封筒の中身を取り出す。

 出てきたのは何かの券。そこに書かれている文字を読む。

「二泊三日……京都旅行……二名様?」

 そう書かれている。

 旅行、ねぇ……別に悩む事ないんじゃないか?

「えっと……行けばいいのでは?」

 俺は封筒をアリサさんに返して言った。

「はあ……」

 受け取りながら曖昧な返事をするアリサさん。

「ほら、たまには仕事忘れて楽しんできても良いんじゃないかな。二名様ってことだし……妹さんと一緒にでも」

 考えなしに口から出てきた言葉だけど、実際そう思う。アリサさんはメイドってことで休日なんて無いようなもんだし。

「…………」

 考えているアリサさんにさらに告げる。

「三日ぐらい一人でも何とかなると思うしさ!」

「ですが……前に家を空けたとき」

「あれはほら……一ヶ月以上の長期だったし。三日ぐらいなんてことないって!」

「そうですか……でも、あの子は来ないと思います」

「へっ……何で?」

「それは、まあ、色々と」

 言葉を濁すアリサさん。

 二人の間に何かあるのだろうか。

「ですので、これは樹様にお譲りします」

 と、封筒をこちらに差し出す。

「いや、これはアリサさんが当てた物だし」

 俺は受け取らない。

 貰っても……きっと誰かを誘うとか出来ないし。誘うとしても今岡ぐらいしか思いつかない。

 今岡と二人で旅行……?

 正直勘弁願いたい。

「では……金券ショップで換金を」

「それはどうだろう……」

 もったいなくない? あ、そうか。それで現金や金券に近いって言ってたのか。

 そういう所ってあれだよな……相当安くなるよな、多分。

「別にお金に困ってるとかじゃないでしょ?」

「はい。毎月随分余裕があります」

 そうなんだ……母さんがいくら送ってきてるのか知らないけど余裕があるってアリサさんのおかげなのかな。

「なら使った方がいいよ」

「ですからお譲りしますと……」

「だから俺はたまには仕事忘れて楽しんできたらどうかと……」

 俺もアリサさんもお互いの意思を譲らない。

 このままでは平行線を辿ることになってしまう。

「はぁ…………わかりました」

 このまま言い合いが続くかと思われたが、意外なことにアリサさんが折れた。

「では間を取りまして……」

 続くアリサさんの言葉を聞いて俺は驚愕することになった。

「樹様。ご一緒にいかがでしょう?」

 ………………。

「……はい?」

「ですから、ご一緒に。京都へ行きませんか?」

「え~っと……説明をお願いします」

 アリサさんと俺が? 二人で旅行?

「私はこのチケットを樹様にお譲りしたい。樹様は私に行かせたい。なら二人で行けば解決ということですよね」

「あ~、その……」

 確かに間を取ればそうなるし、それで解決だけど……。

「丁度良く明日から三連休ですよね?」

「うん。そうだけど」

「では明日の朝に発ちますので準備をしておいてください」

「はぁ、分かりました――って、二人で行くのは決定!?」

「そうですね、樹様がどうしても『折角の休日までこんなメイドと二人で過ごすなんて最悪だぜ。ケッ!』とお思いでしたら……残念ですがこのチケットはやはり金券ショップで」

「あぁもう! 思ってないよそんなことっ! 俺、どんだけヤな奴なんだよっ!? 行くよ! 明日の朝だろ! 用意してくるよ!!」

 俺はそう叫んで部屋へと走るのだった。


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