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25話

 今日って何のために集まったんだっけ……。

 俺は目の前で繰り広げられる今岡と三上さんの死闘を眺めながら思った。

「あ、あの……二人とも……お、落ち……落ち着いて」

 オロオロとか細い声で二人を宥める伊吹さんだったが、こういうことには不慣れなのだろうかいつも以上に声が出ていなかった。そんな伊吹さんの声が二人に届くはずもなく乱闘は続く。

 どうしたらいいのだろうか……この状況は。

 俺に二人を止められるとは思えない。最悪巻き込まれることになる。そんなのはゴメンだった。

「…………はあ~」

 俺は溜息を吐いて部屋を出た。

 どうか、修復不可能なほど部屋を荒らされませんように。ただそれだけを願って。


「そうだよ! 勉強だよ! 勉強する為に集まったんだった」

 リビングでアリサさんの入れてくれた紅茶を飲んで一息つくと、唐突に今日の予定を思い出した。

「……何を言っているのですか?」

 不思議そうに尋ねてくるアリサさん。

「いや、今日ってテスト勉強する為に皆集まったのに……なんで俺はこんな所で独りでお茶なんか飲んでるんだろうなって」

「友達がいらっしゃらないからでは?」

 俺の疑問にアリサさんは当然といった顔で即答した。

「いるよ!? いなかったら皆集まってなんかこないよ!?」

「皆さん、ただ遊べる場所を確保したかっただけでは?」

「えぇっ!?」

 それ、どんなイジメ!?

 自分の家に集まったのに仲間はずれとか、悲しすぎるんですけど!?

「まあ冗談はこのぐらいにして」

「良かった! 冗談だったんだ!?」

 ちょっとそうかもしれないとか思ってしまったじゃないか。

「ええ……多分」

「多分!?」

「あ、いえ、冗談です」

「ホント!? 信じていい!?」

「…………」

「何で目を逸らすの!?」

 立ち上がって叫ぶ。

 これは、もう……確実にからかわれてる気がする。

「それはそうと……樹様」

「…………なに?」

 椅子に座りなおして返事をする。

「普段勉強しない樹様がテストの為に勉強するということは、結構厳しい状況ということでしょうか?」

 普通の質問にほっとしつつ答える。

「うん。前のテストでさえ平均ギリギリだったからね。今回は勉強しないと厳しいかな」

「……でしょうね」

 でしょうね? でしょうねってどういうこと?

「もしかして……俺の成績、知ってた?」

「はい。テストの点数、一学期の成績、体力測定の結果まで全て把握しています」

「えぇ!?」

 テストも成績表も見せたことないのに!?

「メイドとして当然のことです」

 俺の内心を読んだかのようにアリサさんが言った。

 メイドって凄ぇっ――じゃなくて!

「プ、プライバシーとかないんですかね?」

「ですが……日々の生活だけでなく学業が疎かにならないよう主人を教育するのもメイドの務めですから。樹様のお母様にもそう言われています」

「そ、そうなんだ……」

 知らなかったよ。

 でもそうだよな。高校生で一人暮らしさせて、知らない間に退学してたとかなってたら最悪だもんな。

「あれ? てことはアリサさんが勉強教えてくれるってこと?」

 確かアリサさんって凄く頭良いんだよな。

「そうなりますね」  

「だったらテストに出そうなとことかアリサさんなら分かるんじゃない?」

 何でも知ってるアリサさん、と俺は思っている。

 まぁ、さすがにテストの問題は分からなくても、出そうなところを予想するぐらいなら出来そうだと思った。

「分かりますよ、大体は。ですが……」

 アリサさんは冷ややかな瞳を俺に向け、

「私が教えるからにはテストの為だけの勉強をさせるつもりはありません。キッチリと学力を上げていただきます」

 アリサさんの言葉に得体の知れない迫力を感じた。

「あ、あはは……ま、まぁ、今回は皆と頑張ってみるよ」

 俺は引き攣った愛想笑いを浮かべながらアリサさんの勉強会が開かれることのないように頑張ろうと決意した。

「じゃ、じゃあ、そろそろ部屋に戻るよ!」

 俺は早口に言って早々と自分の部屋へと向かった。

「そうですか……残念です」

 立ち去る瞬間、アリサさんの呟きが聞こえた気がしたが聞かなかったことにしよう。


「あ、終わったんだ」

 部屋に戻った第一声。

 部屋を出て行くときには繰り広げられていた乱闘が嘘のように部屋の中は静かだった。

 部屋も全く荒れていない。

「やっと戻ってきたわね」

「ご、ごめんね……春田君」

 ふてぶてしく俺を睨みつける三上さん。

 というか伊吹さん。貴方が謝ることなんてこれっぽっちもないのですよ。

「ま、今日のところは深く追求しないことにするわ」

「へ?」

 一体三上さんは何の話をしてるんだ?

「あのメイドさんのことよ」

「あ、ああ……そのこと」

「別に恋人とかって訳じゃないんでしょ?」

「そ、それは絶対に有り得ないよ!」

「そう。……それならまあいいわ。納得……は出来ないけど引き下がってあげる」

「そ、そうですか」

 すっごい上から目線だけど……これ以上追求しないって言うならそれでいいか。

 ところで……

「そういえば……今岡は?」

「そこ」

 三上さんがあごで部屋の隅を指す。

「そこって……なっ!?」

 そこにはボロ雑巾のようにボッロボロになった今岡が捨てられていた。ゴミ箱の隣に。

「い、今岡っ!?」

 今岡に駆け寄る。

「は、春田……か?」

「あ、ああ」

「そ、そうか……春田、ど、どこにいるんだ? もっと近くに来てくれ」

 今岡に言われるまますぐ傍にまで移動する。

「そ、そこか……悪いな、もう、目が……見えないんだ」

「い、今……岡っ」

 それはお前が目を瞑っているからだよ今岡。開けろ、目を。

「お、お前に伝えることが……ある」

 ゴホゴホと咳き込む今岡。

「な、なんだ?」

「い、委員長は……オバサン臭いパンツを穿いてる」

 後ろから「まだ言うかっ!」と三上さんの怒る声。

「だ、だが……そんな委員長も最近、勝負下着を購入した。一万二千円だ」

「そ、そうなのか」

 一万二千円の下着ってどんなのだろう? 単純に興味があるぞ。

 三上さんを見ると頬を赤く染めて「だから何で知ってるのよ!?」と叫んでいた。どうやら本当らしい。

 それにしても……何でコイツはそんなに詳しいんだろう。ちょっと怖い。

「お、俺はそれを穿いた委員長を見ることは……出来ない……だろう。だから、春田。それを見るのはお前に託したい」

「お前何言ってる!?」

 三上さんが本気で叫んだ。その勢いのまま近くにあったティッシュの箱を今岡に投げつける。

「ぐっ……頼んだぞ、春田。さ、最後に……アリサさんとキスし、た……かったがくっ」

 『がくっ』と口に出して今岡それきり動かなくなった。

「今岡ぁ――――っ!!」

 最後もなにも、一度もしたことないじゃないか。

「あ、あの……えっと……」

 伊吹さんの戸惑った声。

「なによ、これ」

 確実に呆れている三上さん。

 本当に、なんだ、これ……?

 呆れつつ、温泉のときといい、自分の想像以上のノリのよさに驚いてしまっていた。

 その日は結局勉強出来なかった。


 余談だが……

 後日、ちょっと恐怖しつつ今岡に尋ねたところ、実は委員長が下着を買う店では今岡のお姉さんが働いているらしい。

 客の情報を弟に教えるのはどうかと思うが、今岡のお姉さんだしなってことで納得しておくことにしたのだった。

 三上さんは「もうあの店で買えない!」とちょっと残念そうにしていた。結構お気に入りの店だったらしい。


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